第10話 入山許可証
「え? ちょ、二重底? でもそんなに入る場所なんてなかった!」
自分で運んできたバッグだからこそ、その形状や重量は知っていた。にも関わらず、その状況からありえないほどの物品が取り出され、
彼女の取り乱す姿を見て、
(あの二人の技能ってのは、
恐らくは、ゲームや創作の世界で見るような、容量が拡張された収納袋ってことなのだろうと
空間拡張と重量軽減なのか、どこか別の置き場につながっているのかは分からない。
「拡張バッグ、ですか」
「さすが、若いと理解が早いのね」
「私はいまだに理解してないけど」
「
「自分がコントロールできない事象は嫌なのよー、判断に迷うでしょー?」
開の言葉に
「拡張、バッグ?」
「知らない? ファンタジー系の物語でも、四次元につながるポケットでもいいんだけど、たくさん入るバッグのこと」
「えっと、意味はなんとなく分かるけど、頭が納得しようとしない……」
山核発生などという理不尽な現象が発生した現代に於いて、現実主義を貫こうとする気持ちも分からなくもないと、
(現実離れした出来事が多いから、現実にしがみついていたいんだろうな)
「
隊長はバッグから出した物品をテーブルの上に並べ終え、やれやれと笑う。
「えっと、
「登山に荷物問題は不可欠だろ?」
「普通は、どのくらい入るリュックを選ぶとか、収納性、背負った時のバランスなんかを考えるものでは? それが拡張って……」
「とりあえずこれまでの常識は捨てておいてね。驚くことは多いけど、私たちだって毎日驚くことの連続なのよ」
隊長と
「そーそー。こんなの序の口。山核に入ればもっと理不尽なことがいっぱいだから」
「分かりました。一生懸命現実を受け入れます!」
「あんまり意気込まないほうがいいよ。そんなもんか、って感じに流すのが正解だよ」
「おっと、もう午後の訓練時間だな。二人にはさっそくこれらに着替えてもらおうか」
隊長は並べてあった紺色のツナギの様な衣類を
渡された衣類の胸元には、救助隊の隊章とそれぞれ『
「ブーツはこれな。インナーは寒さとか気にしなくていい。自室で着替えて10分後に集合だ。トイレも済ませて来いよ」
現在履いているハイカットのブーツよりもソールの凹凸が目立つ、こちらも隊章とネームプレート付のトレッキングブーツも渡され、二人は気持ちを引き締めながら動作を開始する。
隊長の言う訓練がどういうものかまだ分からないが、
そして、それは山核救助隊として山核に関わるということ。
二人は競うように自室に走りながら、少しだけ高揚した顔でお互いに視線を絡ませる。
◆
慌ただしく用を済ませ、初々しい隊服で身を固めた二人が食堂に戻ると、他の四人も紺色のツナギという同じ隊服で待機していた。
それまで四人とも、
(私も
隊服は軽く暖かで、防寒用のインナースーツは必要なかった。よって隊服の中身はほぼ下着のみの
「よし行くぞ!」
言いながら歩き出した隊長に続き、食堂を出て出入り口横の事務所に「午後の訓練に出動します」と声かけする副長の声を聞きながら、
「どこに行くんですか?」
「ん? 午後の訓練だよ?」
「あ、いや、それは分かってるんですが」
「考えるな、あるがままに!」
当たり前すぎる返答に困惑する
駐車場にある黒いミニバンの運転席に
「全員で移動する場合、しばらくはこの配置になる。二か月くらいで前席と後席を入れ替えるから、ちゃんと道を覚えておくように」
隊長がシートベルトを締めながら後席に指示を出し、二人は緊張声で「はい!」と返す。
「緊張しなくて大丈夫よ。緊急時は警察車両なんかよりも優先されるから」
三隊の使用車両は、道路交通法ではなく、山核法が優先されるんだっけ? と、
山核法と言ってもその多くは『氾濫の対処は他のあらゆる法令・規則に優先される』という程度で、解釈の幅が広すぎるザル法などと呼ばれていた。
車はゆっくりと発進し、ハルナレイクを周回する片側二車線を左回り、ハルナフジに向かう。
「まず本部に行って訓練開始の報告を行う。それから双子山に向かう」
隊長は体を前に向けたまま、首を捻って後席に告げる。
「本部……あ、あの、それって入山許可証を取得するってことですか?」
「あー、その辺は見学させるけど、お前らがカードを得るのはまだ先だ」
少しだけ言い辛そうな隊長の声に、隊としての思惑があることを感じたものの、やはりすぐに
「理由を聞かせてもらってもいいでしょうか」
「入山許可証について知ってることを話してみろ」
「はい。山核に入るために作られたシステムの一部で、所持している人がどの山に入山しているか、各山の登山口にある石板に表示されます。またカードには、名前、パーティメンバー、魔獣の討伐記録が表示されます。それと、一日に一回のみ、山核内から登山口に脱出することができます」
「結構結構。ま、他にも公言されてない機能もあるんだけどな。で、だ。ウチが若い奴らにカードを持たせない理由が分かるか?」
「簡単に言えば、命の価値を知るためだ」
=========
・卓磨から託されたバッグは拡張バッグで、中には新人二人の隊服やトレッキングブーツが入っていた。新人二人もその装備に着替え、双子隊の五人は訓練に出発した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます