第10話 先輩と俺
「はぁ~……疲れたぁ~」
部屋の中で先輩は大きなため息をつきながらそう言った。
「今週もお疲れ様でした。ビール、飲みます?」
「うん、飲む~」
先輩は急に元気になった。
俺は冷蔵庫から缶ビールを出して先輩に手渡す。
その後、俺はスマホを取り出して写真のアプリを起動した。
「ぷはぁ~! はぁ~、癒されるわね~」
先輩はすぐに缶ビールを開けてしまっていた。俺は昔の写真を遡っていく。
あまり写真は撮らないタイプなので、高校生時代の写真はすぐに出てきた。
先輩の卒業式、読書室で撮った先輩の写真だ。
俺はそれを見てから、缶ビールを飲んでいる目の前の先輩を見る。
「ん? どうしたの?」
「……いや、先輩、高校の頃から大分変わったなぁ、って」
俺がそう言うと先輩は少し恥ずかしそうな表情をする。その表情だけは、高校生の頃と変わっていなかった。
「わ、悪い? そりゃあ、あれから何年経ったと思っているのよ……」
「そうですね。でも、俺は変わってます?」
俺がそう言うと先輩は難しそうな顔をする。
「後輩君は……あんまり変わってないかもしれないわね」
「そうですか。まぁ、変わっていないってのも問題なのかもしれませんけど」
「……あ! そういえば、高校の頃、卒業式に写真を撮ったわよね? あの写真、まだ見せてもらっていないのだけれど!」
「急に思い出しましたね……。見たいんですか?」
俺がそう言うと先輩は少し困ったような顔をする。
「あー……いえ。そうね……見ない方がいいかもしれないわね……」
「え? 何故です?」
「だって……高校生の頃の自分を見たら、なんか……少しショックを受けそうだし」
「はぁ。そんなものですかね?」
「そういうものなのよ! もう! やっぱり後輩君は意地悪なままだわ!」
先輩はそう言って不機嫌そうに頬を膨らませた。
……言われてみれば、先輩と俺は変わっていないのかもしれない。
同じ大学に進学して、同じ会社にも就職して、マンションの一室で同棲している。
宣言通りに俺は先輩をどこまで追いかけた。だが、俺と先輩はいまだに「先輩」と「後輩君」のままである。
そして、俺は……そろそろ、その関係も「卒業」すべきと思っていた。俺はスマホをしまった。
「先輩。もう、先輩、って呼ぶの、やめていいですか?」
「……え? 急にどうしたの?」
先輩は不安そうな顔になる。
「俺のことも、後輩君、って呼ぶの、やめてほしいんです」
先輩はどんどん不安そうな顔になっていく。明らかに何かを勘違いしているようだった。
「そんな……ね、ねぇ! どうしたの!? 私のこと、嫌いになったの!? な、直すわ! 後輩君の嫌いなところ、直すから!」
先輩は涙目になりながら、俺に縋り付いてくる。ちなみに、先輩は缶ビール一本でほろ酔い状態になるタイプだった。
「あー……。いえ。そういうことじゃないんです」
「じゃあ、どういうことなのよ!」
俺は先輩が少し落ち着いたのを見てから、懐から小さな箱を差し出す。
「こういうことです」
「……へ?」
先輩はそう言って俺から小さな箱を受け取る。そのまま蓋を開けてみると……中には指輪が入っていた。
「後輩君……。これって……」
「……まぁ、そういうことです」
どうも俺は……こういうものを出すタイミングがわからなかった。だから、こう……勢いで渡すしか、なかったのである。
しばらく沈黙が流れたあとで、先輩がフフッと小さく笑う。
「……何か、おかしいですか?」
「ううん。後輩君も、やっぱり変わらないな、って」
「だから、後輩君って呼ぶのは――」
俺が先を言おうとする前に、先輩の唇が俺の唇を塞いだ。しばらくそのままでいたあとで、先輩は俺から離れる。
「……ねぇ。後輩君。今度は、私の方が質問していいかしら?」
「え……。質問ですか?」
「後輩君は……私のこと、愛しているわよね?」
答えのわかりきったそんな質問を聞いて、俺は思わず呆れてしまう。
「……それ、質問ですか? 変な質問ですね」
「なっ……! 後輩君が高校時代に私にした質問だって、変だったじゃない!」
「あー……まぁ、そうですけど……で、それ、答えたほうがいいんですか?」
「……うん。答えてほしい」
急に真剣な表情になる先輩。そういうところは高校時代と同じでズルいと思う。
「愛していますよ。当然」
俺がそう言うと先輩は満面の笑みを浮かべる。
「うん! 私も!」
先輩はそう言って俺に抱きついてきた。
こうして、俺と先輩は……ようやく、「先輩」と「後輩」という関係を「卒業」し、「夫婦」の関係になったのであった。
先輩って、処女なんですか? 味噌わさび @NNMM
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます