第4話 ハルナ山核隊の会議

 ハルナフジの麓に建つ、ハルナ山核隊本部四階にある会議室では、五人の男が円卓を囲んでいた。

 ハルナ山核隊総隊長の平 儀一たいら ぎいち(54)

 ハルナ山核登頂隊隊長の三峰 豊みつみね ゆたか(28)

 ハルナ山核狩猟隊隊長の天満颯太郎てんまそうたろう(32)

 ハルナ山核救助隊隊長兼第一隊隊長の市川 仁いちかわ じん(34)

 そして、切磋卓磨せっさたくま

 スーツの卓磨たくま以外は、山核隊共通のカーキ色の制服だ。


「それでは会議を始める。いつも通り記録は取らないが、何を言ってもいいというわけではない。発言にはそれなりの責任を持ってもらう」


 総隊長のたいらが威厳のある声で参加者を見回しながら告げる。

 ちらちらと卓磨たくまを見る三峰みつみね天満てんま市川いちかわに、いつも通り良く思われてはいないだろうと卓磨たくまも承知はしていたが、それを考慮するつもりはまったくなく、涼しい顔で傍観者を気取る。


「まず初めに、先日のカモン岳の攻略についてだが、承知の通り全滅という結果になった。まず登頂隊、三峰みつみねの見解を聞きたい」

「五合目までは予定通り、五つの中隊、連なる十の小隊の連携は悪くなく、カモンの狭い登山道でも縦列を維持して進めました。五合目までで戦力は九割を維持できました」


 たいらの問いに三峰みつみねが答えるが、それはうまく進んだ場面までの言及だ。登頂を目的とした攻略作戦で、途中までうまくいきました、が通らないことくらい、誰もが承知していた。


「五合目から対応できなかったと?」

「我々と狩猟隊の連携がうまくいかなかったのは事実です」

「それはウチの責任って聞こえるんだが?」


 たいらの促しに即答した三峰みつみねの言葉に天満てんまが反応する。


「我々は、魔獣との戦闘は最小限に留め、上を目指すと言ったはずですが、狩猟隊の面々は数で押してくる魔獣を狩ることを優先した」

「青兎や黄猫だぞ? 脅威度の低さを考えればじっくり殲滅しながら行けたはずだ」


 登頂隊が一名、狩猟隊が四名という構成の小隊なのは、登頂隊の露払いを狩猟隊が受け持つという考えからだったが、倒しやすい魔獣の群れに狩猟隊のメンバーが討伐に拘ってしまっていた。


「その結果として行軍は途切れ途切れになり、脅威度の高い魔獣が現れた結果、ろくに連携もできず殲滅されたという結果に至った訳だ」


 たいらの静かな声に、三峰みつみね天満てんまもそれ以上の言い訳はせずに黙り込む。

 全隊が敗走したのは事実なのだ。


「それにしても、小隊長がパーティメンバーの緊急下山を確認せず、先に逃げ出すケースが多数あったのは問題だと思いませんか?」


 救助隊の市川いちかわが、セイバーの出動に繋がった事例について指摘する。


「……登頂隊は普段から個々の判断を尊重していたため、それが無意識で出てしまった。その件に関しては事前の取り決めに反したと謝罪しますが、我々が一人に対し狩猟隊が四人。判断を下す前に脅迫まがいの圧力を受けたのも事実です」

「ウチが粗暴だと? これだから緊急時の素早い判断もできねぇ軟弱クライマーにリーダーを任せるのはイヤだって言ったんだ」

「結果に対して事前の取り決めをどうこう言っても始まらんだろう。それを反省して次に活かせ」


 たいらもお互いの事情に少しだけ同情しつつ、苦笑気味で答える。


「……次が、あるんですか?」登頂隊、三峰みつみねの声は重い。


 今回の作戦はそもそも、ハルナの三隊が持つプライドの高さに起因するものだった。

 多くの隊員がそれなりの経験を積んで、日本の各地に派遣される。そういった修行の場であることを許容する雰囲気があったにも関わらず、そんなエリートさんがハルナの八峰に対し一つも解放できていないのはどうなのだ? という関係省庁の単純な問いに意地を見せたと言える。


「どうかね、切磋せっさくん」

「山核庁としてはなんとも。今回の件はこちらが指示したものでも、依頼したものでもありませんからね。ただ、元々は現場サイドの要請に応じて新入隊員も増やした訳で、少なくない予算も動いてますからね。その渾身の結果が敗走では、今後の方針等も現場主体というわけにはいかないのでは? と個人的には思いますが」


 たいらの質問に卓磨たくまは飄々と答える。


「くっ、元はと言えばあなたが焚き付けたのでしょうが」

「さあ、記録が残っていないのでなんとも。ただ、そろそろ口だけじゃなく実績を残されてはいかがですかとご提案をさせていただいただけですが」


 三峰みつみねの苦々しい言葉にも卓磨たくまは全く動じない。


「とりあえずきみの見解は抜きとして、上の意向を知りたい」

「公式に言えば何も変わりません。今回のことも一つのケースとして処理をします。大規模な攻略作戦として貴重なデータが取れたのは事実ですからね。ただ、これだけの労力を割いても攻略ができないとなると、別の山を目指す流れになるでしょう。そもそもハルナは氾濫が起きません。氾濫が常態化している大型の山を解放したほうがずっといいでしょう」

「アカギかな?」

「ええ“裾野は長しアカギ山”とご当地カルタでも呼ばれているように、あの山の山核範囲は広すぎる。約700キロ平方メートルのエリアを解放することは人々にとっても大きな魅力でしょう。それこそハルナの一つを解放するより、よっぽどね」


 たいら卓磨たくまの会話に天満てんまが割り込む。


「アカギ山核隊の連中だってあそこの解放が急務だなんてことは百も承知だ。ただ、範囲が広すぎるだろうが、同時攻略で魔獣を分散させようったって、上に登るまでに何日かかると思ってるんだ」

「そうだな。登る距離だけで言えば、ハルナの山々は二、三時間もかからないが、アカギの場合山核範囲が広すぎる」


 天満てんまの不満に市川いちかわも同調する。


「それが突破口になるかもしれないという話です。山核の持つ力が同じだとすれば、その範囲が広ければどうなります? 山核が限られたリソースを一合目あたりに集中させているとしたら?」

「魔獣の群れは麓だけ? そこさえ突破できれば、後は登るだけか?」


 卓磨たくまの言葉に三峰みつみねの声に活力が生まれる。

 同時に天満てんま市川いちかわの表情にも明るさが戻る。それが事実かどうかより、可能性を示され、それに縋ろうとする程度には、今回の作戦失敗はショックだったということだ。



 非公式の会議が終わり、会議室にはたいら卓磨たくまが残っていた。


「本当なのか? 山核の力が均等というのは」

「まあ、嘘ですね。山核によって規模も特性も違う。なにより山核の性格が全然違いますよ」


 たいらのやや期待を込めた声色に卓磨たくまは苦笑で返す。


、失敗させるのかね?」

「アカギで失敗しないための、ハルナでの失敗です」

「きみ的には重要な意図があるのだろうが、計画段階くらいは被害の想定はしないでもらいたいものだ」


 たいらは本気のため息を吐く。


「今回だって犠牲者はゼロだったでしょ?」

「……なるほど。今回の真の目的は、救助隊の実績を積み上げるためか」

「いやだなぁ。偶然ですって。ただ、アカギの攻略のとき、きちんと第五を推薦してくださいよ?」

「それだけでは推薦理由として弱くないか?」

「なんでもいいんですよ。例えば強大な技能持ちが敵に回ったときに第五の力が必要だとかでも」

「技能持ちとの戦い……神山のことなら、ヤツは行方不明なんだろう?」

「上はそうは見ていませんね。何が起きるか分からないと予測するのは危機管理としても重要ですからね」

「まったく……郷原ごうはらにはきみから説明しておいてくれよ」

「ああ、郷原ごうはらで思い出した。例の二人を第五ごうはらに預けたいので辞令交付してください」

 

 たいら卓磨たくまの提案に驚かされるのはいつものことだが、今回の提案は更に驚くものだった。


「きみが個人的に預かるって言うから除隊の手続きも済ませたんだぞ?」

「それじゃあ山核庁からのごり押しで、監視対象を救助隊に中途採用させるということでどうです?」 

「監視対象? 彼らの何を監視するというのかね」

「彼らが山核で得た褒賞について、ですよ」


 卓磨たくまは楽しそうな顔で笑った。



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・ハルナ山核隊の偉い人たちが非公式の会議を行った。

 カモン岳侵攻作戦の失敗や今後の方針を話し合ったあと、山核庁の立場から卓磨は総隊長に配置転換の依頼を行う。

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