第4食 気分屋と筋トレさん

4月12日

気分食堂開店から3日たった。

まだしっかりとした依頼は来ていない。

僕は近くのスーパーで買い物をしていた。少し調味料を集めに来ていた。また、自分でも少し食材を買い集めストックしておくことにした。

「叶大〜、買うもん決まった?」

一緒に買い物に来ていた健太がレトルト食品のコーナから顔を出した。健太が持っているかごを見ると即席麺やレトルトカレーが大量に入っていた。

「そんなにいるか?w」

「俺はこう見えて大食らいなんだ」

健太は胸を張って答えた。

「こうゆうお前は何買ってるんだよ。」

と言って健太が僕のカゴを覗いた。基本的な調味料の他に安売りしていた鶏胸肉とキャベツ、しょうがが入っていた。

「繁盛するといいな。気分屋」

寮生のあいだでは気分食堂は気分屋と言われていた。

「まぁ、できることはしてみるよ。」

言ったはいいものの、あまり自信のはなかった。しかし気合いは入っていたためか自然と声は大きくなった。

気分屋のルールは僕が勝手に決めていいと言われていた。とりあえず少しお金はとるつもりだ。しかし取るのはできるだけ材料費のみにしようと思っている。料理は僕の趣味でもあるし、寮生はみなキツキツのお金管理をしていたため、あまり多く取るのは申し訳ないからだ。

買い物が終わり健太は他に用事があるということでここで別れた。僕は暇だったため近くの漁港によっていくことにした。

ものの5分ほどで海に行けるなんて、僕には夢のようなことだった。地元からだと2時間走ってやっと海が見えるぐらいだった。自由な選択をさせてくれた両親に改めて感謝した。

そんなこと考えていると漁港に着いた。潮の匂いが鼻を通り抜けとても気分が良かった。堤防は釣り人で溢れかえっていた。しかしどの人のバケツを見ても空でなにか連れている様子はなかった。僕はベンチに座り波や風の音を聞いていた。最初に釣りに行ったあの日が頭に蘇ってくる。心地いい、自分のあるべき場所はここだと思うほどだった。

20分ほど座っていただろうか。ハッとして僕は時計を見た。帰らなくては行けない時間までまだ少しあった。僕は近くの公園に行ってみた。すると公園の片隅に水産高校のシールが貼ってある自転車を見つけた。辺りを見渡すと見覚えのある人が隅で筋トレをしていた。

(あれは確か…三津島さん)

三津島涼矢(みつじまりょうや)さん。あまり話したことはないがラグビー部のキャプテンをしている3年の先輩だった。身長はそこまで高くないが服を着ていても分かるほどのすごい筋肉だった。話しかけようと思ったが筋トレの邪魔をしてはいけないと思い、寮へ帰ることにした。

寮へ戻ると真治がホールで本を読んでいた。

「おかえり。あ、和也さんが呼んでいたぞ」

そう言われたので和也さんの部屋に行くと

「おぉ、叶大。帰ってきてたか。気分屋の話だけどルール決まったら紙に書いて貼っておいてくれ、それだけ。じゃよろしく。」

忙しかったのか早口で行くとそうそうとどこかへ言ってしまった。

そこまでするのかと驚いた。ルールと言っても材料費を貰うぐらいだった。後はあまり考えていない。そもそも作る必要も無いと思っていた。

夜8時、食事や風呂を済ませホールへ降りると三津島さんが椅子に座っていた。

「こんばんわ」

挨拶をすると、先輩が顔をあげて

「お、きたか。最初の仕事だ。俺になんかてくれ。腹減ったんだ。」

眠たいのか、目付きが少し怖かった。

「わかり…ました。ではなにか食材はありますか?」

「すまん。何も無い。ないと作れなか?」

僕今日スーパーで安売りされていた鳥肉があるのを思い出した。

「いえ、全ておまかせで良いなら作れます。その代わり後で材料費をいただきますがよろしいですか?」

「わかった。じゃあ頼むよ」

僕は準備を始めると先輩に向けて、

「分かりました。では作る前にひとつ質問させてください。」

「ん?なに?」


「今日はどんな1日でしたか?」


先輩はニコッと笑った。

「これが気分屋の由来か。面白いな。最近あまりいいことがなくてな。今日の筋トレもあまり調子が出なかったんだ。だからあまりいい一日とは言えなかったかもな。」

少し残念そうに先輩は答えた。

「分かりました。それでは料理が出来たらお持ちします。」

僕は料理に取り掛かった。

まず鶏胸肉を1口大に切り、ジップロックに料理酒で漬け込んでこく。5分ほどで置いて塩コショウをかけたら深めのフライパンにオリーブオイルを引いて鶏肉を焼く。そしてしっかりと火が通ったら1度さらにあげ、鶏肉を焼いたフライパンに牛乳と生クリーム、コンソメを入れて熱する。スープが温まったら鳥肉と少し大きめに切ったキャベツを入れて10分ほど煮込む。最後に器に盛り付けブラックペッパーをかけたら鶏胸肉のクリーム煮の完成だ。

出来上がった料理を先輩の所へ持っていった。先輩は今にも寝てしまいそうだった。

「三津島さん、出来ました。鶏胸肉のクリーム煮です。」

美味しそうな匂いが先輩の部屋を満たした。

先輩はむくりと起き上がって眠たそうな目を擦った。

「できたか…。ありがとな。ではいただくよ。」

白いスープの中から鶏肉を取り出すとゆっくりと大きな口へ放り込んだ。

「どうですか…?」

先輩はまだ無表情だった。そして続けてまだ鶏肉が入っている口にキャベツを押し込んだ。ぎこちない笑顔を見せると、

「美味い…。美味いなぁ…。」

少し悲しそうな表情がそこにはあった。

「なにかあったんですか?」

不意に口に出てしまった。無礼なのはわかっていた。失礼だということも100も承知だった。しかしそんな感情で僕の料理を食べて欲しくはなかった。

「後輩のお前に話すことでもない。料理、ありがとな。」

先輩は逃げるように話した。そんな先輩に僕はムッとして、

「そんな顔ではどんなもん食ったって美味しいなんて感じませんよ。気分屋の仕事は相手が本当に幸せそうな顔で料理を食べるまでが仕事です。」

自然と僕の口調は強くなった。そして考えてもないことを口に出していた。いや、これが自分の本心だったのかもしれない。

先輩は無心で料理を食べ続けた。そして、完食し終わる寸前で手を止め、そっと口を開いた。

「実は部活でスランプでな、もう少しで大会だっていうのにあまりいい動きができていないんだ。顧問から叱られて、部員からも心配されて…キャプテン失敗だよな。」

下を向き悲しそうな目で笑っていた。僕も僕であんなこと言っておきながらこの先輩になにかできることはあるのか分からない状態だった。

「先輩はなぜラグビー部にはいったんですか?」

そう聞くと先輩は顔を上げて

「特に理由はない。ただかっこよかったんだ。初めて見た時からずっと憧れでな、高校生でやっと始められた。たくさん努力して顧問にも認められてキャプテンまで登り詰めた。しかし今は自分がどう感じているのか、わからなくなってしまった。」

そう言うとまた悲しい表情で下を向いた。そんな先輩を僕は見つめながら一言こういった。

「楽しくないと何も続けられませんよ」

先輩はムッとして僕を見た。僕は続けた。

「自分に取って楽しくもない、続けたくもないことを続けるのはきついことです。しかもスランプで希望が持てないなら尚更普通の人は続けられないでしょう。しかし先輩が部活を続けてさらにラグビーのために筋トレを続けているのはまだ希望をすててないからじゃないんですか?」

すると先輩は嘲笑うかのような声で

「スランプでまともなプレーができず、チームもまとめられないやつが希望なんて語っていいと思うのかい?」

と言ってきた。僕は声を張り上げた。

「キャプテンという肩書きを貰っても人間なのには変わりありません。人間がありもしない、また出来もしないような希望を持ってその希望を叶えるために努力することの何がいけないっていうんですか。」

先輩は驚いていた。そしてしばらく僕の顔を睨みつけるように見ていた。するといきなり声を上げて笑い始めた。

「後輩にそんなこと言われるとは、俺も落ちたな!」

そう言って涙を流しながら笑った。迷いや悲しみなんてない、幸せの結晶のような笑いだった。ひとしきり笑ったあと、先輩は残り少ない料理を流し込んで、溜まったものをすべて吐き出すような大きなため息をした。

「叶大、料理最高だった。またよろしく頼むよ。」

満面の笑みで先輩はからの器を渡してきた。

そして僕も満面の笑みで

「はい、またよろしくお願いします。」

と返事をし部屋を去った。

次の日、僕はキッチンに貼り紙を貼った。

〜気分屋の由来 3ヶ条〜

1,材料費はしっかりと払ってもらいます

2,文句はあまり言って欲しくないです

3,どんな料理でも最後は笑って終わること

以下のルールを守ってもらう人には料理をつくります。

キッチンを朝日がこうこうと照らした。春の風はまだ冷たかった。



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金無し寮生の気分飯 黒潮旗魚 @kurosiokajiki

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