番外編 七瀬と秋

「では、これで会議は終わります。次から本格的に撮影に入りますので、よろしくお願いします!」


 午後20時、やっと打ち合わせが終わった。


「大ちゃん。急いで私の家に送って。空が一人で待ってるから」

「おう!」


 本当は19時に終わる予定だったのに、渋滞に巻き込まれて遅刻した人がいたから1時間も遅れてしまった。はやく帰らないと空がずっと一人で寂しい思いをさせる。

 そして家に着いたのは20時半だった。急いで鍵を開けて家の中に入った。すると、楽しそうな声が聞こえた。空の声だけじゃない。


「うわ! また負けたぁ」

「あはは! 兄ちゃん、弱いー!」


 制服を着た秋がいた。近くにはスクールバッグが置いてあるから、まさか放課後かたずっとここに?


「あ! お姉ちゃん、お帰り!」


 私に気づいた空はゲーム機を放って私に飛びついてきた。暖かい。


「ただいま。いい子にしてた?」

「うん! 秋兄ちゃんいたから楽しかったよ」


 秋は私に怒られることを覚悟しているかのように慌てた顔をしていた。


「か、勝手に家に入ってごめん」

「別にいいけど、なんでいるの?」

「学校から帰ってたら、公園で空を見つけたから声をかけたんだ。そしたら今日は七瀬が19時まで打ち合わせだからいないって言うから、じゃあ俺が遊んでやろうかと……。空のこと一人にさせたくないだろうと思ってな……」

「怒ってないから、いつも通りにしてよ」


 秋はよく私の家に来るんだし、怒ることでもない。それでも怖がられたり避けられたりするのは、私が前に秋の告白を断ったせいかもしれない。こっちまで気まずい。


「夕飯は食べたの?」

「あ、ああ……」

「兄ちゃんが料理へたくそだから、僕が手伝ってあげたんだよ!」


 えっへん、偉いでしょ。と、空は腰に手をあてて言った。偉いね、と頭を撫でてあげると嬉しそうにしていた。空はもうお風呂も入ったみたいだからあとは寝るだけ。


「眠くなってきたぁ」

「寝なさい。明日も学校でしょ」

「ふあ~い」あくびをしながら返事をして、2階に向かった。


 秋と二人きりになった居間で、視線を秋に向けるとビクッと肩を跳ね上げられた。


「やめて。そんな空気だされるとこっちまで気まずい」

「……ごめん」


 とりあえず、私はお風呂に入って私服に着替えた。その後もなぜか秋は居間のソファに腰かけていた。こういう時の秋は、私に何か話がある。秋の隣に座ると、すぐに話を切り出された。


「俺、アイドルやめる」


 あんまり、思考が追いつかなかった。ずっとアイドルとして活動してきた秋が、アイドルをやめる?


「結構前から話し合ってたんだ。このままアイドルを続けるか、大学に行って就職するか。大学に行きながらアイドルを続ける選択肢もあったんだけど、どうも先行きが不安でさ。依織はアイドル以外にやりたいことがあるって言うし、俺も……ずっとアイドル活動をしたいわけじゃない。だからアイドルを辞めることにした」


 簡単に言っているように聞こえるけど、何度も相談したんだなってわかるくらい意を決した顔だった。


「それだけ、伝えておこうと思ったんだ。幼馴染だろ? 俺たち」


 秋はちょっと悔しそうに笑った。

 私には関係ないから口を挟むことじゃないけど、事務所から秋たちがいなくなるのは寂しい。


「……伝えてくれてありがとう」

「おう」


 でも、秋はまだ帰ろうとしなかった。まだ何か話があるんだと思って、話してくれるのを待っていたら、今度はまったく別の話をされた。


「七瀬って、リツのこと好きなのか?」

「……は?」

「態度が全然違うから」

「……関係ないでしょ」

「俺にはある。なんで、あいつのこと好きなんだよ?」


 秋は私のことが好きだから知りたいんだ。

 もし私が秋だったら、好きな人が好きになった人に対する気持ちを知りたい。だから私は秋に答えた。


「正直、あんまり覚えてない」


 自覚したのは文化祭の時だったけど、もう少し前から好きだったかもしれない。気づきたくなくて気づかないふりをしていたのかもしれない。

 ただ一つだけ言える。


 でも、と続けた。


「あの人となら、限られた一生を共にしてもいいって思えたの」


 私は少しだけ微笑んだ。

 人生で初めて人に恋をすることを、人を愛することを知ったから嬉しいんだと思う。

 すると、黙っていた秋は言った。


「俺も、七瀬に対して同じ気持ちだ」

「……ありがとう」

「フラれたけど、諦めてないからな!」


 粘るなぁ。真っすぐに人を好きになるところはリツにそっくり。

 でも怖いことがある。


「この先、秋のことを好きにならないかもしれないよ」


 今までだって好きにならなかった。ただの幼馴染としてしか見ていなかったんだもん。これから好きになれる保証はない。そうなれば傷つけることになる。

 それでも秋は曲げなかった。


「それはないな」


 どうして、そんなに自信満々なんだろう。


「知ってるか? 未来は変えられるんだぜ」


 口角をあげ、白くてきれいな歯を見せてそう言った。

 そんなこと、言われなくたってわかってる。いつもならちょっと怒るけど、秋の笑顔を見たら怒りがわいてこない。

 私はクスッとした。



「知ってるわよ、バーカ」



 今度は両想いを願ってる。




七瀬と秋(完)

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【2万PV達成】俺のアイドルはわがままだ 久瀬ゆこ @hisase

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