市松人形

連喜

第1話

 これはネットで拾って来た海外の実話をアレンジしたもの。


 明治の終わり頃のこと。

 ある家の坊ちゃんが、召使の老婆から手作りの人形をもらったことが始まりだった。召使いといっても、奉公人などとは違い、先祖の時代から仕えている下人(いわゆる奴隷)の最後の生き残りの人だった。


 舞台は元旗本の屋敷を明治時代に建て替えたもの。坊ちゃんは大事な跡取り息子だ。


 件の坊ちゃんが姉やと庭で遊んでいると、その亀という下女が話しかけて来た。普段は草むしりや雑用などをしていて、ほとんど家の主人たちとは話さないような立場の人だった。手は干からびた木の根のようにパサパサで、洗ってもきれいにならないだろうという色をしていた。顔も手もシミだらけで皺だらけ。指先は荒れてボロボロだった。髪もごま塩でボサボサ。姉やは近くで見たことがなかったので、ぎょっとしていた。


 見ると、亀は腕に人形を抱いていた。

「坊ちゃん。お人形をどうぞ」

 着ているボロと対照的に、人形は立派だった。

 姉やは気味悪がったが、坊ちゃんは純粋なので素直に受け取った。

「ありがとう」

 坊ちゃんはお行儀よくそう言った。その子は5歳。

 目の大きな可愛い子で、性格も良く、家の使用人たちからも大切にされていた。


 腕の中にいるのは、男の子の市松人形でとても美しかった。

 目は憂いを帯びて艶やか。

 顔は胡粉で白く塗られていて、肌は生きているように内側から輝いていた。

 髪はふわふわと手描きで施してあったが、まるで赤ん坊の産毛のように立体的に見えた。

 

 何処の名人が作ったのかと思うような、見事な出来栄え。

 着物もどうしたのかと思うくらい、ちゃんとした生地を使っていた。

 着物は亀が縫ったのだろうか。


 主人とその妻は、亀が思いがけない物を持って来たので、少し気味悪がっていた。

 夫婦はその人を呼び「いいの?こんな高そうな物をもらってしまって」と確認した。

「いいんです。私は子供もおりませんので・・・坊ちゃんにもらっていただけたら幸せでございます」

「すごくいい物のようだけど、どこで手に入れたの?」 

「私の知り合いで人形師がおりまして、その人が作ってくれたものです」


 老婆は坊ちゃんを孫のようにかわいいと思ったのだろう。

 それで、奮発して立派な物を贈ってくれたのだ。

 夫婦はそのように考えることにした。

 両親はただでもらうわけにいかないので、老婆にそれなりのお礼をした。

 そして、これをきっかけに亀の体を気遣い、目を掛けるようになった。


 坊ちゃんは人形を気に入り、名前を”松之助”とつけた。

 この時代には珍しく、坊ちゃんは兄弟がいなかったのだ。

 まるで弟のようにかわいがり、いつも一緒にいて、寝る時は棚に飾って大切にしていた。

 

 しかし、亀が坊ちゃんに人形を送ってから1月も経たないうちに、亀が急死してしまった。朝起きて来ないので、使用人が見に行くとすでに息絶えていたそうだ。

 身寄りもなく、持ち物もないので、皆が老婆に同情した。

「本当に控えめな人でした・・・。ボロの着物が少しあるだけで、他には何もありませんでした」

 使用人の誰かが主人に言った。

 持ち物を売って人形を買ったのかなと皆は思った。

 あの人形が、亀の形見になってしまったのだ。


 ある夜、坊ちゃんが部屋で寝ていると、何となく、人の気配がして目が覚めた。

 足元の方から、何かを感じる。恐る恐る、体を半分起こして見ると、布団の端に松之助が座っていて、こちらをじっと見ていた。

「あっ!」

 坊ちゃんは驚いて声を出を上げた。

 怖さにぶるぶると震えていると、

 

 カタ、カタ、


 かすかに、家具が揺れ出した。

 そして、次第に・・・


 ガタ、ガタ、ガタ、ガタ、ガタ・・・・


 地震のように揺れが大きくなった。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ・・・」


 坊ちゃんは悲鳴をあげた。

「助けて!」

 母親は子供の様子を見に行った。すると、坊ちゃんは震えながら布団の中で小さく丸まっていた。足元にはあの市松人形が座っていた。母親はぎょっとした。いつも棚の上にあるのを知っていたからだ・・・。


「どうしてここにあるの?」

「気が付いたらそこにいたの。怖いよ・・・」

 坊ちゃんは泣いた。

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