成ります
結騎 了
#365日ショートショート 146
「こちら、きつねうどんになります」
運ばれた丼の中には、白い塊があった。ふにふにとしたそれは、微かに脈をうって動いている。なんだこれは。
「あの、店員さん。これは……」
「ですから、きつねうどんになります」
そう答えると、店員は奥に引っ込んでしまった。さて、どうしたものか。きつねうどんを頼んだら、白い塊が届いてしまった。
「ややっ」
いつの間にか、塊のあちこちに穴が空き、そこから汁が漏れ出ている。ちろ、ちろ、ちろ……。ほんのり、湯気。これは出汁の香りだ。まさか。汁が漏れるに連れ、塊は小さく萎んでいった。かと思えば、すんっ、と沢山の切り込みが入る。孔雀が羽を広げるように展開したそれは、裂けるチーズのごとく分かれ、瞬く間に麺となった。どこからか浮かんでくる油揚げ。ほか。ほか。ほか。ものの1分そこらで、丼の中にはきつねうどんが出来上がっていた。
「店員さん、えっと、これ」
思わず大きな声をあげてしまった。こちらに来ることなく、台所から返答が届く。「だから、きつねうどんになるって言ったじゃないですか」
うむ、そういうものか。割り箸ですくって食べるが、確かにうどんだ。特別美味しいわけではない。まあ、こんなものだろう。
「お会計をお願いします」
ばたばたと、濡れた手を拭きながら店員が現れる。伝票を見ながらレジを打ち、金額を告げた。「650円になります」
それならば、と。店員が示したトレイに置かれたのは、黒い塊だった。
「お客さん、これは」
「ですから、お代です」
そう答えると、客は暖簾をくぐって出ていってしまった。どうしたものか、支払いの代わりに黒い塊をいただいてしまった。
「ややっ」
黒い塊はころころと転がり始め、瞬く間にいくつかの小銭になった。ちょうど、650円。
「まいど」
私はそれをレジに放り込んだ。
成ります 結騎 了 @slinky_dog_s11
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