第13話 6月8日

「ごめんね日捲さん。つき合わせちゃって」

「ううん、いいの。私も一度、お昼の購買がどんな感じか覗いてみたかったから」


 そういうわけでお昼休み。

 お弁当を忘れた僕は日捲さんと一緒に購買にきていた。


 うちの学校の購買は玄関と食堂の間の廊下が広くなったスペースに店を構えている。

 イメージ的には壁のない小さなコンビニみたいな感じで、テーブルに並べられたお弁当や総菜パンの他にも、壁には飲み物やアイスの入った冷蔵、冷凍ケース、文房具を扱う棚なんかが並んでいる。


「……思ってたよりも混んでるね」

「……うん。漫画みたい」


 遠巻きに眺めて二人で立ち尽くす。


 お昼を買いに来た生徒が一斉に集まるから当然だけど、購買は物凄く混雑していた。お正月にテレビでやっている福袋のバーゲンセールみたいな感じで、上級生から下級生まで、大勢の生徒がごちゃっと入り乱れて押し合いへし合い、目当てのお昼ご飯をゲットしようと格闘している。


 はたから見ても飢えた若者の熱気が伝わってくるようで、正直僕みたいなタイプは入って行きにくい。実際、押し合いへし合いしているのはいかにも運動部って感じの人ばかりで、周りでは混雑が落ち着くのを待っている人も多い。


「どうしよっか?」

「んー。しばらくしたら落ち着くと思うから、それまで待ってるよ。悪いから、日捲さんは先に教室に戻ってて」


 心配そうに尋ねる日捲さんに僕は言う。


「ううん。私も待ってるよ。これはこれで、いい資料になりそうだし」


 そう言って、日捲さんは目の前の光景を目に焼き付けるようにグッと目力を入れた。


「そう? ごめんね」


 日捲さんはそう言うけど、僕としてやっぱり申し訳ない。

 貴重なお昼休みをぼんやり購買の前で突っ立っているのは、なんだかすごく時間を無駄にしているような気がしてしまう。


 時間が気になって頻繁に時計を確認する。

 一分、二分、三分。


 中々混雑は収まらず、むしろ最初よりも増えている気がした。

 後からどんどん別の生徒がやってきて、段々僕は焦ってきた。

 やっぱり無理してもこの中に突撃した方がいいのかな?

 僕みたいなチビ助は、もみくちゃにされて弾き出されちゃいそうだけど。


「ぶはぁ! あーしんど! お、明日太と日捲さんじゃん! なにしてんだ?」


 混雑の中から出てきたのは不破君だった。

 プールで我慢大会をした後みたいに赤い顔ではぁはぁしている。


「ど、どうも……」


 緊張した日捲さんが小さく会釈した。


「お弁当忘れちゃったんだ。お昼買いに来たんだけど、この通りだから。すくまで待ってる感じ」

「無理無理。この混雑は最低でも二十分くらいまでは収まらないぜ。長い時はもっとだ」

「え~そんなに待てないよ~」

「しゃーねーな。この前の借りもあるし、これやるよ」


 軽いノリで言うと、不破君は僕に大きなカレーパンを放り投げる。


「いいの?」

「困った時はお互い様だろ? じゃーな!」

「不破君! ありがとね~!」


 颯爽と去っていく不破君にお礼を言う。

 不破君は背中越しにビッと親指を立てた。

 かっこい~!


「いい人だね」


 遠ざかる背中を眺めて日捲さんが呟く。


「うん! 不破君、見た目はちょっと不良っぽいけど、すごくいい人なんだよ! かっこいいし、僕もあんな風になりたいな~」

「明日太君は今のままで大丈夫だよ!」


 ずいっと日捲さんが顔を近づけてくる。


「……いい人度だったら、明日太君だって負けてないし。むしろ、勝ってると思うし……」


 急に赤くなって、日捲さんは恥ずかしそうに俯いた。


「日捲さんもだよ。待たせちゃってごめんね。面倒だし、お昼はこれでいいや」

「いいの?」

「いいのいいの。僕ってちっちゃいし、少食だから」


 本当は足りないけど、これ以上日捲さんを待たせたら申し訳ない。

 それで僕達は教室へと引き返した。

 玄関まで来て、ふと僕は思いつく。


「久々にいい天気だし、折角だからたまには外で食べてみない?」

「……うん、いいね!」


 そういうわけで僕達は外履に履き替えて中庭に出た。

 紫陽花の植えてある花壇の近くにはベンチがあって、運よく空いていたからそこに座る事にした。


「いただきま~す」

「いただきます」

「ん~、美味しい! カレーパンってなんでこんなに美味しいんだろ?」

「ふふふ。明日太君が食べてると、なんでも美味しそうに見えちゃうね」


 カレーパンをもぐもぐする僕を、日捲さんが微笑ましそうに眺める。


「だって美味しいんだもん。日捲さんも一口食べる?」

「ぇ……そ、それって、つまり、間接……」

「?」

「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて……」


 日捲さんがこちらに向き直り、あーんと口をあけて目を閉じた。

 真っ白い歯が歯ブラシのCMみたいに綺麗に並んでいる。

 これって僕が食べさせるのかな? 普通に渡そうと思ったんだけど。

 でも面白いから、僕はそーっと日捲さんの小さな口に大きなカレーパンを近づけた。

 もちろん、食べかけの所じゃなくて綺麗な所だよ?


「んむ……むぐむぐ」

「どう? ぎりぎりまでカレーが詰まってて美味しいでしょ?」

「うん! すごく、おいし……いよ……」


 ニコニコだった日捲さんは、僕の手の中のカレーパンをちらりと見て、急にテンションダウン。


「どうしたの?」

「……ううん。なんでもない」

「そう? 変な日捲さん」


 僕は残りのカレーパンを齧る。途中で日捲さんは一瞬、ドキドキした顔で僕を見ていたけど、理由は不明。尋ねても、なんでもないの一点張り。


「そ、そうだ明日太君。毎月8日は東大阪カレーパンの会が制定した、カレーパンの日なんだよ!」

「へ~。その月だけじゃなく、毎月ある記念日もあるんだ」

「そういうのも結構あるみたい。29日の肉の日みたいに」

「あー、あるね。うちは必ず、29日はお肉を買いにスーパーに行くもん」


 それでふと僕は思う。


「じゃあさ、今日は街のパン屋さんでもカレーパンが安かったりするのかな?」

「そういうのもあるかも。あとは、特別なカレーパンを出してたりとか」

「え~! 面白そう! 全然足りないし、今日の文芸部の活動は取材でパン屋さん巡りとかどう?」

「いいと思うけど……。明日太君、やっぱりそれだけじゃ足りないんだ」

「ぁ」


 ジト目で見られて僕は困った。


「へ、平気だよ。あと二時間くらい我慢できるし」

「だーめ。それじゃあ私が、お腹を空かした明日太君からお弁当取った食いしん坊みたいになっちゃうもん。だから罰として、私のお弁当半分食べる事」


 ずいっと日捲さんがお弁当を差し出す。


「えー、そんなに貰えないよ!」

「いいの。じゃないと、放課後に一緒にカレーパン食べられなくなっちゃうでしょ? 部長命令です」

「はーい。日捲さん、ありがとね」


 もう、日捲さんったら優しいんだから。

 僕の周りは優しい人ばっかりで困っちゃうよ。


「それじゃあ日捲さん、お箸借りてもいい?」

「ぇ」

「だって、お箸がないと食べられないでしょ?」


 僕の言葉に、日捲さんは箸を見つめて真っ赤になった。

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