『新生活をもう一度』
駿介
新生活をもう一度
「おーい、にーちゃん、この段ボールどこ置けばいいのー?」
「俺の部屋に適当に置いといてー」
「はーい」
引っ越し業者のトラックから運び出されてくる段ボールを、鉢巻き姿の駿佑が手際よく運んでいく。悠佑は台所で食器類の荷解きをしている。開け放たれた窓やサッシから、柔らかな春の日差しが部屋の中まで差しこんでいる。庭の片隅に植えられた桜の木が、薄紅色の
一通り荷物が運び終わり、引っ越し業者が帰った所で、駿佑はリビングに大の字にひっくり返った。
「はぁー、もう疲れた。動きたくないー」
「ほら、邪魔だからそんなとこで寝るなって」
「えー、いいじゃん」
家の中を心地よい風が通り抜けていく。その風から、かすかに潮の匂いがした。
「おぉー海見えんじゃん」
庭先から眼下の街並みを見ていた悠佑が歓声をあげる。その声に駿佑はむっくりと身を起こす。
「遠いと思ってたけど、意外と見えるもんだね」
縁側に立って、駿佑も眼下の景色を眺める。二人の新居は、傾斜地に広がる住宅地のかなり上の方にある。段々に連なる家並みの先に、快晴の空と濃紺の海がのっぺりと広がっていた。
「後で海岸まで行ってみるか」
「そうだね。海入りたい」
「今まだ三月だぞ」
悠佑は呆れ顔で弟を見る。
「いやー、それにしてもいい家じゃん。庭付きの一戸建てで。確かに平屋でちょっと古いけど、破格だよね」
「だな。桜井さんが紹介してくれたお陰だよ」
今回の転居にあたり、桜井が後輩の悠佑のために方々伝手を頼って尽力してくたのだった。
「あの人、結婚したんだっけ?」
「そう。冬には子どもも産まれるって」
「へぇー」
「旦那さん、背が高くてカッコイイ人だったよ。会社勤めしながらサーフィンのインストラクターやってるんだって」
「マジか。それ絶対イケメンじゃん」
「さ、海いく前に門柱に表札かけよう」
悠佑が縁側に置いてあった箱を手に取る。
「おぉー、表札かぁ。何か急に偉くなった気分だね」
玄関に回った悠佑が門柱に表札を打ち付けていく。その様子を駿佑は楽しげに見ている。
表札はヴァイオリンのシルエットに抜かれた鉄板に、「KAWASE」と彫られた洒落たもので、引っ越し祝いとして桜井が特注してくれたものだ。
「よし、これで大丈夫」
「せっかくだから写真撮ろ」
「まぁ…、今日だけは勘弁してやる」
「よし、じゃぁ表札をバックに…、桜の木も入るかなぁ」
駿佑がスマホを掲げる。
「やっぱにーちゃんの卒業の時に撮った写真思い出すなー」
「お前あの写真未だに実家の部屋に飾ってるもんな」
「え、何でそれ知ってるの?」
悠佑の顔が一瞬固まる。
「え…、いや…、この間少し中入ったから…」
「もー、勝手に入らないでよ。にーちゃんは昔から…」
「悪かったって。ささ、写真撮るぞー」
「ごまかさないでよー」
駿佑が口をへの字に曲げる。
「ほら、笑えよ。せっかくの記念日なんだし」
「まったく…、誰のせいだか…。はい、じゃぁ撮るよー」
パシャリ。
その写真を、二人は長いこと大切にしていた。
『新生活をもう一度』 駿介 @syun-kazama
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