第23話 侵入
週明け十月七日。
小屋で見つかった焼死体が行方不明になっていた道枝であることが確定した。
日野の事件で学校に殺到していた取材陣や野次馬が数を減らしつつあったところに今回の報道がでた。世間の注目が集まらないわけはなく、今朝のテレビや新聞では大きく取り上げられた。
それだけセンセーショナルな事実が明らかになったのにもかかわらず、今回は休校にならかった。
両親からは学校を休めと言われた。けれど、ぼくは言うことを聞かなかった。
ぼくは苦しまなければならないからだ。苦しんで死んでいった者たちのために、ぼくはそれ以上の苦しみで以て罪を償わなければならない。学校は今のぼくをどこよりも苦しめる場所だ。最後の番号は、ぼくが苦しみぬいた後に押されるべきだった。
「道を開けてください! ほら、下がって! マイク向けないで!」
校門の前には報道陣が押しかけ人だかりができていた。ぼくら生徒は、まるで予行練習でもしていたかのように自ずから幾つかの列を成し、教師たちが肉壁となって作った通路を進んでいった。ホームルームは普段より十分も遅く始まった。
「もう知っている人も多いと思うが――」
教壇に立った担任は、クラスメイトの命が失われたことを沈鬱な面持ちで告げた。初めて知った生徒もいたようで、教室の中にはざわめきが生じた。担任はそれを無理に黙らせようとはせず、自然に場が落ち着くのを待った。最後には黙祷の時間が設けられた。
ホームルームが終わると、何事もなかったかのように授業が始まった。
その後、教師陣から道枝に関する話題が口にされることはなく、授業は淡々と進行していった。
途中、生徒たちを和ませようとしたのか、ある教師が冗談を言った。誰もくすりともしなかったが、
授業が終わり、休み時間が終わり、また授業が終わった。
帰りのホームルームでは、しばらく部活が中止になること、不審者に注意すること、複数人での下校を心がけること、夜間の外出は控えることなどを生徒たちに言って聞かせた。
「――深く傷ついている生徒もいますので!」
校舎をでると、朝と同じように報道陣と教師陣による攻防が繰り広げられていた。逃げるように下校する生徒たちに続いて、ぼくも帰路を急いだ。ところが賢しい連中は、学校からやや離れた地点で待ち構え、生徒にマイクを向けているのだった。
「ちょっとキミいいかな!」
我が家の近くにも報道クルーが張っていて、ぼくは捕まった。なにも答えたくなかった。道枝のことを考えると、針を呑まされたかのように胃が痛んだ。マイクを向けられるたびに、ぼくは頭を振って拒絶した。
「一言だけでもいいから」
それでも彼らは、ぼくを解放してくれなかった。
学校での一日を通して、ぼくの心は限界に達しようとしていた。
いっそ全てをぶちまけてしまおうかと思った。
ぼくは犯人を知っています。前に先生が自殺したでしょう? あれは今回の犯人に追いつめられたせいなんです。死亡した生徒は殺される前に拷問を受けました。ぼくはその様子を見ていました。あの場にいたんです。でも犯人を止めることなく逃げました。そして、ずっと黙っていました……。
視界が歪み、嗚咽があふれでた。
こんな所で、人前で――そう思うのに押し留めることができなかった。
間もなく、ぼくはその場に崩れ落ち、声をあげて泣き始めた。
「お、おい、キミ……」
しばらくの間、ぼくはその場から動けなかった。泣けば罪が軽くなるわけでもないのに。失われた命が戻ってくることもないのに。泣いて、泣いて、泣き疲れて、もうこのまま消えてしまいたいと思っていたところ肩を叩かれた。顔をあげると報道クルーはいなくなっていて、見知らぬおばさんだけがそこにいた。
「大丈夫?」
大丈夫じゃなかった。
でも、大丈夫じゃないのは、ぼくじゃない。苦しめられて死んでいった方だ。
ぼくは身を翻して逃げ出した。おばさんが何か言った気がしたが聞こえないフリをした。
「ハァ……ハァ……」
自宅に戻り玄関を閉めた瞬間、膝が砕けた。ドアを背にずるずると座り込み、泣くこともできず、ただただ途方に暮れた。何も考えられなかった。それでよかった。考える葦なんかじゃなく、本当に何も考えない葦になってしまいたかった。
それから、どれほど時間が経ったのか。
ふと三和土のタイルの目地に砂が溜まっているのが目についた。近くにハエが裏返って死んでいた。なんとなく目地に沿って視線を動かしてゆくと、母の靴を見つけた。そういえば今週は仕事を休むと言っていた。
「……あれ?」
母の靴の隣に、見慣れないローファーが並んでいた。
耳をそばだてると微かに話し声が聞こえた。
我が家に客なんて珍しい。保険会社の営業か何かだろうか。
そんなことを考えながらローファーを眺めていると、ふいに悪寒がこみ上げてきた。
「このローファー……」
見たことがあるような気がしたのだ。
最悪の可能性が脳裏を過ぎった。
次の瞬間、ぼくは弾かれたように靴を脱ぎ捨て、框を跳び越えていた。バタバタと廊下を走った。走っているのに、血液が凍り付いたかのように両脚の感覚がなかった。
「うわ、びっくりした! お、おかえり」
リビングのドアを叩き開けると、食卓についた母が腰を浮かせて、ぼくを見た。
母の正面に座った客の姿を見て、ぼくは戸口に立ち尽くした。
それは紺のブレザーに同色の蝶ネクタイを身に着けた、長い黒髪の少女だった。
目が合うと、彼女はにっこりと笑った。口元から先のするどい八重歯が覗いた。
「おかえり、塚地くん」
と、水城叶愛が言った。
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