第9話 卓磨の試験

「いやあ初日から濃厚で結構なことだ」


 かい百合香ゆりかの説明を聞いた郷原ごうはら隊長は、ひとしきり大笑いをした後でそんな感想を述べる。


「警察から身元確認の連絡、ビックリしたのよ?」


 真鍋まなべ副長は呆れ顔でお茶のお代わりを二人に差し出す。


「すみませんでした」


 かい百合香ゆりかは何度目かの謝罪で頭を下げる。


 イカオ温泉からハルナレイクまでの10分程度、なんとなく照れ臭さを感じた二人はあまり話もせず、お使いの顛末を説明するための口裏合わせもろくにしていなかった。

 結果、ほぼ一部始終を説明する羽目になり、途中からは食堂で昼食を摂りながらの事情聴取となった。

 ちなみに宿舎での三食は、好きなモノを選ぶのではなく決められた献立だった。

 今日のお昼は、わかさぎフライ定食。

 ご飯とお味噌汁はお代わり自由。


「でもまあ、同級生とのトラブルはともかく、卓磨たくまさんのとこでその程度で済んだのは、百合ゆりちゃんのおかげだろうね」

「ほんと、羨ましい。私たちの時なんて挑発された果てに叩き出されたもんね。お使いも果たせずに」


 宗太そうたの苦笑に祥子しょうこがうんざりといった相槌を打つ。


「通過儀礼ってヤツだからな。おかげで今、生きてるだろ?」


 そんな先輩二人の会話に郷原ごうはら隊長がニヤニヤと話しかける。

 一応反省しているかい百合香ゆりかは会話に入ることを控え、聞くだけにしておいた。


(俺だけじゃなく、望月もちづきさんや湯狩ゆがりさんも同じだったのか)


 かい物部もののべ設計事務所で感じた不快感を思い出しながら、隊長の言う通過儀礼という言葉を考える。

 心構えを確認するテストみたいなものか、と理解しておく。


「そう言えば、お使いって、空のバッグを受け取ってきただけですけど」


 百合香ゆりかが思い出したように傍らの布製バッグを隊長に渡す。


宗太そうた祥子しょうこがこれを持ってくるまで、二か月くらいだっけ?」

「六月の梅雨入り直前でしたね」

「八回目よ! 八回!」


 隊長の笑いかけに宗太そうた祥子しょうこが恨めしそうに答える。


「あの、よく分からないんですけど、それを持ち帰るのに八回もお使いに行ったんですか?」

「そうよ。文句ある?」


 かいの問いかけに、見た目だけは可愛らしい祥子しょうこが嫌そうな顔で答える。


山際やまぎわくん、刺激しないであげて。ウチにとってこのミッションがどれだけ大事なのか、二人は身を持って分かってるから」

「僕らの同期、四人辞めたからね」


 真鍋まなべ副長が苦笑し、宗太そうたが真顔でかいに答え、かい百合香ゆりかは思わず顔を見合わせる。


「参ったよな、いったいどんな訓練をしてるんだ! もうお前らんとこには新人は回さん! なんて本部に怒られるしなぁ」


 郷原ごうはら隊長は腕を組み遠い目をする。


「えっと、他の隊ではお使いってしてないんですか?」


 親戚として責任を感じたのか、百合香ゆりかがおずおずと問いかける。


「ウチだけなのよ。隊長と卓磨たくまさんとの約束でね。心構えをきちんと出来ないヤツには訓練を始めさせないって。そのおかげで隊員が辞めるんだけど、辞める理由がはっきり言えないもんだから、なんだか妙な悪評ばかり立つのよね」


 真鍋まなべ副長が笑いながら答える。


「辞める理由がはっきりしない?」かいが問う。

「そ。山際やまぎわくんはどうだった? 卓磨たくまさんに質問されて、必要以上に反応しなかった?」


 祥子しょうこかいに質問を返す。


「……確かに、自分はこんなに怒りっぽいのかと驚きました」


 正直に言えば、頑なに隠そうとしていた真実が口から出かかったのだ。


「後になって冷静になるとね、なんであんなに感情を剥き出しにしたのか分からなくてね。行くたびにそんな感じでいつまでもお使いが終わらないから、同期の連中、訓練が激しすぎて、なんて自己弁護しながら辞めていったんだよ」


 かい宗太そうたの言葉に頷きながら考える。

 挑発されて言い返すことが続いて嫌になって辞めました。なんて確かにはっきりしない理由だろう。

 じゃあ自分はなんでその試練を一回でクリアできたのだろう? と百合香ゆりかの顔を見る。


「なに?」

「……そっか、納得」

「なによ、一人で納得して」


 かい百合香ゆりかのやりとりに祥子しょうこが混ざる。


山際やまぎわくんの気持ちも分かる。百合ゆりちゃんのおかげでお使いをクリアできた。自分はおまけみたいなもんだって気持ち、分かる」

「実際に口に出されると何とも言えない気持ちになりますね」

「それって私が親戚だから優遇されたってことだよね」


 祥子しょうこかいの会話に百合香ゆりかが膨れる。


「いや、たぶん違う。山際やまぎわは確かにおまけかもしれんが、裾野すそのが合格したのはちゃんと自分の立場を理解してたからだ」

「そうね。もうすでに一人前って認識を持っていた」

「そんなの初日で気付ける新人なんていませんって」


 隊長や副長が言う百合香ゆりかが合格した理由は、卓磨たくまに一人前になる期間を問われ、もうすでに一人前と答えたことらしい。


「それ、実は、ずっと前から卓磨たくまさんや真理まりちゃんに言われていたので……」


 自分の置かれた立場によって得られた優位性を恥ずかしそうに百合香ゆりかは告げる。


「経緯はいいんだ。大事なのはお前らがこれを持ち帰ったって事実だけ」


 郷原ごうはら隊長はそう言いながら布バッグを掲げる。


「あの、それってどんな意味があるんですか?」


 状況は分かるけどいろいろなことがはっきりしない説明不足を感じ、かいは少しだけ苛立ち気味に説明を求める。

 空の布バッグが意味するものは一体何か、思わせぶりな話はあまり好きじゃなかった。


「まあ落ち着け。ちゃんと説明する。いいかお前ら、さっきも話したように、新人の最初の任務はこれを受け取ってくることなんだ。それからやっと本格的な訓練に入る。そのために必要な試練だったわけだ。ちなみに他の隊ではこんなことはしない。訓練し、状況に合わせて山核にも入る。先に入山証明証を取得させる隊もある。その辺は各隊の隊長に一任されてる。で、俺の隊はどんな理由があろうとも、これを持ち帰らないヤツには先に進ませない。それが嫌で辞めるならそれは仕方がない。なぜなら、俺たちは絶対に自分自身を大事にしなくちゃいけないからだ」

「隊長、堅くて長いー」


 郷原ごうはら隊長の話が区切られると祥子しょうこのそんな合いの手が飛ぶ。


「うるさいぞ祥子しょうこ。お前が説明するか?」

「面倒なのでパスー」

「続けるぞ。ウチの隊は辞めるヤツも多いけどミッションの成功率だって五隊の中でトップだ。そしてなにより生還率が高い。これは何を意味しているか分かるか?」

「……セイバーは要救助者になってはならない」

裾野すその、正解だ。俺たちはセイバーだ。山核に関わる要救助者を助ける存在だ。だからまずは自分たちの安全に拘る」


『セイバーにとって何より優先されることは、まず自分自身を大事にすることだ。自己犠牲は責任の放棄に他ならない』


 かいの頭の中で、隊長の言葉と卓磨たくまに言われたセリフが重なる。


「まずは心構え、お前らは一人前だ。俺らとの違いは能力や知識、経験の差があるだけ。それが分かった奴に、合格証の代わりに卓磨たくまから授けられるのがこれだ」


 隊長は布バッグの底面に隠されたジッパーを開ける。

 そこからまるで手品のように、いくつもの物品が引きずり出される。



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・物部設計事務所へのお使いは、訓練を開始するための試験だった。ちなみに去年の先輩二人は八回目で合格した。

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