目の合わせ鏡
「ついた」
土星の輪からの景色は期待通りの美しさだった。
紫色の星雲が黒い海を包み、私たちを薄いベールで隠してくれる。
始めは感覚がつかめなくて半分パニックになりながら見ていた宇宙も今や慣れコードをつけながらではあるが軽い遊泳もできるようになってきた。
ここはきっと二つ目の
ふと元の住処があった方へ目を凝らす。やっとのことで見えた点はいつも飲むサプリより小さくなっていた。
海に目を凝らすだけの私をよそに薄緑の彼女は軽い足取りで泳いでいる。
逆さまになった指が不意にどこかを指した。先にあるのは赤い球。
地球の時の名前は確かアンタレスだったと思う。
呆然とそれを見つめていると星が一瞬こちらを見た。視線をそらした。
ハルは変わらずコードを繋げ浮いている。
「宙葬はハルが思ってるほど素敵なものじゃないよ」
呆れたフリをして注意すると、気の抜けた返事だけが帰ってきた。
田舎暮らしだから知らないのかもしれないが赤色になんてなってはいけない。
あんなのになったら、ハルがおかしくなってしまう。
「何、どうしたの思いつめちゃって。宇宙旅行はまだまだこれからだぞ~?」
不意に声がかかった。ハルが私の長い前髪を除け、じっとこちらを見つめてくる。
大きな自然を思い起こさせるような青緑色の目に私の人工的な赤褐色の目が映った。
ハルの肌はクローン技術の衰退により本来の綺麗な白色ではなく青緑を含んだような色になってしまった。浅葱色のひんやりとした手が私の頬を撫でる。
停めておいたオープンカーが今か今かと出番を待ち望みエンジンをふかしている。
「行こう」
なにか光が差したという訳ではないが、今立ち止まってしまっては八方ふさがりだ。
ビビッドピンクのオープンカーは二人を載せて走り出した。
宇宙上に唯一取り残された赤色…アンタレスは、今日も宙に浮かび呪いを振りまいている。
オムライスとバス 睡眠騎士 @night_knight
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