第12話 カードの功罪

山際やまぎわ、お前が狩猟隊の新人で、このタイミングでカードを手に入れたとする。狩猟隊だから当然魔樹や魔獣と対抗する手段も持っている。いざという時は緊急脱出もできる。さあ、どうする?」


 ミニバンが発進すると隊長がかいに問いかける。

 かいは先ほどの新人隊員の紅潮した顔を思い浮かべ素直な感想を答える。


「たぶん、メチャクチャやる気になると思います」

「やる気だけじゃなく、実際にすごく頑張ると、私も思います」


 百合香ゆりかも同じ立場としてそう答える。


「ハルナの狩猟隊に今年入った新人は200人だそうだ」

「救助隊は全隊合わせて20人なのにねー」


 隊長の声に祥子しょうこの憮然とした声が続く。


「ちなみに去年の狩猟隊新人は50人。そして、その中で残ってるヤツは20人もいない。辞めたり、諸般の理由で続けられなくなったり、その他は、どうなったか分かるか?」


 ハルナエリアの成り立ちや初期メンバーといった情報は開示されていない。かいたちが知っているのは、宗太そうた祥子しょうこが一年前に入隊し、同時に入った仲間が四人辞めたといった程度であり、他の隊のそういった人員増減に関わる情報は入隊試験でも明らかにはされていなかった。

 それでも今期は、登頂隊と狩猟隊に多くの募集があり、それぞれ千人単位の受験者がいた。


「亡くなったんですよね。その方たちのかたきを取る為の大量雇用なんですか?」


 かいは答えながらも、失った人員を埋めるにしては多い新入隊員数だと思った。


「そんな殊勝な理由じゃないさ。ハルナは特別だ。こんな高所であっても山核化していない。そりゃあここからちょっとでも山に入れば山核化してるけど、1100メートルに人が拠点を築けている場所は、解放された山以外では存在しない。だから人が集まるし、絶好の訓練地帯でもある。得られるドロップ品は低地のそれとは比べものにならない。リスク以上にリターンが多いんだ。だから数を投入し損耗を気にしない。その一部が強力な力を得て、日本中に派遣されるのさ」


「ある程度の犠牲に目を瞑って、数で攻めるってことですか? そんなにドロップ品が大切なんでしょうか」


 百合香ゆりかの声にもわずかな不快感が浮かぶ。


「上の連中に言わせるとドロップ品は“山の恵み”ってやつらしい。と同時に、三隊にとって山核に特化した人材の育成、それは急務なんだよ」


 多くの地域が山核化した日本国内では、今も状況が分からない場所が多かった。

 日本の国政は関東平野を基準にして、平地経由か国の外周沿いの沿岸海路によって他の地域との交流を維持していたが、ほとんどの地方が独立した自治を行う事態のままだ。

 そして人々は山からの氾濫に怯え、山核から得られる素材などを用いて、山核に対応できる装備を揃え、細々と暮らしている。


「ハルナ卒の人材は今じゃどこでも重宝されるからね」


 真鍋まなべ副長は窓の外を見ながら静かに話す。遠いどこかを思い浮かべるように。


「日本の新たな輸出産業になったりして」

「人材が? 海外の方が山核の対処、進んでいるかもよ?」


 宗太そうたの苦笑いに祥子しょうこが答える。


 外国の情報は最近ではほぼ途絶している状態だ。

 空路がほとんど使えずインターネットが有線でしか運用できなくなってから、世界との距離は、物理的な距離の差という過去の距離感に戻ってしまった。

 海路を使った貿易は続いているが、それぞれの海運会社が、それぞれの港で直接買い付けを行うといった物々交換的な貿易の中で、情報は貴重だったが信憑性と即時性に欠けていた。


「いやどうだろうな。日本の場合、総面積の70%が山岳地帯で、そのほとんどの生活圏を失い、そこに住んでいた3000万人以上が平地に逃れたなんて言われてる訳だが、関東平野を基本とする生活圏は機能しつつ、ハルナみたいな特異な場所もある。山の恵みだって少なくない。意外と世界中を救う存在になるかもしれないぞ」

「それで隊長、新人にカードを持たせるとなんで命の危険が増すか、ちゃんとまとめてくださいね」


 脱線する話に副長が軌道修正してくれる。


「ああ、そうな。ま、ぶっちゃけるとな、ある程度の人数で挑めば、ハルナの八峰、どこかでも攻略できるんじゃないかって話しがある。登頂隊と狩猟隊が合同で、数百人規模の一斉アタックを検討してるみたいなんだ。でもな、変質してるとはいえ元々は人がすれ違うのもやっとの登山道だ。そこに大量に人員を投入する理由は簡単だ。現れる魔樹や魔獣の数よりも多く人員を投入するってことだ。一つの山を解放するのに、何人必要って試算したかは知らんがな」

「……捨石のつもりなんですか?」百合香ゆりかの声が震えていた。

「本気で肉の壁にするんならカードは取らせないさ。ただ、ろくに育成もせず山に入らせようとしてるのは確かだ。それに新人の多くは、危険性を教えられたとしても、俺だけは違う。チート技能や武具を手に入れてヒーローになるって思ってしまうもんだ。かくして利害の一致は果たされた。判断材料とする情報の差はあるけどな」


 俺だけは違う。

 最強の力を手に入れて山を解放する。

 むしろ、そんな誘惑を焚き付けるように世論は動いていた。

 山核に関わる三隊に入り、ドロップ品を得よう、魔獣を討伐しよう、あわよくば武具や技能を取得できるかも? 強くなれるし金も稼げる、そして皆を守り山を解放し、英雄になる。


「学校も、メディアも、国の施策も、三隊はヒーロー、そんな流れを作って、国民の不安や不満を誘導しているのよね。でもなれる人は少ない。あなたたちだって、受験したり合格した事、友達に言ったりしてないでしょ?」

「はい。親友にも言ってません」

「……俺も、担任くらいしか言ってません」


 百合香ゆりかは親族など最低限の相手には伝えてあるが、かいはそもそも伝えるべき相手がいなかった。


「やっかまれるからな。そういや山際やまぎわも同級生に絡まれたばっかりだったな」


 隊長の苦笑に、交番に残してきた清水たちの顔が、最後までかいを恨んでいるかのような不満顔を浮かべていたことを思い出す。


「その点ウチは違う。ウチは山核の開放も、魔獣の討伐も管轄外だ。山核の中で助けを求めている相手を助ける。強くなる必要も、金を稼ぐ手段でもない、助けるだけだ。そして、誰かを助けるということは、まず自分が安全じゃなくちゃいけない。安全に特化した意識をもたなくちゃいけない。カードに頼っていたら、この危機意識は養えないのさ」


 隊長の話が終わると同時に、ミニバンは検問所を抜ける。


(カードに頼らないと危機意識が養えるのか? カードを活かして強くなった方が早いんじゃないか?)


 かいはそんな考えを浮かべるが、それが自分に残された時間が残り少ないことからくる焦燥であることに思い至る。

 焦ってはいけない。なにより自分は狩猟隊ハンターに入れなかったのだ。


「私たちは、セイバーってことだよね」


 不意に百合香ゆりかかいに向かい小声でそう言って微笑む。

 かいにとってそれは、まるで心情を読まれ釘を刺されたような気分になって、返す笑顔はぎこちなかった。

 

 しばらくしてミニバンは県道から支道に入る。

 今は山核化しているスケートセンターに向かう道だ。

 その途中に、双子山への登山口がある。



=========


・双子隊が、入山許可証を安易に取得させない理由は、許可証に秘められた効果を過信し、危険を軽視し安全を考慮しなくなるのを防ぐためだった。

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