第3食 叶大の気分食堂 開店

4月8日

入寮から既に1週間。徐々に1年生の仕事が多くなってきてこれまでより少し忙しい日々を過ごしていた。また、学校の授業も本格的に始まってきたため覚えることで手一杯だった。しかしそのおかげか、同級生と話すことも多くなり僕は改めて寮生8人の名前を覚えることができた。覚えることが苦手な僕としてはなかなか早いペースだった。

そして相変わらず真治のコミュ力凄まじく、みんなを先導しリーダーシップを発揮していた。健太はと言うと高校でも野球部に入ったことでかなりみっちりしごかれているらしく、いつもクタクタになって帰ってきた。

しかしまだ先輩方とはあまり話したことはなかった。和也さんともあの時のお礼を言ったっきり話していない。どうすれば仲良くなれるだろうか、そんなことを考えながら風呂に入っていると永野元気(ながのげんき)という同級生が入ってきた。元気は寮の1年の中で最も巨漢で中学の頃は柔道部、高校では相撲部からスカウトされるほどの大男だった。僕はそいつに、

「元気、寮の先輩と仲良くなったか?」

と聞くと元気は首を横に振って

「いや、あんまり話せてない。なんならまだ名前も覚えられていない。」

と少し残念そうに話した。僕も同じだった。先輩と何を話せばいいか、どんなふうに話せばいいか全く分からなかった。元気は自慢の巨体を浴槽に押し込んだ。なみなみと入ったお湯が大量に溢れ出た。あまりにも流れ出るため排水溝が詰まってしまいそうだった。

「叶大は何部はいるんだ?」

元気は野太い声で聞いてきた。

「う〜ん…まだ迷ってる。中学から続けてる剣道を続けるか水産高校らしいカヌー部とかカッター部とかに入るか」

「そっか〜、いいなぁ、俺は相撲一択だよ。俺が小型の船に乗ったら沈んじまいそうで怖いからな」

と冗談交じりで言ってきたが、彼の体を見ると冗談には聞こえないような気がして怖かった。

僕は元気に風呂の後処理を任せ、部屋で漫画を読んでいた。僕の隣で真治は学校に疲れたのか大きないびきをかいて寝ていた。一通り漫画を読み終えると、ふと水筒を洗い忘れていることに気がついた。僕はスマホと水筒を持ってホールにある流しへ急いだ。

階段を降りると先輩たちの笑い声が聞こえた。おそるおそるホールのドアを開けると和也さんとその他に3人の先輩方がキッチンの前で話していた。

「こんばんわ」

僕が小さく挨拶すると、和也さんがニコッと笑って

「叶大!ちょうどいいところに来た!お前さ、料理できるか?」

と聞いてきた。急な話だったので驚いて声が出なかった。少し間を置いてから

「ま…まぁ多少なら…」

と、ぎこちない言葉で答えた。そして机の上を見ると鶏もも肉が2パック置いてあった。すると1人の先輩が、

「こいつを料理したいんだけどさ、みんな料理できなくて、でもただ焼くだけじゃ面白くないからさぁ…。どうしようかと迷っていたんだよ。」

と僕にいった。

僕の母、そして祖母は料理が上手だった。僕は母や祖母が料理をしているところを見るのが好きでいつも見ていた。そのせいか料理名を言われれば何となく作れるぐらいにはなっていた。そして僕は料理が大好きだった。家にいる時はたまに作っていたのだが、寮に入ることが決まると、もう料理は出来ないと内心諦めていた。そのため今回の先輩方のお誘いはとても嬉しかったしやりたくてしょうがなかった。しかし「はい!やります!」とは答えられなかった。僕の料理は自己満足のために作っていたため人に振舞ったことは家族を抜いてほぼなかった。さらに僕は料理にかなりアレンジを加えていた。そのため美味しいかどうかはいまいち分からなかった。心の中で料理をしたいという欲望と料理がおいしいかという自信が格闘していた。

「叶大頼むよ。不味くてもいいから、な!」

僕から言わせれば不味い料理は提供したくない。しかし先輩方からどうしてもとせがまれたので作ることにした。そこで僕は先輩方にとある質問をした。


「今日はどんな1日でしたか?」


これは僕の祖母が料理を作る前に僕にいつも聞いてくる質問だった。先輩方は始めきょとんとしていたが、ある先輩が

「部活でいいプレーができてかなりいい気分だぞ。」

と答えてくれた。

「でもなんでそんなこと聞くんだ?」

と、和也さんはたいそう不思議そうに聞いてきた。

僕の祖母はこの質問の答えによって料理を変えていた。嬉しいことがあったと答えると華やかで豪華な料理を、悲しいことがあったと答えると素朴だが体に染み渡るような料理を作ってくれた。そのシステムにどんな効果があるは分からないがその質問をされた後の料理は何故か普通の料理より少し美味しい気がした。

このことは先輩方には「なんとなくです」と言って説明しなかった。しても意味が無いと思ったからだ。

「まぁいいや、とりあえずなんかガッツリした夜食を作ってくれ。調味料はここにあるのをいくらでも使っていい。じゃあ、お願いな」

と言われたので早速料理を始めた。

まず、パックから鶏肉を2パックとも出しフォークでプスプスと穴を開ける。そして1枚を1口サイズに切り、塩コショウを振って下味をつける。次にお椀にしょうゆ、料理酒、みりん、砂糖、すりおろした生姜を入れる。この時少しみりんを少なめに入れ、かわりに蜂蜜をみりんと同じぐらい入れるのが僕流だ。そしたらフライパンにごま油をひき、中火で鶏肉を皮目から焼いていく。皮が焼けたら裏返し、持つ片面焼く。十分に中まで火が通ったらさっき作ったタレをいれて鶏肉と絡める。タレを煮つめてとろみがついたら鶏もも肉の焼き鳥風の完成だ。

そしてもう一品、もう1枚の鶏ももを4当分にし塩コショウでした味をつける。そしたら深めのフライパンにオリーブオイルをしき、先程度と同様に焼く。今回は表面に火が入ったら大丈夫だ。次に鶏肉を取り出し、そのフライパンでニンニクを炒める。ニンニクの香りが出てきたらトマト缶と水を1:1ぐらいの割合で入れる。沸騰したら細かく砕いたコンソメとウスターソースを少しいれる。少し混ぜたらそこに鶏肉を戻して煮込む。スープの量が減り、味が濃くなったらブラックペッパーを少し多めにかけて、鶏肉のトマトソース煮込み完成だ。

久しぶりの料理でいつの間にか緊張なんてどこかへ消えてしまった。できた料理を先輩の所へ持っていった。

「おぉー!すげぇー!」

「これお前が作ったの!?」

「は…はい。久々の料理なので味が少し心配ですが…。」

僕が話終える前に先輩方は食べ始めた。確かに自分で作ったにしてはなかなか上手にできたし、とてもいい匂いがした。

「…」

1口食べた先輩が黙りこんでしまった。

(しまった…不味かったか)

緊張がはしった。僕は心配になり顔をしかめた。

「どうした?」

和也さんが聞くとその先輩は顔を上げ満面の笑みで

「やばい…美味い…」

と今にも泣き出しそうな顔で言った。

「そんなにですかw」

僕は嬉しさと驚きで声が裏返ってしまった。先輩方は次々と料理を食べていった。それも出る感想はどれも僕を喜ばせるものばかりだった。僕はあまりの嬉しさに僕も笑みがこぼれ、思わずガッツポーズをした。

「叶大も食ってみろよ!」

と和也さんが言ってくれたので焼き鳥をひとつ頂いた。鶏肉の甘い脂と甘辛いタレが合わさってとても美味しかった。そしてふと気づくと皿の上の料理は無くなっていた。先輩方は今にも天に召されそうな顔で満足そうに天上を見上げていた。

「お前の料理バカうまいじゃんw」

「これから叶大に料理作ってもらうわ!」

「これからもよろしくな!」

勝手に話が進んでおり、ついていけなかった。あまりにものすごく褒められたため恥ずかしくなり、

「ありがとうございます。それでは失礼します。」

と適当に流し、空いた皿を持ってそそくさとキッチンへ急いだ。先輩方のあの幸せそうな顔が頭から離れず、あの顔を見ていると僕もとても幸せになった。1人で優越感に浸っているといつの間にか就寝の時間になっていた。その夜はとても幸せな気持ちで寝ることが出来た。

翌日の朝、ホールに降りるとキッチンの前に寮生が集まって張り紙を見ていた。そこには、

〜叶大の気分食堂 開店〜

と書いてあった。驚きを隠せない僕に和也さんが、

「これからこのキッチン、お前の好きなように使っていいぞ!後、たまに腹ぺこの寮生の夜食を作ってくれ!」

さらに驚いてしまった。まだ入りたての1年なんかがこんなこと許されても良いのか。内心とても嬉しかった。しかしそれよりも驚きや不安の方が隠せなかった。だがそんな気持ちも知らず、昨日僕の料理を食べた先輩方はうんうんと頷いていた。そして肩に腕をぽんとのせると

「これからよろしく、料理長!」

とニコニコしながら言ってきた。先輩の期待を裏切るわけにいかず

「…分かりました。精一杯頑張ります!」

と力強く返事をした。周りから拍手が起こった。以外な形でオープンした叶大の気分食堂。これが僕の本格的な楽しい寮生活の第1歩であった。

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