最終話 2人

あれ?と周りを見回す。ここってあの公園だよな?と辺りを確認した。だが、誰の姿も見当たらない。

衣服を手で叩く。着ていたはずの病院着でなく、お気に入りのTシャツとジーンズを身に着け、ボロボロになってしまったモスグリーンの財布を持っている。

髪の毛は・・・あるな。鏡がないのでわからないが、服装は大学時代に着ていたもので間違いないようだ。




しかし、誰もいない。仕方がないので錆びた手すりに寄りかかる。

煙草は・・・持っている。どうして?と思いながら火を点ける。ケホッケホッ、久しぶりに吸ったせいで酷く咽る。




夕暮れの住宅街を眺めながら、ようやく体に慣れてきた煙草の煙を吐く。なんだかやけに体中が痛いし、痩せているはずなのに体が重くてうまく手足が動かない。おまけに怠いときた。

俺は咥え煙草のまま、「ふん」と掛け声をかけ、上半身を何度も左右に逸らして体をほぐした。




「そん・・・としちゃ・・・・あぶ・・・ってば!」

「ねえ・・・ちょ・・・ひ・・・・くん!」

誰かの声が聞こえ、辺りぐるりと見回す。

「こっ・・だっ・・・こ・・・だよ!」

駐車場のほうだ。目を凝らし、耳を澄ます。

「はあ、はあ、やっと見つけた。あーまた煙草を吸ってるの?」

嘘だろ?と思い、煙草が指から滑り落ちた。

「また会えたね」息を切らせながら彼女は嬉しそうに微笑む。大学生のときのままの彼女が。




「どうして亜由未がいるの?あれ?俺はまだ夢を見ているのか?」思わず頬をつねる。

「あれ、痛いぞ、どうして?」

「何をしているの?全く・・・」亜由未は呆れているようだ。残念そうに溜め息を吐いた。

「ええと、再確認、そう確認していたの!それよりも、どうして亜由未がいるの?そもそもここって・・・」

「さあ、どこだろうね?私も見たことはあるけどね」

「だって、ここに亜由未がいるのって変だよ、教えてよ」

「さあ、どうして私がいるんだろうね?」亜由未は焦らしながら意地悪く笑った。

「え?まさか亜由未も・・・」聞きたくはないが、その可能性を否定できそうにもない。

「教えないよ」亜由未はきっぱりと答えた。取りつく島も与えないように。

「どうして?」

「どうしても」そう言って亜由未は俺に駆け寄り手を握った。感触が伝わる。ああ、やっぱり亜由未だ。懐かしい、嬉しいなと思った。




「そういえば」俺は慌てて体中を触った。チャリン、あった、良かった。

「これを返さなきゃって、ずっと思っていた」俺はハートのネックレスを亜由未に差し出した。

「ありがとう。やっぱり俺たちは会っていたんだね。理屈はわからないけれど、会うことができたみたいだ」

「これはあなたの役に立てたのかな?」

「充分すぎるほどだよ。お釣りがくるくらいに」

「そういってくれると、貸した甲斐もあるね」

「本当にありがとう」俺は瞳に涙を溜めて亜由未を見た。

「ねえ、それを付けてくれないかな?」

亜由未は俺に背を向けると、ネックレスをつけて欲しいという仕草をした。

「ちょっと待って、俺、不器用だから」

「知ってる」亜由未がクスクス笑う。

丁寧に首に巻き、留め金を合わせる。

「首、苦しくない?」

「うん、平気」

「実は俺もまだ持っているんだ」俺はボロボロになってしまったモスグリーンの財布を亜由未に見せた。

「わあ、ずいぶんボロボロになっちゃったね。でも、ずっと使ってくれたんだ。ありがとう」

「大切な人から貰った大切なものだか」

「博司君、口がうまくなったっというか、少しキザになった?」

恥ずかしくて顔が火照る「あー見せなきゃよかった」財布を慌てて仕舞む。

「嘘だよ。ごめんね」

「キザとか酷いよね。久しぶりに会えたっていうのにさ」

「ううん、ちゃんと大人になったんだって安心したの」亜由未は言葉通り、安堵の表情を浮かべていた。

俺は亜由未の頭に手を置いて優しくポンポンと叩く。

「少しは変われたと思うんだ、自分でも。全部、亜由未のおかげだけどね」

「やっぱりキザだ。あのときは、こんなことをしてくれなかったのに」

「じゃあ、もうこういうことをしない」

「嘘だよ、嘘だって。ごめんね、ありがとう」亜由未は目を真っ赤にしながら、嬉しそうに俺の手を掴んだ。




「あそこに行こうよ」亜由未は俺の手を握ったまま、ベンチに向かって歩きだした。

「ねえ?」問い掛けずにはいられない。

「なに?」亜由未はこちらを振り返らずに答えた。

「これが夢だとしたら、この夢はいつ終わっちゃうのかな?」

亜由未は立ち止まり、振り返って俺の瞳をまっすぐに見つめた。




「さあ、こればっかりは私にもわからないなあ」

そう言って亜由未は満面の笑みで微笑んだ。

           




             完


            

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彼女は知っている、だけど俺の知らない彼女 モナクマ @monakuma

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