1日目

 ある日の学校からの帰り、家の近所の空き地から、裸足が見えていた。しかもそれは、傷だらけ。

 私は焦ってそれに近づき、声をかける。

 そこには色白で、白い服を着ており、髪も白い人のような、それでいて決定的に人とは違うがいた。それには、大きな白い羽がついていた。


 しばらく呆然と見た後、勇気を振り絞って倒れ込むなにかに声をかけた。

「あ、あの……大丈夫ですか」

 躊躇いがちに肩を掴み、ゆさゆさと揺する。それと一緒に、白い羽が動く。

 周りを見ても誰もいない。困ったままじっと倒れ込む何かの顔を見つめていると、まぶたが開き、白い……いや、周りは青いだろうか、不思議な色の瞳が見えた。

「え、えっと……」

「どうしたの?」

「どうしたのって、こっちの台詞ですよ。こんなところで倒れ込んで、傷だらけで……」

「傷だらけ? 僕が?」

 起き上がろうとして、体を貫く痛みに気づいたのかぽかんとした顔をする。

「本当だ、どうしたんだっけ、僕」

「あの……そもそもなんですが、その羽……」

「羽? ──あぁ、君は人間かい?」

「そう、ですけど」

「僕は天使だよ。知らない? 神様の使い」

 その時思い出した。幼い時から聞かされていたおとぎ話を。

「もしかして、星を運ぶ天使……?」

「おお、よく知っているね。その通りだよ」

「……とりあえず事情は後で聞きます。怪我の治療を」

「怪我なんてすぐ治るよ」

「そうだとしても、このままじゃ心配で」

「じゃあお言葉に甘えようかな、その前に……肩を貸してもらえるかい」

「は、はい」

 彼──と呼んでいいのだろうか──は、私に寄りかかるとよろよろと移動を始める。どこへ向かうのかと思ったら、空き地の奥の方に落ちていた茶色っぽいものを拾おうとしているようだ。

「これですか? 私が拾いますよ」

「いや、こう見えてもそれがなんだ。人間きみが運べるものじゃない」

「これが……?」

 茶色くくすんだこれが、星。そんな風には見えない。もっとキラキラとしているものだと思っていた。

 彼が星だと言ったものは、彼の白い手が触れると急激に大きさを変える。あっという間に手のひらサイズになり、川端に落ちていそうな石ころくらいの大きさになった。

「これなら大丈夫だろう。持って行ってくれるかい」

「わかり、ました」

「そして、僕も小さくなれば完璧だな」

 そんな声が聞こえた後、肩にかかっていた重さが消えた。よく見ると天使は肩のりサイズにまで小さくなったらしい。ここまで来るともう不思議に思うことも疲れてしまう。

「……そこだと落ちちゃいそうですね、ポケットにでも入りますか」

「いいのかい」

 私が肩に手を差し伸べると、天使はそこに乗ってきた。胸ポケットまで運んでやり、その中に入ったことを確認して家に向かい始めた。


「ただいまー」

 家に着き、手を洗う。戸棚を開き、少し重い救急箱を抱える。そのまま2階の自分の部屋に向かった。

「大丈夫なのかい」

「だ、大丈夫ですよ。びっくりさせないで」

「すまないね、重いだろうに」

 部屋に着き、ふうと床に腰を下ろす。天使の脇の下に人差し指と親指を入れて上に引き出した。

 床に下ろすと彼は少し跳んで、空き地で会った時と同じくらいの大きさになった。こちらの高校生や大学生と同じくらいである。

「ベッドに座ってください。あ、ちょっと待っててくださいね、タオルを濡らしてきます」

「分かった」

 私は自分のハンカチを持って洗面台に向かう。それを濡らして部屋に戻ると、天使はベッドに座って足をパタパタとさせていた。

「じゃあ、じっとしててくださいね」

「うん」

 傷口だけでなく、足や服にも土がこびりついているようだった。彼の服、私が洗濯して、落ちるだろうか。

「痛くないですか?」

「冷たくて気持ちいいね」

「それならよかった」

 ひとしきり汚れを拭き取って、次は傷口の消毒である。

「染みたらごめんなさい」

「そんなに堅苦しくしなくていいのに。気楽に話してよ」

「……いいの?」

「あぁ、もちろん。そろそろ自分がなぜあそこにいたのか説明していいかい」

「う、うん」


 彼は、自分が運んでいた星は、他の天使の星よりも茶色くくすんで暗く、それによって周りから虐められていたんだと言った。そのあげく弱り、自分の星の重さに耐えきれずに地上ここに落ちてきてしまったのだ、と。

「ここに落ちてきた時の怪我が元から持ってる力じゃ治らないくらい、弱ってたみたいだ」

「い、痛い?」

「ううん、痛くない。……君が僕に声をかけてくれなかったら、きっと僕はずっとあのままだったよ」

「他に誰かいなかったの?」

 彼を見上げてそう聞くと、彼はゆるゆると首を横に振った。

「通りかかる人がいたのは気配で気づいたんだけど……君みたく話しかけてくれる人はいなかった」

 白くて青い瞳に、少しの寂しさが宿った気がした。それに私の胸はつきんと痛む。

「ありがとうね」

「いえ……」

 しばらく、彼と目が合わせられなかった。


 なんとか天使さんの治療と服の洗濯を終えることができた。天使は羽の取り外しもできるようで、着ていた服を着替えてもらう時に外していて驚いた。今日はどっと疲れた。

 寝る直前、気になったので聞いてみる。

「……天使って寝るの?」

「寝たら星の巡りが止まってしまうだろう」

「……たしかに。寝てみたい?」

「興味はある」

 それならお客さんである天使さんに床で寝てもらうのは失礼に値する。物置から寝袋を取り出した。

「それに寝ればいいのかい」

「ううん、これは私が寝るの。天使さんはベッド使って」

「……分かった、ありがとう」

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