第2食 新たな友

4月5日

入寮式からかれこれ3日たった。この3日間はあまり記憶に残っていない。先輩となにか少しでも進展があった訳でもなく、同級生ともなにかあった訳ではなかった。入寮したのはいいものの、未だになにか仕事が与えられているわけでもなく、ただ風のように日々が過ぎていった。

真治はというと、持ち前のコミュ力で早くも寮の人気者になっていた。僕はまだ名前すら聞けていない。真治に少しジェラシーを感じた。

何度か僕も話をしようと試みたがいまいち共通の話題が見つからず苦戦していた。僕はあまりゲームはやらず、どちらかというと漫画やアニメの方が好きだった。そしてもっぱら人見知りであった。

1人は嫌いではない。1人の方が気楽ではあった。しかし学校でも寮でも話さないとなるとそろそろ声の出し方を忘れてしましそうであった。

そんなこと心配していると、急にドアが開き、真治がひょこっと顔を出した。

「叶大、買い物行かないか?」

そこまで買いたいものはなかったがついでに街の探索もしたいため行くことにした。すぐ着替えバックに財布やスマホを押し込んで外へ出た。日がさんさんと僕を照らしたが、北風がそれを遮った。真治は玄関に座って

「どっか行きたい場所ある?」

と、聞いてきた。

「いや、あんまりないけど付近の探索をしたい。初めての場所だし。」

僕が言うと後ろから走る音が聞こえてきた。

「ちょっと待って俺も行きたい!」

後ろから声が聞こえた。振り返ると小柄で短髪の爽やかな青年が立っていた。

「健太か。いいぜ、はよ準備しろよ」

「おう!」

健太という子は小走りで自分の部屋へ戻って行った。

「あの子は·····?」

初めて話す人で名前も覚えていなかったため反射的に真治に聞いてしまった。

「まだ話したこと無かった?俺らの部屋の隣に住んでる青山健太(あおやまけんた)ってやつだ。元野球部で運動神経抜群だぜ。」

ここまで仲良くなっているとは、真治のコミ力に改めて感心した。一、二分するとジーンズ姿の健太が走ってきた。改めて見ると綺麗な顔立ちでさぞかしモテるだろうと思った。

「健太、どっか行きたいところある?」

真治が聞くと健太はニコッと笑って

「ちょっと本屋行きたい。ほら、コンビニの近くのさ。」

「いいよ。叶大もいいだろ?」

「もちろん」

3人は自転車に乗り本屋へ向かった。風を切って進むと一緒にどこからか飛んできた桜の花びらが頬をかすめた。

5分ほど走り本屋に着くと健太は小説のコーナーに見向きもせず漫画のコーナーへ向かった。そして最新刊のコーナーへ向かうと真っ先にとある漫画を手に取った。見覚えのある題名と見ていてうっとりするような美しくかっこいい表紙に僕は考える前に声を発した。

「あ、それ最新刊出たんだ!」

少し興奮してしまった。その漫画は自分の中でもトップクラスに好きな漫画だったがあまり知名度がなく話せる相手にこれまであったことがなかった。その漫画を健太は満面の笑みで眺めていた。

「え!?叶大もこれ集めてる?」

喜びと驚きの混ざった声で健太聞いてきた。僕は声を出さずに何度も頷いた。いや、声を出せなかったの方が正しいだろう。僕は自称漫オタで寮にもたくさんの漫画を持ってきていた。

「やった!初めて共通の漫画で話せる人ができた!」

健太は笑顔で僕に近ずいて

「後でゆっくり話そう!」

と言ってレジへ急いだ。僕も久しぶりの最新刊ということで1000円札を握りしめてレジへ急いだ。

その後はスーパーへ行ってお菓子やジュースを買った。そして寮へ帰り買ったお菓子と買った漫画を持って健太の部屋へ急いだ。健太は買った漫画に火がついてしまいそうなほどじっくりと読んでいた。僕も我慢ができずその場で読み始めてしまった。お菓子も開けたが今はそれどころではなかった。

どれほど時間がたったか、気づいたら読み始めて1時間以上たっていた。

「健太、最新刊どうだった?」

僕は共感が欲しくて我慢できず考える前に声が出ていた。健太はそっと顔を上げると、すっと親指を立てて

「最っ高·····」

とか細い声でいった。その後、2人で様々なことを話した。その漫画のことはもちろん、他の漫画のこと、出身地のこと、さらに2人ともボカロが好きだったためそこでも意気投合した。緊張は氷のように溶けてなくなってしまった。

気づけば2時間以上たっていた。そろそろ寝る時間だったため僕は部屋に戻った。しかし部屋に戻っても僕は興奮していた。漫画のこともそうだが新たな友達ができたことが何より嬉しかった。

「機嫌良さそうじゃん。」

とニコニコしながら真治が言ってきた。

「そんなことないよ」

と、窓の外を見ながら僕は言った。

風の暖かさに春を感じた。

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