第9話 先輩と卒業
「はぁ……ここに来るのも、今日で最後なのね……」
先輩は感無量という感じでそう呟いた。
「えぇ。まぁ、先輩。今日で卒業ですからね。それに、俺もここに来るのは最後にしますよ」
「え? どうして?」
「どうしてって……わざわざ一人で本読むのなら、この部屋じゃなくていいでしょう?」
俺が先輩に告白してから、それなりに月日が経った。
今日は先輩の卒業式だった。先輩は今日で、この学校を、そして、読書室も卒業するのだ。
いつものように机を挟んで、先輩の向かい側に座って、俺は本を読んでいた。
「……後輩君。私、今日で卒業なのよ? なんというか、その……それっぽい雰囲気ではない気がするのだけれど」
「雰囲気、ですか? でも、随分前から先輩が卒業するってわかっていましたから」
俺がそう言うと先輩は少しキョトンとしていたが、その後、なぜかニヤリと得意げな笑みを浮かべる。
「つまり……後輩君は、私が卒業するまでの心の準備をしていたって、ことね」
「え? まぁ……そうですね」
俺が素直に認めると、先輩は逆に目を丸くしている。
「そう……そうよね! 後輩君だって私がいなくなくと、寂しいものね!」
「いえ。寂しいというか……先輩がこれから大学に行くということを考えると不安だったので」
「……へ? なんで?」
「いや、だって。先輩、大学行ってから友達できるかなぁ、って」
俺がそう言うと先輩はムッとした顔をしていたが、なぜか再び得意げな笑みを浮かべる。
「まぁ、そう思っていてもらっても結構よ。でも、大学に行ったら、とんでもなくカッコいい男性と出会う可能性も、あるわよね?」
「は? いや、まぁ……あるかもしれないですけど」
「そうなると、私としても、もしかすると、その男性に惹かれちゃうかもしれないなぁ~、なんて……」
俺は思わず先輩のことを睨んでしまった。先輩は慌てて取り繕う。
「ち、違うわよ! 今のは冗談! だ、だって……」
「だって?」
「いや、その私は……」
先輩は恥ずかしそうにモゴモゴしている。俺はわざとらしくため息をつく。
「……だめですよ。先輩は。大学行ってもモテません」
「はぁ!? な、なんで? どうしてそんなこと言うの?」
「だって、先輩、もう処女じゃないですし」
俺はそう言ってニヤリと笑う。
先輩はめちゃくちゃ恥ずかしそうだった。その表情を見られたので、俺は満足だった。
「……後輩君って、ホント意地悪」
「まぁまぁ。俺だって普通に寂しいですよ。先輩がいなくなるのは」
「……ホントに?」
「はい。だから、ちょっといいですか?」
そう言って俺はスマホを撮り出す。
「え? スマホ……どうするの?」
「写真、撮っていいですか? 先輩の」
そう言うと先輩はキョトンとしていたが、恥ずかしそうに笑う。
「フフッ。後輩君にも、可愛いところ、あるのね」
「じゃ、撮りますよ」
そう言って俺はスマホのカメラを起動する。
「え!? ちょ……待って! 準備が――」
俺は構わずスマホをタッチする。カシャッ、という音ともに、画像が撮影された。
「……もう。変な感じで撮れちゃったでしょう?」
「いえ。そんなことないです。綺麗に撮れましたよ」
「じゃあ、見せて」
「ダメです。今は」
「……え?」
「いつか俺が見せてもいいって思える時が来たら、見せます。それまで待っていてください」
俺はそう言って、席を立つ。
「先輩が大学行っても、その先に行っても……俺、いつまでも追いかけます。だから、待っていてください。すぐに追いつきますから」
「後輩君……。うん! 待ってる!」
こうして、俺と先輩は二人だけの読書室から、卒業したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます