第16話 6月11日

『ねぇ明日太君。この格好、変じゃない?』


 待ち合わせの三時間前、日捲さんからメッセージ。

 画像付きで、膝下のデニムスカートにおむすびの絵が描かれた白Tと薄手のカーディガン。


『変じゃないとおもうけど』

『けど?』

『変じゃないよ』


 今日は日捲さんが七瀬さんやクラスの女子と遊びに行く日。僕は女子じゃないから呼ばれてないけど、不安だからラインで見守っててと日捲さんに頼まれている。

 それで今は、お洋服選びのお手伝いをしている所だ。


『明日太君そればっかり。おにぎり柄のTシャツだよ?』

『可愛いと思うけど』

『……どっちが?』

『どっちも』


 日捲さんは一人でファッションショーを繰り広げてるけど、僕からしたら何を着たって可愛く見える。


『あ~、どうしよう。着替えすぎて分かんなくなってきちゃった』

『最初ので良いんじゃない?』

『派手過ぎない?』

『じゃあ二番目の』

『地味すぎるよ』

『三番目は』

『脚出しすぎ』

『四番』

『着替えてる内にシワシワになっちゃった』

『五』

『適当に言ってない?』

『まさかそんな』


 実は裏でゲームしてます。

 で、そこからまた悩んで、結局おにぎりTシャツに決定。


『……そろそろ出た方がいいかな?』

『お姉さんが送ってくれるんでしょ? 駅前集合だし、早すぎると思うけど』

『そうだけど、お姉ちゃんの事だからなにかトラブル起きるかもしれないし、なにかあって遅刻したらって思うと落ち着かないよ』

『ゲームでもしたら?』

『だめだよ! 集中して時間忘れちゃうかもしれないでしょ?』

『時間になったら電話するよ』

『気づかないかも。明日太君も忘れちゃうかもしれないし』

『それはあるね(笑)』

『笑いごとじゃな~~~い!』


「あははははは」


 日捲さんのテンションが面白くて僕は笑ってしまう。

 結局僕の説得も虚しく日捲さんはかなり早くに家を出た。


『……どうしよう。早く着き過ぎちゃった』

『だから言ったのに』

『だって! 落ち着かなかったんだもん……』

『気持ちは分かるけど』

『本当?』

『嘘。僕、のんびり屋さんだから』

『明日太君!』

『笑』


 急に返信が途絶えた。


『大丈夫?』


 暫く間っても応答なし。

 五分ぐらいして。


『最悪。ナンパされた』

『大丈夫?』

『だいじょばない。超怖い。帰りたい』


 色んなアニメの涙スタンプ。


『今からそっち行こうか? 自転車で急げば五分で着くと思うけど』

『だめ。それは流石に悪いよ』

『いいよ。いつもお世話になってるし。日捲さんが危ない目にあったら嫌だもん』


 それも、こんな風にメッセージのやり取りをしている状態で。

 そんな事になったら、僕は物凄く後悔して自分の事を責めると思う。


『いいってば。その気持ちだけで十分。勇気百倍!』

『本当に大丈夫? 不安だったらいつでも言ってね』

『うん。それじゃあ、誰か来るまで日捲さんの今日は何の日のコーナー』

『わーい、パチパチパチ』

『ダララララララ、ぱっぱぱ~ん』


 え? 日捲さん的にはそんな感じでドラムロールとファンファーレが鳴ってたの?


『本日、6月11日は布おむつの日です! ドカーン!』


 ドカーンって。


『大丈夫? 緊張してテンションが変になってない?』

『なってる。チャラい男の人にナンパされたし、もうヤケクソ』


 頑張れ日捲さん、負けるな日捲さん。

 っていうか、高校一年生の女の子をナンパしちゃいけない思うけど。


『なんか僕までイライラしてきちゃった』

『……ごめん』

『日捲さんは悪くないよ! 悪いのは全部そのナンパ男!』

『……ありがと』

『本当に気を付けてね』

『うん。気を付ける! 危なかったらダッシュで逃げるね!』

『日捲さんのダッシュじゃ無理じゃないかな』

『明日太君?』

『現実的に』

『……はい』


 続けて日捲さんのメッセージ。


『日本では六月の事を睦月って呼ぶんだよ。で、昔は布おむつの事を襁褓って呼んでたんだって』

『全然読めないけど、むつきって事だよね』

『うん。それで、布おむつのレンタルサービスをやってる関西ダイアパーリース協同組合が制定したんだって』

『11は?』

『いい布おむつ的な?』

『なるほろ』

『ちなみに』


 そこでまた返信が途絶えた。


『大丈夫?』


 暫く待っても返信はなし。


『日捲さん?』


 やっぱりなし。

 段々心配になってきた。

 本気で自電車で駅前に行こうかと立ち上がった頃。


『ごめん来たくろうりさん』


 待ち合わせの女子が来たみたい。


 多分黒瓜さんの事だろう。同じ二組の女子で、ぱっと見は暗い感じの子。オカルト同好会なのがいかにもという感じだ。七瀬さんの繋がりだろうけど。ちなみに僕も話したことがあるけど、普通に面白いしいい子。日捲さんとはちょっと系統が似ているから、二人っきりでも大丈夫だと思う。暗いけど結構ぐいぐい来るタイプで、闇の陽キャって感じ。

 だから日捲さんもメッセージを返す暇がなかったのだろう。


『こっちは気にしないでいいから、楽しんできてね』

『うんありがとちなみに6がつ2にちもおむつのひ』

『いーから!』


 それっきり、日捲さんからメッセージは途絶えた。

 ごくまれ~にトイレに立ったタイミングで現状報告が来る。

 すごく楽しんでるのは伝わって来るけど、トイレでメッセージを打つのはどうかと思う。

 あとそれ、言わなくていいし。


 で、最後にみんなで集まっていぇ~い! ってしてる画像が送られてきた。

 それで解散になったのか、そこから怒涛のメッセージ。


『ねぇ明日太君聞いて聞いて! 私ね、いっぱい友達増えちゃったの!』

『よかったね日捲さん』

『明日太君のおかげだよ! 歌うまいねって、カラオケ、すっごく褒めてもらったの! 明日太君の選んでくれた歌、みんな大ウケ! デュエットしたり、みんなで歌ったり、もう、ちょ~楽しかった!』

『よかったね』

『本当! 最初は正直ちょっと億劫だったけど、本当に行ってよかった! あとねあとね、明日太君の話でも盛り上がったんだよ! みんな褒めてたよ? 明日太君は女子にも男子にも大人気だって! 今度は明日太君も誘ってみんなで行こうねって!』

『本当? 嬉しいな』


 日捲さんの楽しそうな報告を聞いて、内心ちょっと羨ましくなってたから、普通に嬉しい。

 それからも日捲さんの報告は続いて、みんなで行きたい場所、やりたい事、遊びたい事の話になって。

 まだ友達になってない人、友達になりたい人の話になった。


『なれるかな?』

『なれるよ。まだ6月だよ?』

『そうだよね。まだ6月だよね』


 僕はちょっと、もう6月かって気もしてたけど。

 なんだか日捲さんと友達になってから、毎日があっという間な気がしてしまう。


『あと一ヵ月で夏休みだね』


 感慨に耽っていたら、日捲さんが続けた。


『そっか。あと一ヵ月で夏休みなんだ』


 そう言われると、やっぱりあっと言う間な気がする。


『それまでに、もっと友達出来るかな』

『日捲さん的には増やしたいの?』

『……折角だから、夏休み、お友達と遊んだりしたいなって』

『それじゃあ、頑張ろっか。僕も手伝うから』

『うん。頑張る。明日太君、いつもありがとね』

『どういたしまして』

『やばい』

『どうしたの?』

『きゅうにねむい。むりこれ』

『それだけ楽しかったって事だよ』

『おやさい』

『おやすみなさい』


 ちゃんとベッドで寝るんだよ? 日捲さん。

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日捲さんの今日は何の日? 斜偲泳(ななしの えい) @74NOA

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