第13話 廃棄
死体の撮影に満足して我に返ると、後ろでゴソゴソと物音がしているのに気付いた。
見れば、
「それ、どうしたの?」
「ん、これ私のじゃなくて、日野っちのやつね」
水城叶愛は目も上げず、手元のカメラと格闘しながら言った。
彼女がこれほど夢中になるなんて、一体なんのためのカメラなのだろう?
日野のカメラということは、少女を強姦する際に用いていたものなのだろうか?
あり得なくはない。あり得なくはないけれど、腑に落ちない点があった。
録画映像を撮るだけなら、スマホの機能で十分なはずだからだ。利便性の面で考えてみても、ビデオカメラよりスマホの方が撮影しやすいのではないか――。
「……あるね」
水城叶愛はカメラからSDカードを取り出すと、それをすぐにカメラの中に挿入し直した。
不可解な行動だったので理由を訊ねてみると、「入れ替えられたり、抜かれたりしてないか確認してる」という答えが返ってきた。ますます意味が解らなかった。
「えっと、つまり?」
水城叶愛はリュックにカメラをしまい、ようやくぼくの方を見てニヤリと笑った。
「学校でしか日野っちの姿を見られないのって淋しいじゃん? だから、ふだんの様子も見せてもらってたの」
「ふだんの様子?」
「家ではどう過ごしてるのかなぁって」
とんだ見当違いをしていたことに、ようやく気付いて、ぼくは素っ頓狂な声をあげた。
「日野先生のこと監視してたのかッ」
「塚地くんって、いちいちイヤな言い方するよねぇ」
とは言いつつ、水城叶愛はさほど不満そうではない。悪びれた様子もなくコロコロと笑った。
おそらく彼女は日野の罪を公にしない代わりに、カメラの設置を要求していたのだ。
エグいことするな……。
因果応報ではあるものの、日野の日常を想像すると、いたたまれない気持ちになった。脅迫してきた相手に私生活を覗き見られるなんてたまったものではないはずだ。それこそ首を括りたくなっても無理はない。
「そろそろ帰るっ」
もう飽きたとばかりに、水城叶愛が立ち上がった。
了解、とぼくが忘れ物はないか確認を始めると、彼女ははやくも支度を済ませたか、さっさと部屋を出ていってしまった。
案の定、テーブルに二台のスマホが置かれているのを、ぼくは見つけた。一方は日野のものだろうが、もう一方は彼女のものに違いなかった。
「ちょっと待って! あるよ、忘れ物!」
慌てて呼びかけると、すぐに廊下からトコトコと足音が引き返してきた。ドアの縁からひょっこりと水城叶愛が顔をだす。
「これ」
と、スマホを指し示すと、彼女は音がしそうな勢いで首を左右に振った。
「私のじゃない」
「え、そうなの」
じゃあ、あれらのスマホは最初から置かれていたのか。
来た時の様子を思い出そうとしたけれど上手くいかなかった。スマホが二台も置いてあれば印象に残りそうな気もするが、日野の死体が強く印象付いて忘れてしまったのかもしれない。
忘れ物がないと解ると、ぼくらは日野のアパートから退散し、ビニールハットや軍手を外した。一仕事終えてホッとするところだが、一息つくどころか息が詰まりそうだった。冷房を利かせた部屋からでてきたせいだ。外は来た時よりもいっそう暑苦しく感じられた。
そういえば、冷房とか換気扇……切ったっけ?
と、不安が身をもたげた瞬間だった。
首元にシュッと何か噴きかけられて、ぼくは飛び上がった。
「ひゃあっ!」
あまりに突然のことだったので、女の子のような声がでてしまった。
耳が熱くなるのを感じながら振り返ると、水城叶愛がニシシと芝居がかった仕草で笑った。その手にはハート形の小瓶が握られていた。
「そんなにびっくりしなくてもいいのに。ただの香水だよーん」
「香水? なんで?」
「私たち臭うからね」
うっと呻き声が零れた。部屋にいるうちに鼻は慣れてしまっていたし、換気扇を回していたおかげで臭い自体が薄まってもいたけれど、臭い自体が消えたわけではないのだ。危うく死臭を振りまきながら帰るところだった。
「でも帰ったら、すぐシャワー浴びてね。服も袋に詰めてさっさと捨てちゃった方がいいよ」
「え、捨てなきゃいけないの?」
「洗っても消えないから」
断言されてゾッとした。
以前にも似た体験をしたことがあるかのような口ぶりだった。
まさか、と口にしかけてやめた。
ぼくは、べつに水城叶愛に清廉潔白であって欲しいわけではなかった。お互い普通でないからこそ、ぼくらは一緒にいられるのだ。学校では、ほとんど不干渉の間柄であっても、ぼくらしか知らないぼくらだけの時間が続けば、それでいい。
「またね」
河川敷にまで戻ったところで、ぼくらは別れた。
家に帰って、水城叶愛に言われたとおりシャワーを浴びた。服は念のため消臭スプレーをかけて新聞で包み、袋に入れて口を縛った。
ゴミ捨て場まで袋を運んでいる時、ふと轢き殺してしまった猫や水城叶愛に絞め殺された猫、首を括るまで追い詰められた日野のことなどが、次々と脳裏をよぎった。ぼくは撮影会の興奮を思い出すことで心に麻酔をした。それでも罪悪感は残ったが、水城叶愛との撮影会をこれきりにしようとは思えなかった。
いざゴミ捨て場に袋を放るとき、捨てるのを少し惜しく感じた。普段からよく来ている服だったからだ。けれど、着替えた服を見下ろしてみれば、もうさほど大事な物には思えなくなっていた。
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