幼馴染がいつも結婚を妨害してくるので、私もそろそろ限界です

つきかげみちる

三度目の婚約破棄




「すまない、ニーナ嬢! 君との婚約は破棄させてほしい!」

「……はあ、そうですか」


 大の男に目の前で頭を下げられ、呆れて言葉も出ない。

 はいはい婚約破棄ね、そうですか。ですか。


「本当にすまない! これはその、ニーナ嬢に非があるわけではなく……」

「分かってますよ。“神子しんし様”のお告げがあったんですよね」

「ええ、そうです! 神子様が『この結婚は災いのはじまり』とおっしゃったので……」

「まあ、それは大変ですね」


 私はそう相槌を打って、元婚約者となった目の前の男に微笑んだ。

 クソが。

 おっと失礼、素が出てしまったわ。だけど私、この理由で婚約破棄されるのはこれで三回目なの。もう今年で十八歳になるし、貴族令嬢としてそろそろ身を固めないといけない時期なのに。

 あののお告げのせいで破談になった。

 今回の婚約者は声が大きくて少し空気の読めないところがあったけれど、大らかで優しかったし、いい夫になると思ってたのに……!


 この国では“神子様”の発言は絶対的だ。


 “神子”とは神に仕える特別な聖人で、十年に一度若い貴族令息の中から一人選ばれる。その選出方法は五人の大神官様たちによる投票で、神子に選ばれると神の声が聞こえるようになるらしい。任期は次の神子が選ばれるまでの十年間。それまで聖人として生きなくてはならない。

 だからもちろん結婚はできないし、その間は神殿で神官たちと暮らすことになる。だけど神子になれば神職としての唯一無二の地位を手に入れられるし、任期を終えた後も一生一目を置かれた特別な扱いを受けることができる。

 つまり神子になっちゃえば、その後の人生はイージーモードってわけ。


 四年前、そんな夢のような役職にヴェナライン家令息のジェイルが選ばれた。

 ジェイルは道向かいの屋敷に住む名家のボンボンだ。彼とは歳が同じで、小さい頃はよく一緒に遊んだりした。

 だけどね正直、耳を疑ったよ。なんでよりにもよって、ジェイルが神子に選ばれたのって。

 確かにジェイルは中性的で綺麗な顔をしているから、見た目だけなら神聖な感じがするし、神子としての説得力はあるかもしれない。

 だけどヤツは昔からよくお祈りの時間に居眠りしてたし、どちらかといえば不真面目だ。それに食べ物の好き嫌いだって多いし、外面はいいけど本性は腹黒だし……とにかく聖人とは程遠い。

 幼い頃からジェイルのことを知っているからこそ納得できなかった。大神官様たちは何故ジェイルを神子に選んだのだろう。

 やっぱり顔? 顔で選ばれたのか……? 

 私はそんな疑いを抱いてすらいた。





 三人目の婚約者との婚約が解消した今、私はずかずかと大股で神殿の廊下を歩いている。目的はもちろんクソ神子……ジェイルに文句を言うためだ。

 ヤツのせいで私の婚期はどんどん遠のいてる。お告げだなんて言ってもどうせヤツに神聖な力なんてないんだから、これはきっと私に対する嫌がらせだ。

 ジェイルは昔から負けず嫌いだったから、私が結婚して先に大人の階段を登るのが気に入らないんだろう。まったく本当にガキなんだから……!


 廊下を進み、角を曲がるとステンドグラスで装飾された扉を見つけた。ジェイルはこの奥にいるはずだ。扉を開けようとドアノブを掴むと見習いらしき若い神官がやって来て、行く手を阻まれてしまった。


「困ります。この先はお布施をしていただいた方しかお通しできないのです」

「なんですって?!」


 なんでアイツに会うのにお金払わなきゃいけないのよ!

 ったく、仕方ないわね……。

 私は羽織り物の懐からこっそり貯めていたお小遣いを少々出して神官に手渡した。


「ありがとうございます。神子様のお告げは順番ですから中でお待ちください」


 神官はにこやかにそう言って扉を開いた。


 部屋の中には祭壇があって、奥の方に人が群がっている。貴族たちや商人、若者から老人まで多種多様な人たちが、ありがたそうにを囲んでいる。

 うっ……なんだこの異質空間は。

 真ん中にいる人物はもちろんジェイル・ヴェナラインだ。ヤツは一人だけ後光が差しているかのように輝いている。これは特殊能力とかじゃなくて、ただジェイルが浮世離れした美形というだけだ。

 中性的で繊細な印象のある整った顔立ちに、サラサラと靡くブロンドの長髪はいかにも“神の子”という雰囲気だ。他の神官たちと同じ白の神職姿だというのにオーラが違う。この美貌に毎日祈られている神様はさぞかしご満悦だろうと思う。

 まあ、外見の評価はそんな感じよ。だけど大事なのは中身っていうじゃない。

 私は部屋の中で繰り広げられるやり取りに耳を傾けた。



「神子様! うちの店の従業員が次々と辞めていくんです! どうすればいいでしょうか!」

「焦ってはなりません。今は耐える時なのです。まずは今いる従業員に休みを与えて給料を上げてみなさい」

「なんと素晴らしいお答え……! ありがとうございます!」


「神子様! 最近何事にもやる気が起きないのです。どうすればいいでしょう?」

「無理をしてはいけません。まずは早く眠り早く起きて朝日を浴びることです」

「さすが神子様です!」


 いやいやいや……! 誰にでも当てはまる薄っぺらいことしか言ってないよね? なんだかそれっぽい言い方してるけど!


 ジェイルとその取り巻きたちの会話を眺めながら、私はげんなりした。

 くそう、こんな薄っぺらエセ神子に結婚を邪魔されてるなんて。くやしい……!


 そう怨念を込めて睨んでやったら、エセ神子……ジェイルもこちらに気づいたようで目が合ってしまった。


「ニーナ!」


 突然ジェイルに名前を呼ばれると、周囲の取り巻きたちが一斉に私の方を見た。「え、なにこいつ、誰?」って顔をしながら。

 

「……っ」


 周囲の視線に耐えられなくて、じりじりと後退りしてしまった。もう、なんでそこで名前を呼ぶのよ! こんなに目立っちゃったらアンタに文句言いづらくなるじゃない!

 それに、なんでそんなにキラキラした顔してるわけ? 飼い主を待ってた犬じゃあるまいし!

 

 私の心の声も、周囲の視線も全く感じ取っていない様子のジェイルは一直線にこちらに歩いてきている。


「嬉しいな。ニーナが僕に会いにきてくれるなんて」

「はあ? そんなんじゃないわよ!」

「あはは、ここ数週間ずっと顔を見せてくれなかったから寂しかっ、わっ」

「ちょ!」


 ベラベラと話しながら歩いてきたせいで、ジェイルは自身の神職着の裾を踏んだ。そしてそのままこちらに倒れてきた。

 危なっ……!

 私は咄嗟にジェイルを支えようと手を伸ばした。だけどその手は第三者のゴツゴツした手によってバチンと弾かれてしまった。

 

「いだっ!」


 いきなり手を叩かれて情けない声が出た。


「大丈夫ですか! 神子殿!」

「あ……はい。申し訳ない」


 光の速さで私の手の甲を叩き、ジェイルの身体を支えたのは大神官のアザノラ様だ。私はこの強面で気難しいおじさん……いや、大神官様のことがあんまり好きじゃない。

 というか、痛かったあ……。叩かれた手が赤くなってる。いくらお偉いさんだからってレディにこんな仕打ちありえないわ。

 すると大神官様は鋭い目つきで私を睨みつけて声を発した。


「おい娘、女人の分際で神子様に触れようなどもってのほかであるぞ! 身の程知らずめ! 悔い改めよ!」

「なっ!」


 なんですって〜〜!?! 

 確かに神子は異性と接触してはいけないっていう謎の掟があるけど、さっきのは不可抗力じゃないの! それに転んで倒れてきたのはジェイルじゃない! どうして私が叱られるのよ!


「なんだその目は! 生意気な小娘め、懺悔室に連れていかれたいのか!」

「ひっ……!」


 やだやだ! こんなことで懺悔させられたなんて噂になったら、ますます結婚が遠のいちゃう!


「まあまあ、大神官殿。彼女は私の身を案じてくださったのです。責めないでください」

「くっ、ジェイルたんがそう言うなら……。ゴホン、娘よ。次はないからな!」

「……はい。モウシワケアリマセンデシタ」


 全然納得してないけど、私はとりあえず謝罪した。

 むかつく! なんでジェイルに庇ってもらったみたいになってるの。しかも『ジェイルたん』って何よ! おっさんがデレデレして気持ち悪い! 大神官も神子もみんな大嫌いよ!


 私がそう苛々していると、ジェイルは取り巻きたちの方に振り返って「今日のお告げはおしまいです。お帰りください」と人払いをしはじめた。


「えっ終わりなの? せっかくお金払ったのに!」

「いいや、ニーナはまだここに居ていいよ」

「え、どうして……」

「それよりさっきは大丈夫だった? 叩かれたところ痛くない?」

「そりゃ痛いわよ!」


 ひりひりするし、少し腫れてるようにも見える。

 するとジェイルは神妙な面持ちでこちらに手を伸ばしてきた。私は反射的に手を後ろに回してジェイルとの接触を回避した。


「何するのよ! 私、今さっき大神官様に叱られたばかりなのよ」

「……ごめん」

「なんなのよ、もう!」


 ジェイルは耳が垂れた子犬のように分かりやすくシュンとした。

 何よ、今更私のことを心配してるようなそぶりをしたって騙されないわよ。

 アンタが嘘のお告げをして私の結婚を邪魔してるのは事実なんだから!


「……それで、何か悩み事でもあるの? 君が僕のお告げを聞きに来るなんて珍しいじゃないか」

「悩み事じゃないわ! 苦情よ!」


 私は正面きってはっきりそう言った。いつに間にか部屋にいるのはジェイルと私だけになっていた。

 

「あー、なるほど。婚約解消したんだってね。それは残念だったね」


 他人事のようにジェイルは薄ら笑いを浮かべている。

 なーにが「残念だったね」よ! 頭にくるわね。


「どうしてくれるのよ! アンタのせいでこれで三回も破談になったのよ! 巷じゃ『呪われた令嬢』だとか心外な噂だってたってるんだから!」

「はは、なにそれ面白いね」

「面白くない! このままじゃ私、一生お嫁に行けないじゃないの! なんとかしなさいよ!」


 私がそう詰め寄ると、ジェイルは少しばつが悪そうな顔をして目を逸らしてきた。


「なんとかしろって言われても……」

「なんとかするのよ! 今すぐに!」

「今すぐだなんて。そんなに焦らなくったっていいじゃないか」

「……はあ?」

「……あと、六年ぐらい待ってくれれば……さ」

「……???」


 はあ? 何をモゴモゴ言ってるの? 

 しかもなんでそんなに顔が赤いわけ? 急にどうしたの?

 それに六年って……えらく具体的ね。……まさか。


「ジェイル……アンタまさか本当に神様の声が聞こえるの?」

「いや全く。今まで一度だってそんなもの聞こえたことないよ」

「……そうよね。安心したわ」


 神子を信じる取り巻き達にとってはお気の毒だけど、やっぱりジェイルに神聖な力はないらしい。

 えっと、じゃあなぜ六年も待たなきゃいけないの? 意味不明だわ。


「とにかく君は焦ったりなんかせずに、あと六年待てばいいんだ」

「何よそれ、そんなに待てないわよ。だって私そのころには二十四になってるし……アンタだってもう神子の任期が終わってるじゃない」

「……そうだよ。だからそれまで結婚なんて言わないでよ」


 え? な、ええ?

 なんかそれってさ、まるでジェイルが私のことを……いやいや、まさかね。

 おかしなことを想像したせいで顔が火照ってしまった。


「……」

「……」


 ちょっとちょっと、どうしてここで黙るのよ!

 意味深なこと言ったのはアンタじゃない。それなのに急に静かになっちゃって……一体何なのよ!


「何よ。言いたいことがあるならハッキリと……」

「この役目が終わったら君と結婚したい」

「なっ……」


 突然の告白に開いた口が塞がらない。

 ドッドッドッドッド、と心臓の音が鳴り響いてる。どうしよう。なにこれ。なに。ええ……。

 ジェイルって私のこと好きだったの?

 

「今まで色々と嫌な思いをさせてごめん。だけどこうでもしないと君が他の男と結婚しちゃうと思ったから」

「そ、そんな理由で嘘のお告げを言ったの?」

「うん。だって僕は君に触れることすら禁止されているんだよ。それぐらいの職権濫用は許してもらわないとね」


 なな……何よそれ。

 もう、相変わらず心臓の音がうるさい。もしかして私、ドキドキしてるの? うそでしょ、相手はジェイルなのに……!


「返事は今すぐにとは言わないから、ゆっくり考えてね。ま、他の男には渡さないけど」

「……! そ、そそそ、そんなの今後のアンタの行い次第よ!」


 私は心臓の音をかき消すように声を張って部屋を出た。

 信じられない! 信じられない!!

 頭の中がジェイルでいっぱいになってる。どうしよう。どうしよう。私、アイツのことすっごく意識しちゃってるじゃん……!

 こんなつもりじゃなかったのに! とりあえず、この件は保留よ。保留!

 アイツが私にふさわしい男だって分かったら結婚してあげてもいいけど……それまではぜーったいにイエスって言わないんだから!





end.

 


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