第8話 先輩と涙

「……来ないな」


 俺が告白してしまった日以来、先輩は読書室に来なくなってしまった。


 処女かどうか? という質問をされても来ていたというのに、来なくなってしまったということは、俺に告白されたのがショックだったのだろう。


 ……だが、俺としては内心、結構イケるのでは? と思ってしまっていた。


 先輩も、俺が嫌いなら、そもそもこの部屋に来ないはずだ。だが、先輩はずっと部屋に来ていた。


 だから、きっと、先輩も俺にそれなりに好意を持っているだろう……そう推測していたのだ。


「まぁ、俺の早とちりみたいだったな」


 諦めよう……、そして、先輩との日々はなかったことにしよう。


 我ながら心理的にダメージを受けているな……、そう思いながらも、席を立ち、部屋を出ようとした時だった。


 扉が開き、なんと、先輩が入ってきた。


「あ……。どうも」


 俺が挨拶しても先輩は黙ったままである。俺はそのまま部屋を出るのもなんだか気まずく、座り直した。


「後輩君」


 と、しばらくしてから、先輩が俺に話しかけてきた。


「はい」


「一つ、聞いていいかしら?」


 ……おそらく、これはこの前の告白に関することだろう。さすがの俺でもそれはわかった。


「えぇ。いいですよ」


 俺がそう言うと、先輩はしばらくまた黙ってしまった。そして、思い詰めた様子で俺に聞いてくる。


「後輩君は……童貞なの?」


 ……そう聞かれて、意味がわからなかった。


 俺はそのまま完全に硬直してしまう。


 次に、今なんと聞かれたのかを理解しようとする。


 童貞かどうか……そうだ。今、俺は先輩に童貞かどうか、と聞かれたのだ。


「まぁ……。童貞です」


 俺は正直に答えた。俺の回答を聞くと、先輩は少し驚いたようだったが、それから小さくため息をつく。


「……え? なんで、その質問を?」


 俺がそう言うと、先輩はとても恥ずかしそうに視線をそらす。


「先輩」


 俺はそれを許さず、先輩の視線は俺の方に戻る。


「……確認したかったからよ。その……後輩君が、童貞かどうか」


「いや、それはわかるんですけど。いきなりそんなこと聞かれても、意味がわかりませんよ?」


 俺がそう言うと先輩は少し怒り気味に俺を見ながら話を続ける。


「だ、だって! もし、後輩君が童貞じゃなかったら、なんか、ちょっと……。嫌だったから……」


「えぇ……。どうしてです?」


 俺がそう言うと先輩はまた、少し黙っていたが、それから、ギリギリ聞き取れるような小さい声で先を続ける。


「私は……処女だし」


 最初、俺は先輩が何を言ったか理解できなかった。


 しかし、それからすぐに、俺がここ最近、ずっと気になっていた質問の答えが返ってきたことを理解した。


「あ~……。やっぱり、そうですか」


「なっ……! やっぱり、って何よ! せっかく答えてあげたのに!」


「あ。それは、ありがとうございます。でも……なんで、今答えてくれたんです?」


 俺がそう言うと、先輩は先程よりも真剣な顔で俺のことを見つめてくる。


「だって……これから、付き合うのに、その……どちらかが経験豊富だとなんだか釣り合いがとれないというか……。それに、一応、私先輩だし……」


 先輩は俺のことをチラチラと見ながら、そう言った。だが、俺は理解できた。


 俺の告白は、成功したのだ、と。


「え……。ちょ、ちょっと! 後輩君!」


「え? なんですか?」


「いや……なんで、泣いているの!?」


 先輩が慌てている。言われて俺は、自分が涙を流していることを理解した。


「あぁ……。いえ、先輩が、その……質問に答えてくれたのが嬉しかったので」


 俺がそう言うと先輩は呆れながらも、優しく微笑む。


 よく見ると、先輩も目の端にうっすらと涙を浮かべているが、俺は指摘しなかった。


「もう……。素直じゃないなぁ。後輩君は」


 その時ばかりは、先輩が言った言葉に、俺も全面的に同意するしかないのであった。

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