第15話 6月10日
「……日捲さん。その恰好、どうしたの?」
「日捲さんではありません。私は女神カレンディア。この姿はあなたの記憶から借りた仮初のもの。そして花村明日太。突然ですがあなたは死んだのです」
「えぇ!?」
言ったのは、スケスケのワンピースを着た日捲さん……にしか見えない女神様。
そこは僕がよく読んでいる異世界転生物にありがちな、何もない真っ白な空間。
「死んだって、なんでですか!?」
そんな記憶、全くない。
「突然の落雷です」
それじゃあ覚えてないのも仕方ない。
そっか。僕、死んじゃったんだ。あっけなかったな、僕の人生。
日捲さんともっとお話したかったけど、死んじゃったんだ。くすん。
「落ち込む事はありません。あなたの死は本来予定にないもの。よって異世界に転生させる事にしました」
「それは嬉しい気もしますけど、予定にないっていうのはどういう事ですか?」
う~ん。あんなに憧れた異世界転生だけど、実際自分がその立場になるとなんだか微妙だ。普通にもっと生きたかったし。日捲さんのいない世界だしな~って気がしちゃう。
「落雷は、本来なら日捲暦に落ちるはずでした。それがどういう訳か、なにかの手違いであなたに落ちたのです」
「……それで、日捲さんはどうなったんですか?」
「近くにいたので気絶しましたが命に別状はありません」
「……その後はどうなるんですか? また雷が落ちちゃうとか……」
「偶然とはいえ死の運命を回避した者に再び死神が鎌を振るう事はありません」
「……えーと、つまり?」
「本人が自殺でもしない限り、天寿を全うするでしょう」
「そうですか」
それを聞いて僕は心底ホッとした。
そっか、よくわかんないけど、僕、日捲さんを助けて死んだんだ。
それならいいや。よくないけど、いいやって思えるし、そういう事にしておこう。
「納得しましたか」
「しました」
「では
眩い光が僕を包んだ。
†
「……ここ、どこ?」
気が付くと、僕は古びた教会のような場所に立っていた。
前と変わらない僕。格好も制服だ。
「勇者様! やっぱり預言は本当だったんだ!」
懐かしい声に振り返る。
そこには魔法使いみたいなローブを着た日捲さんがいた。
「日捲さん? どうしてここに……」
「どなたと勘違いしているのか分かりませんが、私は
「ヨミコさん……アカシックレコード? それに、勇者様って、僕の事?」
「はい。宇宙の始まりから終わりまで、万物の記念日が記された
「確かに僕は明日太だけど、なんの力もない普通の高校生だと思うよ?」
「今はまだそうでしょう。ですからアスター様には、これより三年の間、私めと記念日巡りをして頂きます」
「記念日巡り?」
「はい。それこそが魔王ユリウスによって隔絶されたこの世界を救う為に、時の女神カレンディア様が残した唯一の希望。アカシックレコードの裏側に刻まれた記念日に聖地を訪れ、女神様の残された力を受け取るのです。あなたはこの世界を救う為に遣わされた、大いなる器なのです」
「……うん。よくわかんないけど、頑張るよ!」
そんな風に安請け合いしてしまったのは、ヨミコさんが日捲さんに瓜二つだったからだ。
それが偶然か必然なのかは分からないけど、この異界の地で日捲さんによく似た女の子が、こんな頼りない僕に助けを求め頼ってくれている。なら応えなきゃ、男の子じゃないよね!
そうして僕とヨミコさんはアカシックレコードの導きに従い、この異世界グレゴリッサを駆け回った。女神様の残した力を受け取るには、アカシックレコードにある記念日までに所定の聖地にたどり着いてないといけないからさぁ大変!
道中では魔王ユリウスの手先も襲ってきて、一筋縄じゃいかない。
でも、僕達には強い味方がいた。暗黒聖騎士のジャスティスと料理人のルーコだ。
ジャスティスは光と闇が合わさった最強の騎士だし、ルーコさんの前ではどんな魔物も美味しい食材に早変わり。ヨミコさんは毎日日替わりで記念日の力を引き出して大活躍だ。僕も記念日の力を得てメキメキ強くなっていく。
そしてとうとう、三年後の最後の日、僕達は全ての元凶である古き暦の魔王の元へとたどり着いた。
「……なんで? どうして日捲さんがそこにいるの!?」
「……ごめんね明日太君。私、どうしても明日太君に謝りたくて、追いかけて来ちゃった」
魔王の依り代になっていたのは、僕が知ってるあの日捲さんだった。
あの日、僕の代わりに助かった日捲さんは、その事を苦にして命を絶ってしまったらしい。
そして、僕と同じように運命の輪からは外れた日捲さんの魂は、古き時の魔人に捕まり、魔王の器にされてしまったのだ。
なんてひどい! そんな事、絶対に許せない!
怒りに燃える僕は勇者の力に覚醒し、見事魔王を…………。
違う。
なんか違う。
物凄く違う。
「なにが違うんですか、勇者様」
「全然違うよヨミコさん。だって、僕の知ってる日捲さんは、たとえ僕が死んだとしても、自分で命を断っちゃうような人じゃないもん」
日捲さんはそんなに弱い人じゃない。
だから違う。
絶対に違う。
ここは違う。
「どこに行くの明日太君? 私の事、また一人にするつもり?」
魔王になった日捲さんが僕に言う。
「大丈夫だよ。またすぐ会えるから」
だってそうでしょ?
この世界はきっと、僕が見ている――
†
「ふふ、やっと起きた」
目覚めると、すぐ横にいた日捲さんが僕の頬っぺたを鉛筆のお尻でうりうりしていた。
見慣れた光景、いつもの部室、僕が本来いるべき場所。
窓の外は雨。薄暗く、夜が近い。
「もう帰る時間?」
「もう帰る時間。明日太君、すごい寝言言ってたよ。勇者がどうとか、魔王がどうとか、どんな夢見てたの?」
「さっきまでは覚えてたんだけど、起きたら忘れちゃった」
記憶にとどめようとしても、手の中の砂のように零れ落ちていく。
「楽しい夢だった気もするけど、すごく悲しい夢だった気もするな。あと、なんだか恥ずかしい感じ」
「ふ~ん。そうなんだ」
日捲さんがニヤニヤしている。
「どうしたの、日捲さん」
「だって明日太君。寝言で私の名前呼んでたから。どんな夢だったのかなって。そっかそっか、恥ずかしい夢見てたんだ」
「もう、からかわないでよ!」
恥ずかしくなって僕は赤くなる。
「あはは。赤くなってる。やーいやーい、明日太君のエッチ~」
「そういう恥ずかしいのじゃなかったと思うな」
「ふーん、そう。じゃ、そういう事にしておこっか」
帰り支度をして、二人並んで傘をさす。
「ねぇ明日太君。今日、6月10日は夢の日なんだよ。香川県の女の人が決めたんだって。6に10で夢中。夢を叶えてくれた人、夢の実現に力を貸してくれた人に感謝して、自分の夢について考える日なんだって」
「じゃあ僕は、日捲さんに感謝かな」
「どうして?」
「僕に楽しい夢を見せてくれたから」
「覚えてないのに?」
違うよ日捲さん。
作家になりたいって夢の方。
照れ臭いから、それ以上は言わないけど。
「まーね」
「じゃあ私も、明日太君に感謝かな」
「僕に? どうして?」
「さぁ、どうしてでしょうか~」
日捲さんが傘を回して、僕の顔に飛沫が跳ねる。
仕返しに、僕も傘を回した。
雨は小雨で、空は静かだ。
雷が落ちる気配は全くない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。