第6話 溺れていく

 月曜日。

 奈々を学校に送り出してから、家事を片付けて買い物に出た。

 買い物から帰ってくると、家の前に誰かが立っている。

 その人がこちらを向いた。

 ナオミさんだ。

 一昨日のことが思い出されて顔を合わせづらい。

 このまま引き返そうかとも思ったが、目が合ってしまった。

 ここで知らんふりをして引き返して、エリちゃんとの仲が悪くなったら奈々がかわいそうだ。

「あら、どうしたんですか。何か御用ですか」

 白々しい声を出した。

「一昨日のお礼にケーキを持ってきたの。一緒に食べましょう」

 ナオミさんはこの辺りで美味しいと評判のケーキ屋さんの紙袋を持っている。

「そんな気を使ってもらわなくてもいいです。私も奈々もご馳走になったんですから」

 私は大して何もしていない。それに一昨日のことがあるので、ナオミさんを家には入れたくなかった。

「そんなことを言わずに一緒に食べましょう」

 ナオミさんが微笑んだ。

 宝塚の男役のようなニヒルな笑い。あんなことがなければ十分魅力的に映るだろう。

 でも、今の私には悪魔の微笑みにしか見えない。

「でも、家の中も片付いていませんし……」

 なんたとか断ろうとする。

「大丈夫よ。なんなら、掃除ぐらい手伝ってあげるわよ」

 ナオミさんの目が逃がさないわよと言っているような気がする。

 こうまで言われては仕方ない。

「じゃあ、上がってください」

 私は鍵をあけて、ナオミさんを中に入れる。

 大丈夫。あのときはワインを飲んでいたからああいうことになっただけだ。

 今日は飲んでいない。

 あれはアルコールの影響だったに違いない。ナオミさんもきっと私を酔ってからかっただけだ。

 なによりも私は夫と奈々を愛している。もし、またナオミさんに迫られらようなことがあってもちゃんと断れる。


 ナオミさんをダイニングキッチンに案内した。

 ナオミさんの家に比べたら狭いが、それなりに綺麗に使っていると思っている。

「座ってください。インスタントコーヒーとティーパックの紅茶のどちらがいいですか」

 努めて普通どおりにしようと思った。下手に意識すると、ナオミさんも気にするだろう。

「コーヒーをお願い。日当たりがいいわね」

「ええ。それが気に入って買ったんです」

 この家を決めたのは、ダイニングキッチンの日当たりのよさだった。

 私はコーヒーと紅茶を作り、皿とフォークを出した。

 一昨日のことが何もなかったかのように、たわいもない話をしながら、持ってきてもらったケーキを食べた。

 ケーキを食べ終わると、ナオミさんが立ち上がった。

「じゃあね」

 今日は何もしてこない。どうやら、私の考えすぎだったようだ。

 ナオミさんが玄関の方へ向かって歩き出したので、私も見送りに立ち上がった。

「わざわざどうもありがとうございました。ケーキ、美味しかったです」

 お礼を言うと、急にナオミさんが振り返って私を前から抱きすくめた。

「なにをするんです」

 体を激しく振って、ナオミさんの腕から逃げようととした。

「あら、一昨日あれだけのことをしたんだからキスぐらいしてくれてもいいんじゃない」

「いやです」

 私はナオミさんの腕の中で暴れたが振りほどけない。かえって、強く抱きしめられてしまう。

「そんなことを言って本当は期待してたんでしょう」

 片手で腰を抱きながら、もう片方の指で顎を摘んで私の顔を仰向かせた。

 顔が近づいてきて、唇が引っ付く。舌で唇を割って侵入させようとしてきた。

 私は舌の侵入を防ごうと前歯をしっかり食いしばる。

 ナオミさんの指が胸の蕾を潰さんばかりに力を入れて摘んだ。

「ぐうー」

 あまりの痛さに呻いた瞬間、舌がヌルっと侵入してきた。

 慌てて舌を奥に隠したが、あっさりと絡め取られる。

 巧みな舌づかいで私の舌はドロドロに溶けてようになっていく。

 いつのまにかナオミさんの手が胸を揉みしだいている。

「うっ、うっ」

 ナオミさんの手は私が一番感じ易い揉みかたを知っている。

 舌だけでなく体も蕩かされそうだ。

「この前の続きをしようか」

 私の舌をしゃぶりつくしてから唇を離して、ナオミさんが妖艶な笑みを浮かべた。

「もうイヤです。あんな酷いことはしないでください」

 またあんなことをされたら、私は確実に堕ちてしまう予感がする。

「嘘を言ってもダメ。本当は期待してたんでしょ」

 スカートの裾を捲り上げて、ナオミさんの手が忍び込んでくる。

「イヤです」

 とっさにナオミさんの手を押さえた。だが、ナオミさんは私の抵抗などものともせず、ショーツの中に手が潜りこましてきた。

「こんなに熱くなっているじゃない。寝室に行きましょう。今日はたっぷりといじめてあげる」

 夫婦の親密な場所に他人を入れたくない。まして、そこで嬲られるなんてゾッとする。

 私は頭を必死に横に振った。

「亜希は意外と強情ね。そんなにいやがられたら余計に見たくなるのよね」

 どSのナオミさんは嬉しそうにショーツの中の指を動かし始めた。ナオミさんが片手で器用にブラウスのボタンを外し、ブラジャーのホックまで外してしまう。

 ブラジャーを剥ぎ取られ、むき出しになった乳房を唇で啄ばまれ、膨らみ始めた豆粒を舌で舐めしゃぶられた。

「ああー」

 私は恥ずかしい大声をあげた。

 まだ一昨日の官能の炎は完全に消えてなかったようで、体の奥から大きな炎へと燃え上がっていく。

「すごいことになっているわよ」

 ナオミさんの意地悪な指は、私を燃え上がらせるだけ燃え上がらせといて、燃えつきる寸前にすっと逃げていく。

「もうどうしてそんな意地悪ばっかりするの」

 私は一昨日からの焦らし責めに頭の血が上ってしまった。

「続きは寝室でしてあげるわ」

 ナオミさんが冷酷に言い放った。


 もう私には考える気力が無くなっていた。ナオミさんを連れて寝室に入った。

「素っ裸になって足を広げてベッドに寝なさい」

 私は命じられるままに着ている物を全部脱ぎ捨て、ベッドに仰向きに寝て足を広げた。

「亜希はここで旦那にかわいがってもらってるのね」

 ナオミさんが言葉でいじめてきた。

「そんなこと言わないで、一思いにお願い」

「もっと足を開きなさい」

 これ以上開くことができないほど足を広げた。ナオミさんが足の間に座って前屈みになり、指で弄んでいたところを今度は唇や舌を使って、責めてくる。

「アーン。もうダメです」

 私は切迫した声を張り上げた。

「こんなに欲求不満の亜希をほったらかしにしている旦那とわたしとどっちがいいの」

 責めをゆっくりにして焦らすようにしてナオミさんは聞いてくる。

「そんな……」

 いくら自意識が薄れているとはいえ、夫の悪口のようなことは言えない。

「旦那がよければ、旦那にしてもらえば」

 ナオミさんが責めるのを止めてしまう。

「ナオミさんがいいです。旦那よりナオミさんのほうが気持ちいいです」

 私は泣き叫んだ。ここでやめられたら本当に頭がおかしくなりそうだ。

(あなたごめんなさい。今日だけよ。今日だけ許して)

 夫に心の中で詫びた。

「そうでしょう。愛とか恋とか関係ないのよ。男も女も体の気持ちよさと心は別なの。昔は女は心と体が一緒だったかもしれないけど、時代が変われば脳も心も変わるものよ」

「もう分かったから。お願い。最後まで」

「いいわよ。今日は心ゆくまで楽しませてあげる」

 ナオミさんが激しく私を責めたてる。

「イイーッ」

 目の中で火花が散り、強烈な電流が体中を駆け抜けていく。激しく全身が痙攣して体が持ち上がった。

 私は頂上にのぼり詰めた。

 だが、ナオミさんは責めるのをやめない。

 私は数えきれないほど頂上へ押し上げられた。どんなに許しを乞うてもナオミさんは許してくれない。

 女同士には終わりがないということを聞いたことがあったが、身をもってそのことを思い知らされた。

 ナオミさんがようやく私の体から離れたとき、体中から全部の水分を搾り取られたかのようにシーツは絞れるぐらいにグショグショに濡れていた。

「亜希はもう私のネコだからね。旦那に抱かれてはダメだよ」

 服で隠れる部分にあますことなくキスマークをつけられた。

「そんな酷い」

 こんなことをされたら旦那に体を見せることができない。だが、体力をすべて奪われた私は啜り泣くことしかできない。

「どうせ旦那は抱いてくれないんでしょ。心は旦那に満たしてもらえばいいでしょ。体は私が満足させてあげる」

 そう言って、指一本も動かせない私を残してナオミさんは帰って行った。


 それからナオミさんは毎日昼間にやってきては私をめちゃくちゃにした。奈々が帰ってくる直前まで責められ続け、私の枯れ果てた声に奈々が驚いたこともあった。

 夫が出張から帰ってきてもそれは続いた。

 夫は相変わらず抱いてくれない。だからナオミさんがつけた印はいまだに見つかっていない。

 ほっとしたような淋しいような複雑な気持ちがする。

 ナオミさんはHのときに前のときに気持ちよかったかどうか感想を聞いてくる。そして、私がより気持ちよくなるように色々工夫を重ねてくれた。

 今までに夫にそんなことを聞かれたこともしてもらったこともない。

 それは約一か月続いた。

 私はだんだんナオミさんにハマっていった。

 しかし、一か月経つと、ピタッとナオミさんが来なくなった。2日経ち、一週間経ち二週間経っても来ない。

 道で偶然会っても以前のように普通のママ友の会話をするだけだ。

 ひと月経ってもナオミさんは来なかった。

 ナオミさんの愛撫を思い出して体が疼き、私のイライラはつのらせていった。私をこんな体にしておいてほったらかしにするなんて許せない。

 体の疼きと怒りで我慢できなくなり、思い切ってナオミさんの家に行った。

 家の近くで、マコちゃんのママが髪の毛を乱し、真っ赤な顔をしてナオミさんの家から出てくるのが見えた。

 あれは絶対にナオミさんに抱かれたんだ。

 私は嫉妬に狂った。

 何度もナオミさんの家のチャイムを鳴らした。

「どうしたの? そんな怖い顔をして」

 平然とした顔でナオミさんが出てきた。

「なぜ来てくれないの? 私をこんな女にしといて」

 私は叫んだ。

「そんな大きな声を出さないで。中に入りなさい」

 ナオミさんは憎たらしくなるぐらい余裕の笑顔をみせる。

 私は中に入ると、涙を流しながらナオミさんに抱きついた。

「私を捨てて、マコちゃんのママとあんなことするなんて酷い」

「亜希を捨てたりしないわ。愛してるわよ」

 泣きじゃくる私にナオミさんはキスをしてくれ、欲求不満が解消するまで抱いてくれた。


 同性だけあって、女の扱いがナオミさんはうまい。ときには突き放し、ときには優しく抱きしめてくれる。いつのまにか体はナオミさんに支配されている。

 でも、私は夫と奈々をナオミさんより愛している。

 これは事実だ。

 ナオミさんとは言ってみれば、体の相性がすごくいいというだけだ。

 心は夫と奈々を愛し、体はナオミさんを愛している。

「男は体と心は別々だ。なんて言うけど、それは女も一緒よ。女が心から好きでないと体は感じないなんて言っているのは、夫や恋人に縛り付けるための男の理屈よ。女だって、心と体が別々になるときもある。それを偉そうに知識人ぶって言っている人たちが男女同権なんて言っているのはお笑い種ね」

 このナオミさんの理屈は抱かれるようになってよく分かるようになった。

 私はナオミさんにキスされ、抱きしめられるのが好きだ。愛撫されると夫よりも感じるし、数えきれないほどイケる。

 でも、ナオミさんに対しての不満もある。

 ナオミさんは決して服を脱がない。私を素っ裸に剥いて好き放題に弄ぶくせに自分を絶対に触らせない。

 ナオミさんの服を脱がせ、体を触れられるのは元担当編集者の彼女だけだ。

 ナオミさんは私の体を愛しても、心は愛してくれていない。

 ナオミさんが身も心も愛しているのは唯一彼女だけだ。

 ナオミさんと心も体も結びついている人。

 羨ましくもあり、私は嫉妬しそうさえなる。


 たとえ心は愛してくれなくても結びつきをもっと強くしたくて、私はナオミさんとの子どもが欲しくなった。

 そのことをナオミさんに言うと、夫に抱かれるように言われた。

 女同士では子どもは産まれない。

 まったく知らない精子提供者よりも愛している夫のほうが私もいい。

 ナオミさんの意を汲んで、夫にHをしたいと言った。夫は渋ったが、「抱いてくれないなら離婚する」と言うと、夫は抱いてくれた。

 ナオミさんに抱かれるうちに敏感になった体は、夫に今まで見せたことないほど乱れまくった。

 今までと違う私の反応に、夫は興奮したのかのように私を毎日抱くようになった。

 結果的に夫との体の結びつきも強くなったような気がする。

 そして、夫に抱かれた翌日にはナオミさんに必ず抱かれる。

 ナオミさんは私がどういう風に夫に抱かれ、どう反応したかをしつこく聞く。

 私がその様子を詳しく話すと、まるで嫉妬に狂ったようにいつもよりも激しく責めまくられ、髪の毛一本動かすほどもできなくなる。

 そんなことが数ヶ月続いた。


 そして、私はナオミさんと夫の子を妊娠した。



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ママ友と…… 青山 忠義 @josef

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