第15話 遭遇
女子高生殺人事件が急展開を見せたこと、また日野が女子高生に性的暴行をはたらいていた容疑が浮上したことで、翌日は臨時休校となった。学校連絡網のLINEメッセージでは『生徒様の精神的苦痛に配慮して――』とかなんとか書かれていたが、実際は青天の霹靂とも言うべき事態に、学校側の処理能力が追いついていないのであろうことは、ぼくら生徒からしても容易に想像できた。
「今日はゆっくり休んでなさいね」
母はそう言い残して家を出ていった。母なりの気遣いだとは解っていたが、ぼくに精神的なダメージなんてこれっぽっちもなかった。日野が死んでいたことも、彼が女子高生を食いものにしていたことも既に知っていたのだから。
だが、
世間の注目は、日野が折原寧子を殺害した犯人であるかどうかに集中していた。けれど、ぼくが知りたいのは日野が自分の意思で折原寧子を殺したのかどうかだった。それを知るためには、
この休日を彼女はどう過ごしているのだろうか。
考えてみたけれど想像もつかなかった。
そこで、ぼくは気付いた。
ぼくらが互いのプライベートに関して話をしてこなかったことにだ。
彼女が他者の苦しみを見るのが好きなことは知っている。読書が趣味であることも。しかし、その他に趣味があるかどうかは知らないし、両親との関係や交友関係については一切聞かされたことがなかった。
ぼく自身についても同じことが言えた。死体の撮影が好きなのは知られているが、そのきっかけとなった折原寧子との出会いについては一度も話したことがなかった。
ぼくらを結びつけるものは死――それ以外にはなかった。
放課後になると、ぼくらは毎日のように猫の死骸を観察しに行った。
水城叶愛は猫の死体が撤去されてしまったのを知っているだろうか。まだ知らない可能性は高い。昨日は河川敷に来なかったのだから。今日行ったら、ふらりと現れたりしないだろうか。行ってみようか。ふいにそんな気持ちがこみ上げてきた。
現実的に考えれば、ばったり会うなんてあり得ないだろう。無駄足になるのは目に見えている。それでも、このまま時間を持て余すよりは良いはずだ。カメラを手に散歩にでも出かけるような気持ちで外へ出た。
「うお……っ」
とたんに屋内へ引き返したくなるような容赦ない日差しが、ぼくの肌を炙った。
数瞬の逡巡。暑さと退屈とが載った天秤が左右に揺れた。
結局、ぼくは身を翻そうとはせず、河川敷に向かって歩き出した。
途中、ジジジと声をあげながら、電柱から飛び立ってゆくセミの影を目で追った。セミの飛び立っていった方角には、どんよりと暗い雲がわだかまっていた。まだしばらくは降らないだろうと高を括っていたものの、河川敷に着くころには鉛色の雲が頭上にあって、しとしとと小雨を降らしていた。
「……いるわけないよな」
案の定、河川敷に水城叶愛の姿はなかった。念のため、高架下にまで行って確認してみたけれど、やはり誰の姿もなかった。そうこうしているうちに、本格的に雨が降りはじめた。
「ヤバっ!」
あっという間に雨は勢いを増し、土砂降りの様相を呈した。雨はバチバチと激しく地面を叩きながら
この様子では、とても帰れそうにない。しばらくは雨宿りだ。
高架下の奥まったところに腰かけ、橋脚の落書きをぼんやりと見つめた。退屈から逃げてきたはずが、結局、追いつかれてしまった。せっかくカメラを持ってきたのだから橋脚のひび割れなんかを撮ればいいのに、そんな気にすらならなかった。ぼくは変わってしまった。一体いつから――?
ひょうと風が吹きこんできて、つと辺りを見回すと雨の勢いが衰えているのに気付いた。降りやむ様子はなかったが、家に帰るなら今しかなかった。よいしょと腰を上げれば、臀部に痺れるような痛みが拡がった。存外、長いあいだ呆けていたようだった。
高架下を出て小雨に打たれると、急に心細い気持ちになった。期待していたのだと、ぼくは気付いた。会えるはずなんてなかったのに、この場所がぼくと水城叶愛とを結び付けてくれるような気がしていたのだ。
堤防道路に延びる坂を、俯きながらゆっくりと歩いた。
ここを離れれば、今度こそ水城叶愛と遭遇する可能性はゼロになる。そう思うと踏みだす一歩一歩がひどく重たく感じられた。水城叶愛が日野に殺人を犯させたかどうかなんて、どうでもよくなっていた。
「お、マジでいたじゃーん」
ふいに坂の向こうから声がした。まさかと振り仰いだ先には、案の定、水城叶愛はいなかった。代わりに、他の誰よりも会いたくない相手がそこにいた。それは四人のとり巻きを従え、ニヤついた顔でぼくを見下ろしていた。
「一緒にあーそぼ、塚地くぅん」
相手を嘲る甘ったるい声で、道枝が言った。
ぼくが後退ろうとすると、道枝は顎でとり巻きたちに合図した。
たちまち四人のとり巻きが坂を駆けおりてきた。
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