私のスカートに生首がついたせいで身バレした件。

空間なぎ

私のスカートに生首がついたせいで身バレした件。

「待って、無理無理、もう無理なんですけど!」


 私はそう叫んで、女子トイレから走り出した。


 どうにかトイレを我慢して、ホームに滑り込んできた電車に乗ったのが、つい十五分前のこと。乗り換えの駅に着くころには、すっかり私の尿意は限界に達していて、電車の扉が開いた瞬間に駅構内のトイレへ駆けこんだ。


 しかし、こういう限界なときに限って、トイレは埋まっているのである。


 尿意をなだめながら、個室の前を歩き回ることで「早く出てくれ」と圧をかけていたら、一番奥に和式のトイレを発見した。


 背に腹は代えられぬ、そう決意して飛び込んで、事なきを得たところまではよかった。


「なんで首ついてるわけー!」


 和式のトイレは、昔から何かと話題である。もちろん、怪異のほうで。


 そういうものが苦手でありながら、なぜかそういうものに好かれる私は、今、スカートに人間の生首をつけていた。いくら怖い目に遭うことが多いとはいえ、こんなに目に見える形は初めてだ。


 スカートが重い。裾が長いウエディングドレスみたいに、スカートがずり落ちないようにしっかりつかむ。


 トイレの個室を出るまでは、何もなかった。洗面台で手を洗っているとき、ふとスカートが何かに引っ張られているように感じた。恐る恐る確認したところ、ちょんまげの人間の男性の生首が、私のスカートに噛みついていたのだ。


 以後はお察しの通りである。叫びながらトイレを飛び出し、わざと人混みに突っ込むようにして走る。たくさんの人とすれ違って、ついうっかりぶつかってしまって、あわよくば生首が落ちないのかなという作戦である。


 もちろん、その程度で落ちるはずもなく、生首は私のスカートに噛みついたままだった。もしかしたら、霊感がない人には見えないのかもしれない。


 駅の構内を走り回っていたら、改札の奥に交番を発見した。そうだ、交番。


 警察の人なら、何か助けてくれるかもしれない。改札を抜け、交番のドアを開け、中にいた警察のお兄さんたちに助けを求める。


「すいませーん、助けて、助けてください……」


 我ながら、息切れがひどかった。怪訝な目を向ける警察のお兄さんたちに説明すべく、深呼吸し、息を整える。


「あの、なんか、ここの駅の和式トイレに入ったら、ほら見てください! なんか生首がついてきたんです!」


「いや、何にもついてないよ。なんか、スカートが左に傾いているのはわかるけど、生首はついていないよ」


「そんなわけありますか! ほら、ここについているじゃないですか!」


 どうやら、警察のお兄さんは見えないらしい。生首をつかんで、机の上に置こうとしたけど、どういう仕組みなのだろうか、触ろうとしても手がすり抜けてしまう。


 そんな私の様子を見て、パントマイムの見習いか何かと勘違いしたのか、警察のお兄さんたちは顔を見合わせ、


「練習なら交番でやらなくていいからさ、こっちは仕事中なのよ。悪いけど、お嬢さん、お帰りいただけますかね」


「そんな……」


 私は、愕然とした。


 私はこのまま、生首をつけたまま家に帰らなければいけないのか。


「お疲れ様」


 と、警察のおじちゃんが、私と警察のお兄さんたちを見て、声をかけてきた。


 見回りから帰ってきたのだろうか、うっすら額に汗をかいている。ああ、警察のお兄さんよりも、頼りになりそうで賢そうな警察のおじちゃん!


 私は藁をすがるような気持ちで、おじちゃんに経緯を説明する。おじちゃんは、腕を組み、私の話を黙って聞いてくれた。それを見た警察のお兄さんたちは、「やれやれ、お人よしのジジイだぜ」みたいなことをつぶやいて、奥に引っ込んだ。


「なるほど、そういうことがあったのか」


「そうなんです、どうにかなりませんかね……」


 おじちゃんは、真剣に私の話を聞いたあと、しみじみと頷いた。このおじちゃんも霊感がないのか、生首を目にすることはできないらしい。


 私はホッとした。この、人がよさそうなおじちゃんに、あんな怪異の塊のような生首を見せるのは心苦しい。


 おじちゃんは、しばらく考え込んだように黙ったあと、


「ひとつ、尋ねてもいいかな」


 と、言った。


「なんでしょうか」


「君の声……どこかで聞いたことがあると思って、考えていたんだが、もしかして君はバーチャルユーチューバーをやっていないかね?」


 私の脳内に、「身バレ」という三文字が、でかでかと現れた。


「君、怪異とかホラー系の雑談配信をよくやっているタイプの……」


「あっ、そうです、そうなんです、名前とかは言わないでいただけると……」


「そうか、やっぱりそうなんだな。正直、生首が本当についているとは思えないが……怪異系バーチャルユーチューバーの言うことなら、信用しよう」


 まさか、これほどまでに自分の仕事に対して感謝する日が来るとは。


 ああ、バーチャルユーチューバー、やっていてよかった……身バレしたけど。


 怪異とかホラー系の雑談をする生配信やっていてよかった……身バレしたけど。


 安堵する私をよそに、おじちゃんは何やらお兄さんたちに話し始めた。


「あの子、有名なんだよ。今は怪異系バーチャルユーチューバーやってるんだけどね、昔は地下アイドルの先駆けとして人気だった……」


「わーっ、余計なこと言わなくていいですから!」


 私は慌てて交番を飛び出す。バーチャルユーチューバーだと身バレしたうえに、地下アイドルをやっていたという「前世」までバラされるなんて。しかも警察の人たちに。


「最悪だ……」


 つぶやきながら、改札を通り、ホームで電車を待つ。


 今なら取れるんじゃないかと思って、スカートを振って生首を振り落とそうとする。ちっとも取れなかった。今日の雑談配信のネタは、これで決まりだと思った。

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私のスカートに生首がついたせいで身バレした件。 空間なぎ @nagi_139

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