第11話 ハルナ三隊本部

「命の、価値ですか」


 かい百合香ゆりかは同じ言葉を復唱し、思案する。


「カードを持つと、死にやすくなるんですか?」と百合香ゆりかは疑問を問う。


 カードが持つ機能の中で一番有益なものは、登山口への脱出機能だ。それ故に山核に入る際の必須所持品と言われている。

 山核法で規制された山に入れる対象者は、三隊に入隊するか、なんらかの特権で入山カードを取得するかしかなく、それ以外はどんな理由があっても違法入山者としてみなされる。それはひとえに人命重視の観点からだ。

 死なないための装備、それがカードであるはずなのだ。


「山にはさ、別にカードがなくても入れるだろ? その場合、登山口の石板に記録は残らない。魔獣や魔樹にやられても誰も分からない。お、もう着くな。続きは後で」


 ミニバンはハルナフジの麓、以前は観光センターが存在していた場所に建つ四階建ての建物、ハルナ三隊本部に到着していた。

 三隊を統括するハルナ山核隊の本隊と、登頂隊クライマー狩猟隊ハンター救助隊セイバーの各本部と、救助隊セイバーの第一隊が居を構えている。


 駐車場に車を停め、宗太そうた祥子しょうこは車に残り、残り四人で建物に入る。

 両開きの自動ドアをくぐると開放的なロビー、談話スペース、そしてカウンターがある。かいは先日まで宿泊していたホテルのフロントみたいだと思った。

 制服姿、スーツ姿の人たちが忙しそうに動く中、かいたちのような隊服を着た集団がカウンターに集まっている。


 隊長は三つあるカウンターのうち、空いている右端に進み、そこに座る女性職員に声をかける。


「よっ。訓練開始届けを出しにきたぞ」

「今年はまたずいぶん早いですね……さすがに人手不足で手が回らなくなりました?」


 そのやりとりからも知己の間柄であることが伺える。


「いや、今のところ四人でも過剰戦力だけどな、セイバー以外の二つがなぁ、大量に入れるもんだからさ、忙しくなるかもなぁ」


 隊長は特に声量も落とさず、他の窓口に二、三十人ほど並んでいる隊服の集まりに親指を向けて言う。

 デザインはほぼ同じだが、朱色の隊服と、緑を基調とした迷彩模様の隊服の人たちがじろりと視線を送ってくる。


「紺、救助隊?」「チッ、セイバー風情が……」「誰が頼むかよ」


 そんな声が聞こえてくる。


「ちょっと郷原ごうはらさん、もめ事はお断りよ?」受付の女性が呆れ顔で書類を差し出す。

「ん? そうは言ってもなぁ、こっちも救助者は選べないしなぁ」


 隊長は書類に何かを記入しながらそんな声を上げるが、かい百合香ゆりかは、それが挑発のたぐいであることと、同時に三隊の関係性をある程度理解していた。


郷原ごうはら、スマンがその辺にしといてくれ、ウチの新人たちには刺激が強い」


 迷彩の隊服、狩猟隊の一人が苦笑しながら近付く。

 胸のネームタグには『南雲』の文字。年の頃は郷原ごうはら隊長と同じか、少し若い風貌に見える。


「つーかそいつら全員、カード取らせるつもりか?」


 郷原ごうはら隊長は書類書きを中断し、隣の列にいる二十人ほどの迷彩服を遠慮なしに眺めながら南雲なぐもに問いかける。


「逆に聞くがな、お前のとこは今年も後回しか? そんなだから鬼の第五なんて呼ばれるんだぞ?」


 地獄の双子隊。鬼の第五救助隊。といった評価はカードを取らせずに訓練することも含まれるのかと、かいは納得する。


「どっちが鬼なんだかな。ろくに訓練もせず山に入っても効率が悪いだけだろうが」

「方針の違いについては妥協点がないってだけさ。俺の隊は実戦で慣れる。お前んとこは安全第一、と見せかけて、いざという時の退路を断つ。それこそ鬼の所業だろ?」

「ま、どっちでもいいさ。少なくとも俺はのんびりやりたいんでな、煩わせないでくれればそれでいい」

「安心しろ。俺たちも去年までとは違うんだ。まあのんびり指咥えて、俺たちが活躍するところを眺めていてくれ」


 南雲なぐもはそう言って隣の隊列に戻って行き、郷原ごうはら隊長も書類に向き直る。


 遺恨がある。

 そんな関係を伺わせる上役二人のやりとりは、静かな口調であったが、ロビーの果てまで届くほどで、お互いの隊が持つプライドの大きさを示していた。


「まったくもう。同じ目的を持つ仲間同士なんだから、もっと仲良くすればいいのに」


 真鍋まなべ副長は、かい百合香ゆりかにだけ聞こえるような小声で不平を漏らす。


「ウチと他の隊って仲が悪いんですか?」

「仲が悪いと言うより、面白くないんでしょうけど……」


 百合香ゆりかの小声に、副長も困ったような声で返す。


「おう、それじゃ行くぞ」


 いつの間にか用を済ませた隊長がかいの背中を叩く。


「痛いですって。……隊長、あれがカードなんですか?」


 たたらを踏み、不平を告げようと振り返ったかいの視線の先に、迷彩服の隊員が、窓口に置かれた黒い箱からカードを受け取る場面が見えた。


「ああ、あれがカード発行装置だ」


 30センチ角の黒い箱。

 その上に手を載せ、しばらくすると発光と共に、銀色のカードが前面にスライドしながら現れる。

 受け取った若い隊員、おそらくはかいたちと同期の狩猟隊隊員は、それをまじまじと見ながら紅潮した喜色を浮かべる。


「さ、行くぞ」と隊長に促されロビーを出入り口に進む。


 羨ましくない。

 かいはそうは思えなかった。


 入山許可証は、誰が構築したシステムなのか公表されていない。

 山核への違法入山が相次ぎ、そこで死んでも誰にも分からない。

 それらを管理、監視するシステムということで開発されたということだが、いったいどんな技術を用いて創られているのか一般的には謎のままだ。

 それらを創り運用する技術は、山核からもたらされたか、そこで得られた技能などから派生したものなのだろうというのが通説となっている。


 そして多くの人は、その成り立ちなどよりも成果物であるカードそのものを欲した。

 一見、入山記録が管理されることは枷になるのではないか? と思われがちだが、それは違法入山者の感覚であって、正式に入山を認められた組織に属している以上、緊急時の脱出機能は大きな安心につながっている。

 また、魔獣などを討伐した場合、必ず残す魔核以外に、何をどれだけ討伐したかといった情報が記録され、その記録から報酬が支払われる。この稼ぎは全部が個人の追加報酬となっているため、討伐に特化した狩猟隊などではカードが“請求書”などと言われていた。


 なにより大きなカードの恩恵は、実は人間同士のトラブルを回避できることだ。

 カードに記録される討伐記録には、魔獣や魔樹の名前だけじゃなく、カードを所持している人間を殺めた場合も記録に残される。

 結果として、ゲームでいうところのプレイヤーキル。これを防止することができる唯一の証拠になった。

 逆に言うと、カードを持たない人は討伐記録に残らない。

 そういった存在が、山核内でどんな末路を辿るのか、言葉にしないだけで誰もが理解していた。

 山核内では国の現行法が通用しない。

 誰が何をしても罰せられない。


 入山許可証の討伐記録は、そんな理不尽なことわりの中で、人間性を保てる唯一のモラルと言えた。


 だからこそ、かいはカードを手に入れることに拘っていた。

 誰もあやめず、誰からもあやめられない手段として。



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・訓練開始のため本部へ報告に行くと、新人に入山許可証を取得させている狩猟隊に出会い、郷原隊長がその方針を非難し煽る。

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