第2話

 部屋で地震のような揺れが起きて、数日後のこと。

 坊ちゃんはいつものように、部屋で姉やとあそんでいた。

 姉やは坊ちゃんにあやとりを教えていた。


「坊ちゃん、私は厠に行ってきますから、こちらで待っていてくださいね」 

 姉やはそうやって厠に行ってしまった。もう5歳なので、少しの間待つくらいできると思ったからだ。

 坊ちゃんは部屋で一人になると、松之助が棚の上から自分を見ているのに気が付いた。部屋のどこにいても、こちらをじっと見つめている。まるで、亀が自分を見ているような気がした。亀は大人しい人だったし、生前、自分を可愛がってくれている感じは少しもしなかった。なぜ、自分を見つめるんだろう・・・。


 坊ちゃんは気まずくなって目を逸らし、畳の上のヘリなどを見て時間を過ごした。

 

「坊ちゃん」


 ふと、声がした。子供のそれだった。


「え?」

人形がなにか言っている。坊ちゃんは目を丸くした。

「松之助です」

「松之助、お前が喋ってるの?」

「はい」

「生きてるの?」

「はい」

 坊ちゃんは好奇心をそそられて話続けた。

「いつから?」

「ずっと生きておりました」

「ずっと?」

「はい」

「どうしてだまってたの?」

「話す機会がありませんでした」

「こどもなの?」

「はい」

「いくつ?」

「8歳です」

「おなかすいてる?」

「いいえ」


 姉やが厠から戻ってくると、坊ちゃんの部屋から話声が聞こえた。子供同士で喋っているようだったが、この家に子供は他にいない・・・。


「坊ちゃん。誰と話してるんですか!?」

 姉やは勢いよく引き戸を開けた。

 坊ちゃんは松之助を見た。『言うな』という顔をしていたので黙っていた。

「何でもない」


 それからも、時々、姉やは坊ちゃんが誰かと部屋で話している声を聞いた。まったく別人の声が相手をしているのだった。

 でも、坊ちゃんに聞くと、いつも一人だったという返事だった。

 坊ちゃんは松之助が喋るようになってからは、人形が怖くなくなっていた。まるで友達のように感じるようになった。


 坊ちゃんが誰かと話しているのは、両親も知っていた。姉やが伝えると、母親が昼間こっそり息子の部屋の近くへ行き、聞き耳を立てていたのだ・・・。


「今日は何して遊ぶ?」

「縁側に出たいです」

 母親はぞっとした・・・。腹話術のように2人の声色を使い分けているんだろうか。5歳の子供にそんな芸当ができるだろうか・・・。



 坊ちゃんは言われた通り、松之助を縁側に連れて行った。

 そして、傍らに座らせて、自分と姉やは外で鬼ごっこをしたりして遊んだ。松之助は相変わらず、幼子のように澄んだ目で、じっと坊ちゃんを見つめていた。


「人形、気持ち悪いですねぇ。ずっと見られてるみたいに感じます」

 姉やにそう言われても、坊ちゃんは気にしなかった。

「生きているみたいです」


 母親も姉やも得体のしれない不気味な物が屋敷に入り込んでいると感じていた。

 しかし、容易に取り除くことはできそうになかった。人形を捨てたりすると何か悪いことが起こりそうな気がした。亀は私たちに恨みがあるんだろうか・・・。確かにひどい待遇ではあったに違いない。休みは正月くらいしかない。給料もほとんどない。まるで家畜のような扱いだった。


 姉やがある時、坊ちゃんの部屋にちょっとした物を取りに行こうとしたことがあった。すると、部屋からカタカタと音がした。何だろう・・・。誰かが坊ちゃんの部屋にいるんだ、、、戸の隙間からそっと覗いてみた。


 あ!姉やは声が漏れそうになるのを、慌てて口をふさいで止めた。


 畳の上を、小さな人がスタスタ歩いている。

 松之助が、、、

 小人のようにスタスタと畳の上を歩いていた・・・。

 誰の支えもなく一人で立って、

 赤ん坊のようによちよちではなく、小股でスタスタと。

 ねずみのように、ちょこちょことせわしない。


 姉やは腰を抜かしてその場にへたり込んだ。

 そして、その足で奥様の部屋に向かった。


「奥様・・・大変です。

 さっき、坊ちゃんの部屋に行ったら、人形が歩いていたんです」

「頭がおかしいわけじゃありません。本当なんです」

 ぶるぶると震えていた。

「ありそうね。私は信じるわ・・・。この間、人形と話していたし」

「気味が悪いです・・・人形が坊ちゃんに悪さしたりしないでしょうか」


 奥さんははっとした。このままではいけない・・・。

 すぐに息子の部屋に行くと、松之助を掴んで、納戸に向かった。

 厳重に木箱に入れ、ひもをかけて、棚の奥の方にしまった。


 「これで、もう大丈夫ね。でれっこない」

 奥さんも姉やもほっとした。


 その夜。

 すると、納戸からカタカタと納屋から音が・・・。

 あの人形だ。

 まるで、「出して」と訴えているようだった。


 クス、クス、クス・・・

 カタ、カタ、


 カタ、カタ、カタ・・・

 フフ、フフフフ・・・

 

 笑い声と箱を揺らす音。

 


 この声と音の混ざり合った、不気味な何事かが毎晩起きた。


 ある昼のこと、姉やは坊ちゃんを外に出して一緒に遊んでいた。ボールを投げて、坊ちゃんに取らせる。

 でも、まだ小さいから、うまくできない。


「あ、松之助だ!」

 坊ちゃんが声をあげた。

 姉やもそちらを見た。


 松之助が坊ちゃんの部屋から、こっちを見ていた。

 馬鹿にしたような目をして笑っている。


 クックク、、、クックッ


「キャー!」

 姉やは悲鳴をあげた。


 人形はまた納屋に戻された。

 しかし、数日後、また松之助は坊ちゃんの部屋に戻っていた。箱に入れて、納戸に鍵をつけても。何度も何度も、坊ちゃんの部屋に戻ってしまうのだ。

 

 奥さんも根負けして、坊ちゃんの部屋に置くことになった。

 坊ちゃんは大切な一人っ子。両親はいなくなっては困ると不安ではあったが、今の所、悪さはしていない・・・。

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市松人形 連喜 @toushikibu

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