2日目

 次の朝。目を覚ますと、視界には天井ではなく、天使さんがいた。

「……?!」

「あ、起きた。おはようと言うんだっけ」

 そう言って微笑み、彼は私の額にキスをする。当の私は頭の中がはてなばかりで彼の話は全く入ってこない。

「私、寝袋で寝てたはずじゃ……」

「僕がこっちに運んだんだ。寝づらそうだったから」

「……ありがとう……?」

 心臓に悪い。こう見えても思春期の女の子、起きたら隣にイケメンがいたなんて夢のまた夢と思っていたが、まさか叶ってしまうとは。

「と、とりあえずベッドから降りてよ」

「えー、ベッドふわふわで気持ちいいのに。二度寝と言うんだっけ、しなくていいの?」

「いいの!」

 渋々という感じではあったが、天使さんはベッドから降りてくれる。朝から疲れてしまった。


 小物入れから羽を天使さんに戻した時、天使さんが小さくしたままの茶色くくすんだ星が見えた。視線をそちらにやると、少し眩しく感じた。眩しい?

 星を取り上げてよく観察してみると、茶色いところに亀裂が入り、そこからなにかキラキラとしたものが見えているようだった。

「ねぇ、これ、茶色いところ取れるかも」

「これが?」

「うん。削ってみてもいい?」

「……やってみてくれるかい」

 少し不安なのか躊躇ったように反応は遅れて帰って来たが、了承は得られた。いつだかの美術の授業で使った紙やすりを机横の引き出しから取り出し、試しに何度かこすってみる。

「……あ、茶色いの、削れてる」

 さほど目が粗いとも言えないやすりでこすり続けるのはなかなか胆力が必要だったが、だんだんと見え始めるキラキラに心が踊る。


 どのくらい経っただろうか。

「……大丈夫かい?」

「うん、ちょっと疲れたかも」

「僕のために、ありがとう」

 微笑んだ彼の視線の先には、宝石のように太陽光を反射している星があった。日に透かすと星の周りは青く光っているように感じられた。

「……これ、天使さんの瞳の色みたい」

「本当だ」

 目を見合わせて、笑い合う。頑張ってよかったと心から思った。

「……星が輝いているからかな。なんだかすごく元気だ」

「怪我は?」

「たぶん治った」

「星の力、なの?」

「そういうことだね」

 その言葉にほっと安心する。けれどなぜか、少し寂しい。

「今夜にでも帰らないと、神様に怒られてしまうかもしれないな」

「……そうだよね」

「寂しい?」

「うん……ちょっとだけ」

 私がどんな表情をしていたのかは分からないが、天使さんは私の頭をぽんぽんと撫でる。

「そんな顔しないで」

「……そんなにひどい顔してた?」

「残念そうな、悲しそうな顔」

 こんなにも顔に感情が出やすかっただろうか。内心で自分に呆れる。

「大丈夫、僕はソラのどこかで星を運んでいるから。君のおかげで星もくすまず輝いてくれるだろうし、夜に僕のことを探してみてよ」

「……うん」

 ただ2日間一緒にいたことで生まれた寂しさではないのだろう。胸がつきんつきんと針で刺されるみたいに痛い。せめて泣かないようにと努めてゆっくり、深く呼吸する。

「夜までは一緒?」

「うん。そうだ、なにかで一緒に遊んでくれないかい?」

「もちろん」


 果たして時間は過ぎ、辺りは暗くなった。

「さて、そろそろ時間かな」

「行っちゃうの?」

「言っただろう、いつもソラにいるからって」

 だから大丈夫、と彼は言う。これ以上引き止めては、天使さんが困ってしまうだろう。

「……ねえ、天使さん」

「なんだい」

「名前、教えて」

「もちろん。僕はシリウス」

「シリウス」

「あぁ。僕が運んでいる星がこちらでなんて呼ばれているのかは知らないけれど、僕はシリウスだよ」

「素敵な名前」

 なぜだか分からないが、心からそう思った。彼は───シリウスは薄く微笑んで、ありがとうと言ってくれた。

「さて。もう行かなくちゃね」

「……ねえ、シリウス。私のこと、覚えていてくれる?」

「もちろんだよ。心優しい人間のお嬢さん」

 彼は朝したように私の額にキスをし、ほんの少し跳躍して、そのまま消えてしまった。


 これは私の初恋であり、初めての失恋でもあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

きらめきのひみつ 水神鈴衣菜 @riina

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ