第7話 その女子生徒は薄気味悪い表情を浮かべるようだった

「よーし、いい子だからそろそろ起きな。彼も来たことだし、ついでに珍しいお客さんもいる。」

「んぅ~~~~~~~~~~~~~」


 石倉教諭が肩をゆすると白衣を着ながら寝ていた女子生徒は一つ、大きな背伸びをするとポケットから目薬を差すとすっかり目が覚めたのか、健一たちのほうへとやってくる。


「やぁ、元気しているかね。少年。」

「はい、松原さんも……元気そうで何よりです。」


 平然と会釈を返す健一に対して始めて会った凛は戸惑いを見せる。


「彼女は三年生の松原楓さん。」

「っと、失礼、君とは初めましてだったね。私は松原楓まつばらかえで。あと二か月でこことはおさらばだからね、名前だけでも覚えて帰ってほしい。」

「よく知っていますよ、松原先輩。先輩のことは一年でも噂になるほどですから……」

「それなら、大いに結構。」


 今では絶滅危惧種とまで呼ばれている完璧委員長で相談に乗れば即日解決してくれそうなこのお姉さんは松原楓、健一の一つ年上でここ、信濃高校の首席を務めている。首席といっても肩書きだけで、その実態は別にえらいというわけではない。実際に、学級委員長を務めているらしく、学校の授業と呼べる授業以外は夏だろうが冬だろうが関係なく、学校の制服の上にだぼだぼな白衣を着ている。髪型はロングで腰辺りまで髪の毛が来ていて、規則正しく律儀な女子で恐ろしく真面目で教師受けもよい。小さいころから委員長をやってきてこれから先も委員長をしていても何もおかしくないほどの風格を持つ。つまり、委員長の中の委員長、委員長オブ委員長である。もうすぐ十年目に突入しかけている学校という生活テリトリーにおいて楓ほど委員長に優れたものはいないと豪語されるほどである。健一とは中学からの付き合いで、すっかり顔なじみとしてなっている。


「えっと……確か、彼女は…………かたなし……さん?だっけ?」

「小鳥遊です……自己紹介が遅れました…………私の名前は小鳥遊凛たかなしりん。一年生です。」


 健一のボケに静かにツッコミを入れながら凛は自己紹介をした。凛のおどおどした態度に楓は何か「うんうん」とうなずきながら聞いているのが健一の眼から伝わった。


「小鳥遊さんね。覚えたよ、大方、語螺瀬くんが面倒をかけた。そのお礼ってことかな?」

「大体そんな感じです。あ、一応、僕の名前は語螺瀬健一かたらせけんいち。小鳥遊の一つ上の二年生だね。」

「はい……よろしくお願いします。あの…………三年生のあなたがどうしてここに……?」


 凛からの質問に楓は笑みを浮かべると机に投げ出されている黒いマーカーを手に取った。


「なんでだろうね。私にもわからないや。」


 ガクッと健一の中で何かが崩れたような音がしたが落ち着きを取り戻すためにスポーツドリンクを飲む。


「そうですか……ありがとうございます……」

「わぁ!ちょっとちょっと、お姉さんの話は最後まで聞きなさい。あれね、凛ちゃんはすぐに受け止めてしまう性格なのね。幼少期に教わらなかった?『人の話は最後まで聞きましょう。』って。凛ちゃんも高校生なんだから考えて行動するのもいいかもよ。」

「そう……ですか。」

「どう見ても、話、終わったでしょうが。小鳥遊、お前は間違ってないからな。」


 石倉教諭が松原にツッコミを入れる。凛は少し顎に手を当てて何かを考えるそぶりを見せ、すぐにハッとなっては健一のほうを見た。


「な……なに?」

「同じです。」

「同じ?」

「はい……語螺瀬先輩がさっき先生に言った時のセリフと松原先輩が私に言ったセリフが同じだったんです……」


 凛が目を輝かせながら健一のほうを見ているのは、まるで子供が新しいおもちゃを親からねだるかのような眼だった。二人の前で楓がにやにやとした表情を浮かべる。


「ほぉ~~~~~~あの、人付き合いが苦手でどうしようもなくて、中学校の時に友達がどうやって出来るのかまで私に相談してきた少年が、この私と同じセリフを吐くとはねぇ~~~~~~世の中、珍しいこともあるもんだ。」

「バカにしてんすか。」

「してないしてない。少年が、私と同じ言葉を言うというだけで天地がひっくり返ってもおかしくないのに一字一句同じだとはね。これはこれは、明日は槍が降るかな。」

「やっぱバカにしてんじゃないっすか!」


 健一が楓のほうを見た途端、その背後であきれたような石倉教諭がそこにはいた。


「全く……お前らときたらすーぐ夫婦げんかする……こっちの身にもなれつぅの……」

「してませんよ。第一、松原さんとはそんな関係じゃないってことはあんたが一番周知の上でしょう。」

「石倉教諭………先輩たちはいつもこうなんですか?」


 即座に否定した健一とは対照的に凛はしっかりと場を読んで石倉教諭に質問を投げた。


「ん、ああ、そうだな。少なくとも語螺瀬の数少ないダチに周防というのがいるんだが、そいつよりは親し気に話してるよ。この白衣少女は。」


 楓の肩に手をポンと置きながら石倉教諭は凛に事情を説明した。


「数少ないは余計です。」

「嘘は言ってないだろ?」

「ええ、まあ。そうですが……それで、こんな茶番はいいですから早く本題に入ってくださいよ。松原さんが目覚めてから五分以上もう経ったでしょう。」


 図星を突かれて不機嫌そうな顔になった健一の言葉で石倉教諭は「おっといけねぇ」と楓から離れると書きなぐっていたホワイトボードを見た。


「ああ、そうだな。お前ら、『アレ』知っているか?」

「アレ?」

「いま、巷で少し噂になっている事件のことだ。」


 石倉先生はホワイトボードをくるりとひっくり返すとマーカーで書きなぐるように文字を描いた。


「特殊体質?」


 ボードに書かれた言葉をそのまま読んだ健一の頭にはすでにハテナが三つほど浮かんでいた。それとは対照的に何か思い当たるところがあるのか、顔をゆがませる凛。二人が全く対照的な反応を取ったのを見て、豆鉄砲を食らったような表情になる楓と石倉教諭。

 

 瞬時にそれに気づいた石倉教諭と楓は軽く顔を見合わせる。いまだに何も気づいていない健一、と理化学研究室は異様な空気に包まれていた。


「ゴッホン!それで、騒がれているのがこの特殊体質者が起こした事件だ。」

「特殊体質、聞いたことあるよ。室長。」

「お、さすが、松原。お前の耳にも少しは話が来ているようだな。」


 どうやら何も知らない健一とは違い、楓は何かを知っているようなそぶりを見せる。


「まだうちの県では確認されていないが、ここ数年で激増した特殊体質を持つ少年少女犯罪が都心を中心におこなれている。ニュースでもたびたび取り上げられることが多いが、しょせんはメディアだ。放送の基準にのっとって放送しないといけない。だから、聞き手に重要な情報が回ってこない。」

「………………………はぁ」


 石倉教諭の長い言葉に飽きが生じたのか、健一は深く大きな返答をする。


「なんだ語螺瀬、つまらなそうな返答をして。」

「だってそうじゃないですか、事実それで、僕らにどうしろというのです?その犯罪者を捉えろとか、見つけたら情報をくれだとか、そんなものでしょう。一般市民にはどうしようもないですよ。第一、僕らは探偵でも事件を解決する人でもないんです。発生していない事件をどうやって潰せというんですか。」


 健一の言葉にうんうんとうなずき、同意を見せたのは楓ではなく、以外にも凛だった。


「……………教諭。」

「なんだ?」

「……………特殊体質の人が人に危害を加えたのは何件ですか?」

「そうだな、待ってろ。資料を調べてくる。松原、お前も手伝え。」


 石倉教諭は会話に入れずに暇そうにしている楓の首根っこを掴むと紙媒体の資料の前に送る。


「ぐぇっ……室長。いっつも私の扱いが雑だと思うんですけど!」

「いいんだよ、お前、どうせ暇だろ?すまんが、語螺瀬と小鳥遊。ちょっとそこで待っていてくれ。それに、お前にしかこういうのは出来ないんだよ。僕じゃだめだ。頼むよ。」

「なんで、私まで……あーもう、分かりましたよ。今度、珈琲ごちそうになりますからね!!!」


 ぶつくさとデスクトップパソコンの前に座り、資料と比較して検証を始める楓と石倉教諭。その姿は事件を解決する探偵と助手のように健一の眼には映った。

 残された健一はスポーツドリンクを飲みながら待つことにした。その傍らでゴソゴソと帰宅準備をしている凛、「よし」と一言呟く。


「語螺瀬先輩、行きましょう。」

「え?いや、ちょっと!!」


 完全に待機態勢に取っていた健一とは違い、凛は健一の手を握ると理化学研究室のドアを開け、そのまま健一を連れ出した。


「ちょ……」


 これ以上、何を言っても無駄だと感じた健一は凛に流れるようにして理化学研究室を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

語螺瀬健一のほんの数ミリ『非現実』に近づく事情 芳香サクト @03132205

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ