体育館の幽霊

茗々(ちゃちゃ)

体育倉庫

「なぁ、あの噂聞いた?」


 朝、開口一番にそんなことを聞いてきたのは幼馴染のヒロだった。こっちはまだ眠たいっていうのに、朝からほんとうに騒がしいやつだ。

 それにしても、ヒロの言うあの噂って何のことだ?隣のクラスのミクちゃんが、実は三年の先輩と付き合ってるとか?岩井先生がこっそり、3組の授業で映画を観たこととか?


「え!ミクちゃん、彼氏いたの!まじか……。って、それじゃなくて!『体育倉庫のポルターガイスト』のことだよ」

「あぁ、それか」


 『体育倉庫のポルターガイスト』。最近、放課後の体育倉庫から物音が聞こえてくるってやつだ。なんでも、物音は聞こえるのに中には誰もいないみたいで、お化けの仕業だって騒がれてるらしい。


「それがどうしたの?」

「俺達で正体あばいてやろうぜ!」


 また、それか。前にもトイレの花子さんを見つけるって言って、学校のトイレを片っ端から開いた記憶がある。

 でも、僕が行かなきゃヒロがどんな事をしでかすかわからないし。仕方ないから行ってあげるか。


「よし!じゃあ、今日の放課後、体育館集合な!」

「おっけー」


 僕は重たいまぶたを擦りながら返事を返した。





 その日の授業が終わり、放課後のチャイムが鳴る。教室の後ろのドアを勢いよく開けて、ヒロが走り寄ってくる。


「行こうぜ、コウタ!テスト期間中で部活やってないから、今から体育館行っても大丈夫だって」


 「大丈夫だ」って、誰に確認を取ったんだろう。余計なこと言ってないといいんだけど。

 僕が呆れたような目でヒロを見ると、ヒロは目を丸くしてキョトンとしていた。なんだか心配だな〜。


 僕達は教室を出て、帰宅する人達の波を抜けて体育館へと向かった。途中ですれ違った友達に「テスト期間中に何やってるの?」と呆れ顔で言われてしまった。まぁ、テスト期間中にやることじゃないよね。僕は事の元凶であるヒロを軽く睨んでやった。

 体育館に着くとヒロは鍵を取り出し、体育館の扉を開けた。いったいどこから持ってきたんだろうか。ヒロはこういう時だけ、いやに要領がいいのだ。


「よし、それじゃあ。調査開始だ!」

「おー」


 テンションの高いヒロに合わせて返事をする。ここまで来ると、なんだか僕もドキドキしてきた。ヒロと僕は妙にテンションの高いまま、体育館の中へと入っていった。

 とうとう僕たちは、噂の現場である体育倉庫の前まで来てしまった。いざ、前まで来ると緊張してくる。手に嫌な汗をかきながら、ヒロの方を見る。ヒロはキラキラした顔で、「すげ~」と呟いていた。何がすごいのかわからないが、そんなヒロを見ていたら緊張は自然とほどけていた。


「開けるぞ」

「うん」


 そう言うとヒロは体育倉庫の扉に手をかけ、ゆっくりと扉を開いていった。少しずつ見えてきた体育倉庫の中は、窓から差し込む夕陽に照らされ、倉庫の中を舞う埃がキラキラと光っていた。

 僕達は開いた扉から中へと入っていく。倉庫の中は換気がされていないのか、もわっとした空気に満ちていた。


「ここに何かがいるってわけだな」


 ヒロはそう言うと、どんどんと奥に進んでいった。怖いもの知らずなのか、馬鹿なのか。僕もそんなヒロに続いて奥へと進んでいく。

 体育倉庫の中は体育の授業や、部活で使う道具で溢れていた。お陰で僕達は中々、奥に進むことが出来なかった。

 得点板を避け、跳び箱を乗り越え、奥へと進む。


「コウタ、……これ見ろ」


 ヒロに呼ばれて行くと、そこには何かに引き裂かれた跡のあるマットがあった。まるで、鋭利な刃物で引き裂かれたような。

 それを見た途端、背筋が凍るという経験を初めてした。横にいるヒロも顔をこわばらせていた。

 僕達は大急ぎで来た道を戻り、体育倉庫をでると鍵を閉めた。幸い物音は聞こえなかったから、犯人が近くにいる可能性は低いと思う。


「せ、先生を呼んでこよう!!」

「う、うん!」


 少し冷静になった僕達は、先生を呼ぶために職員室まで走った。息を切らしながら、誰もいない校舎の中を走る。

 職員室の前に着き、後ろを振り返る。息を切らしたヒロが、ゼェハァと息をしながら歩いてきていた。僕はヒロの所まで戻り、「早く!」と急かしながら背中を押す。僕達は息を整えると、職員室の扉をノックした。


「佐々木先生いますか?」


 そう言ってヒロが呼び出したのは、少し変わった先生だった。いつも気怠そうにしていて、それなのに生徒からの人気がある。とにかく不思議な先生だ。


「どうしたんだ?」

「た、体育倉庫に。き、切れた跡があって」

「わかったから、落ち着いて話せ」


 佐々木先生はそう言って、僕達の話を聞いてくれた。他の先生だったら、相手にもしてくれなかっただろう。一通り話をすると、その場所まで連れて行ってくれと佐々木先生が言った。「わかりました」と僕達は返事をして、佐々木先生を体育倉庫へ連れていく。

 体育倉庫の前まで戻ってくると、僕とヒロは少したじろいでしまった。もし、あのひっかき傷をつけた犯人が戻ってきていたら。佐々木先生じゃ、頼りなさすぎる。


「開けるぞ」


 佐々木先生は、後ろに隠れている僕達に確認を取ると、扉を開けた。相変わらず、もわっとした空気が倉庫に満ちていた。

 僕達は佐々木先生をマットの場所まで案内した。


「確かに、これは何かいるな」


 マットの傷を確認した佐々木先生は、そう言って辺りを見回していた。それにつられて僕達も辺りを見回す。

 日が落ちて暗くなってきた体育倉庫は、本当に幽霊でも出てきそうな雰囲気があった。なんだか怖くなってきて、無意識に佐々木先生の後ろに隠れていた。横を見るとヒロも不安そうな顔をして、先生の後ろに隠れるように身を屈めていた。


「べ、べつに怖いわけじゃないからな!」


 僕の視線に気付いたのか、ヒロがそんな事を言う。だけど僕から見えるヒロは、今にも泣き出しそうな表情をしていた。きっと、僕も同じ様な表情をしているんだろう。

 僕達が怖がっている間にも、佐々木先生は何かを調べていた様で「一旦出るぞ」と言うと怖がる僕達を連れて倉庫を後にした。


「とりあえず、今日のところは家に帰れ」


 体育倉庫を出ると佐々木先生はそう言って、何やら考え事でもしながら職員室へと戻っていった。

 それから、僕達は先生の言う通りに学校を出て家へと帰っていった。薄暗い帰り道は、何もないと分かっていても僕達に恐怖を与えた。

 家に着くまで僕とヒロは、二人でくっつきながら歩いた。気を紛らわそうと、空元気で楽しい話をしながら帰っていった。





 翌日、放課後になると佐々木先生に僕達は呼び出された。なにやら、昨日のことで話があるらしい。

 何かが入ったコンビニ袋を持った佐々木先生の後ろを、僕達は無言でついて行った。僕達が何も喋れないでいるのは、佐々木先生の向かっている先が体育館だからだ。

 僕達は無言のまま佐々木先生のあとを追って、体育館の中を通り体育倉庫の前まで来ていた。


「昨日の犯人だけどな。多分、この中にいると思う」


 いきなり、佐々木先生がそんな事を言うもんだから、後ろでビクビクしていた僕らは腰を抜かして尻餅をついてしまった。

 すると、佐々木先生はニヤッと笑って「心配するな。お前らの想像とは大分違うと思うぞ」と言う。そんな事を言われ、僕らの頭の中はハテナで埋まっていた。

 僕らがその言葉の意味をイマイチ理解できない内にも、佐々木先生は体育倉庫の扉に手をかけていた。


「開けるぞ」


 僕らの心の準備ができない内に、佐々木先生は扉を開けていく。開いていく扉の隙間から、西日が体育館に差し込んでくる。僕には、その光がどうしようもなく恐ろしいものに見えた。



『ニャーん』



「……え。」


 突然聞こえたその音に思わず声が漏れる。何かの間違いかとも思ったが、その声は体育倉庫の中から何度も聞こえてくる。

 横で同じように呆然としているヒロと目配せをすると、意を決して二人で体育倉庫の中を覗き込む。


 そこには、空のカン詰の前にチョコンと座っている真っ白な猫がいた。


 「ほらな」と、佐々木先生はニヤッと笑っていた。佐々木先生は袋からチュー○を取り出して、恐る恐る猫に近づいていった。

 すると、猫はエサの匂いに釣られたのか佐々木先生の方に近づいていった。少しずつエサを食べ始めると、あっという間にチュー○の虜になってしまったみたいだ。佐々木先生が猫を撫でるが、猫はされるがまま一心不乱にエサを食べていた。

 僕とヒロは何が何だかわからず呆然としていたが、状況が分かってくると不意に「フフッ」と笑い声が漏れた。こんな小さな猫に怖がっていた自分達がばかみたいで、僕とヒロは二人して笑っていた。





 あれから、体育倉庫から物音が聞こえることは無くなったらしい。

 真犯人の猫は、佐々木先生が飼うことになったみたいだ。たまに写真を見せてもらうこともある。

 あんなに怖かった相手なのに、写真に写るそいつはとっても可愛かった。

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体育館の幽霊 茗々(ちゃちゃ) @oui_chacha

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