番外編 静音と依織
高校二年生__伊草静音
「はぁ」
父が刑務所に行ってしまってから、私は家の中で一人になった。
七瀬、一緒に住もうと提案されたけど保留中。両親が私と過ごすために買ってくれたこの家を、一時的にでも手放してもいいのだろうか。
「……はぁ」
ため息ばかりつく。
そんな時、インターホンが鳴った。
ピーンポーン
「はーい」
サンダルを履いてすぐに出ると、目の前にコンビニの袋を持ってニコニコと微笑んでいる依織が立っていた。
「こんにちは。元気?」
私は依織を居間にいれた。お茶を出してあげると喜んでいた。
「ありがとう。お菓子持ってきたんだ、食べるでしょ」
「すみませんが、今は……、ん!」
無理矢理、じゃがりこを一本口に入れられた。
「美味しいでしょ。紅茶味」
「……美味しいです。ありがとうございます」
依織は機嫌がよさそうにじゃがりこを食べている。こんなにお菓子ばかり食べていたら身体に悪いし、塩分の摂り過ぎで顔がむくむ可能性だってある。「食べすぎはおくないですからね」と注意をしても、「うーん」食欲には抗えないみたい。
「お昼、もう食べましたか?」
「このお菓子が僕の昼食だよ」
あきれた。
「お母さんが作ってくれているのではないんですか?」
「昨日から両親旅行中」
依織が、両親だけでの旅行を提案したみたい。いつも自分のアイドル活動が忙しいせいで、両親は朝早くからお弁当を作ってくれたり、洗濯も回してくれたり、ライブにも必ず顔を出してくれる。だから依織が、両親だけで旅行に行くのはどうかと提案したみたい。優しい。
「一人で料理とか洗濯とかして、お母さんたちの苦労さを体験したかったんだけど……。料理は無理だった!」
小学生かっ。
「それなら私が教えましょう」
「本当!? それならすぐ覚えられそう」
「家にあるもので作りますよ」
「お願いしま~す」
今日はオムライスをつくる。依織に1から丁寧に料理を教えると、従順に作業をこなしてくれた。家ではできないと言っていたから不安だったけど、全然怪しい部分はない。むしろ手際が良くて、料理ができないなんて信じられない。
「できた!」
本当に初心者かというくらい、綺麗なんですけど。
「……依織」
「ん?」
「正直に言って。料理ができないなんて嘘でしょ」
少し怒ると、依織はひるまず、ただ笑った。
「いつからだっけ。静音ちゃんが敬語使うようになったの」
「そんなこと今関係ないです。どうして嘘をついたんですか」
依織は私の質問に答えた。
「そんなの、静音ちゃんが家に一人でいるからに決まってるじゃん」
少しだけ悲しそうな顔をしているのに笑っていた。
その顔を見て、私は二年前の7月7日を思い出した。私の両親が離婚してから情緒不安定だった私にずっと話しかけてくれていたのは依織だった。もちろん、有沙や七瀬とも会話をしていた。でも中学校では口数を減らして椅子に座り過ごしていた。人に話しかけられないような雰囲気をつくってしまった私は、あの時から敬語を使うようになってしまった。そんな私に、いつも私の顔を覗き込むように現れて、学校に持ってきてはいけないお菓子を持ってきて近くにいてくれたのは依織だった。家事を覚えることに必死で休む時間が減った家の中でも、いつもしっかりインターフォンを押してから中に入って私の後ろをついてきていたっけ。依織は手伝ってくれない、何もしてくれなかった。
でも、私が疲れたらお菓子をくれた。
一人じゃない。依織がいてくれたから頑張れた部分はある。
「どうしていつも家に来るんですか?」あの時、私は依織に聞いた。すると、依織は今みたいに悲しそうなのに笑って言ったんだ。「静音ちゃんが一人だから」って。
二年経った今、私はあの時と同じことを聞いて、依織は同じことを言ったんだ。
「本当に、昔からお節介がすぎます」
「嬉しいくせに」
「……そうですね、嬉しいですよ」
私の後ろをくっついていた依織は、こんなにも成長したんだ。それなのに私に対する気持ちはあの時から変わっていない。
まったく、私の周りにはリツ君みたいな想いの強い人しか集まらないのでしょうか。
「夕飯も一緒につくろう。明日もつくろう!」
依織は、元気いっぱいにそう言った。だから、その言葉に感動して泣きそうになった私も元気いっぱいに返事をした。
「そうだね!」
静音と依織(完)
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