第14話 6月9日

「……あーあー、マイクテスト、マイクテスト。今日、6月9日は株式会社ミュージックネットワークさんが制定したロックの日です……」

「いぇ~い!」


 シャラシャラと右手に持ったタンバリンをかき鳴らす。

 マイクを両手に持ち、一段だけ高いお立ち台に立つ日捲さんは、岩のようにカチコチに緊張している。ロックだけにね!


 そういうわけで、昨日に引き続き今日の文芸部も校外活動。

 僕と日捲さんは二人でカラオケに来ていた。


 以前七瀬さんが言っていたクラスの女子で遊びに行く予定が決まったみたい。今度は自転車に乗れない日捲さんに合わせて駅前だけで済むように予定を組んだんだって。で、その中にはカラオケも含まれていて、カラオケ初心者の真面目な日捲さんに、予行練習をしたいと誘われたのだった。


「音楽だけじゃなくて、ファッションとか思想、それを作った偉大なロックミュージシャンを讃える日なんだって……」

「いぇ~い!」


 両手にマラカスを持ち換えてシャカシャカと振る。


「……ちなみに、チーズの日と同じでロックの日も二つあって。キング・オブ・ロックンロールの異名を持つアメリカ人歌手のエルヴィス・プレスリーさん、グラムロックの先駆者であるイングランド人歌手のデヴィッド・ボウイさんの誕生日から取って、1月8日もロックの日になっております……」

「いいぞ~! いぇ~い、うぉぉおおお!」


 今度は膝の間に挟んだ太鼓をポコポコ叩く。大きいのと小さいのがくっついていて、ボンゴって言うらしい。全部受付で借りた奴だ。これが一番のお気に入りかな。

 僕的には盛り上げてるつもりなんだけど、日捲さんは微妙な顔をしている。


「……えっと、明日太君。盛り上げようとしてくれてるのは嬉しんだけど、そういうのはちょっと、やりづらいと言うか……」

「駄目だよ日捲さん! カラオケはノリが大事なんだから! 日捲さんも練習の為に僕を呼んだんでしょ?」

「そ、そうだけど……私って、そういうタイプじゃないし……」

「だからこそだよ! このままじゃ日捲さん、時間いっぱい部屋の隅っこで歌本眺めて終わっちゃいそうだもん」

「そんな事! ……あるかも。ていうか、そんな気しかしないよ……」

「でしょ? だから、今のうちにノリノリになる練習しとかなきゃ! カラオケなんてノリがよかったオールオッケーだよ」

「う、うん」

「じゃあ、僕が盛り上げるから、ノリノリで歌ってみて」

「が、頑張ってみるけど……」


 カラオケという空間に委縮しているのだろう。僕と二人っきりなのに、日捲さんは半分くらい借りてきたモードになっている。

 日捲さんはデンモクを手に取って悩みだした。

 五分くらい見守って、僕は尋ねた。


「どうしたの?」

「……なに歌ったらいいのかなって」

「なんでもいいんじゃない?」

「でも、いきなりアニソンとか歌ったらオタクっぽいし……」


 日捲さんがぼそぼそと言う。


「あ、明日太君は、普段どんな曲聞くの?」

「僕? ん~、ボカロとか、歌ってみたとか、ムーチューブでよく見る奴かな」

「なるほど……そういうのでいいんだ……」


 ホッとしたように呟くと、日捲さんは緊張した様子で流行りのボカロ曲を入れた。


「あ! これ、僕も知ってる! 有名な奴だから、これならみんなで盛り上がれるよ!」

「じゃあ、これはレパートリーに入れておくね」


 曲が流れ、僕は用意した楽器を鳴らして盛り上げる。

 日捲さんはしがみつくようにしっかりマイクを握って、目の前の大きなテレビを不安そうに見つめていた。


 頑張れ日捲さん! カラオケなんか、ちょっと下手でも誰も気にしないよ!

 僕なんかすっごい音痴だけど、みんな笑って盛り上がってくれるしね!


 心の中で応援していると、イントロが終わり、日捲さんが歌い出した。

 その瞬間、僕は楽器を鳴らす手を止めた。

 あ、これ、邪魔したら駄目な奴だ。


 直前までの緊張はどこへやら、歌が始まった瞬間、日捲さんは文芸モードと同じような、どこか違う、日捲さんの中にだけある別世界を見ているような遠い目になった。


 そして、伸びやかに歌う。

 鮮やかな歌声は日捲さんの中にある綺麗な世界が形になって飛び出したみたいだ。

 僕は楽器を放り出して、黙って静かに聞き惚れる。

 こんな歌を聞かされたら、誰だってそうすると思う。


「……ふぅ。ど、どうだったかな?」


 音楽の世界から戻ってくると、日捲さんは不安そうに僕に尋ねた。


「僕が間違ってたよ。日捲さんはそのままが一番。何も気にしないで、いつも通りにしてれば大丈夫だよ」

「そ、そう?」

「そうだよ! ていうか、日捲さん歌上手すぎ! 僕の方が教えて欲しいくらいだよ! どうしたらそんなに上手に歌えるの?」

「そ、それは……」

「それは?」

「……歌うのは結構好きだから、お家で一人で歌ってるの。その、おもいっきり」


 赤くなった日捲さんが、もじもじしながら言う。

 なるほど。日捲さんのお家は豪邸だから、おもいっきり歌っても迷惑にならないんだろうな。


「い~な~。僕は音痴だから、逆に恥ずかしくなってきちゃった」

「……じゃあ、さっきの曲、一緒に歌う?」

「歌う歌う! 上手い人と一緒に歌ったら、僕も上手くなれるかもしれないし!」


 そういうわけで日捲さんの予行練習から日捲先生の個人レッスンに予定変更。

 残り時間をずっと、二人でデュエットして過ごした。

 日捲さんと一緒に歌うと、僕も歌が上手くなったみたいでちょ~楽しかった!

 実際は気のせいで、僕は音痴なままだったけど。


「……でも、私も楽しかったよ? 明日太君、楽しそうに歌ってくれるから。明日太君の言うノリの意味、なんとなく分かったし。これならみんなとカラオケ行っても、楽しく歌えると思う」


 にっこりと日捲さんが微笑む。

 日捲さんのお役に立て僕もいい気分だ。


「うん、頑張ってね、日捲さん!」


 日捲さんに新しい友達が出来るのが、今から僕も楽しみだ。

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