好きだと分かった時には結婚式場だった、おせーんだよ俺

なのの

始まりと終わり

「よう、おめでとさん」

「ありがとう、朔也さん」


 ここは結婚式の披露宴会場だ。

 俺はただの参列者で花嫁は幼馴染だ。

 花嫁の菜々美とは昔から喧嘩ばかりで付き合った事すら無い。

 だが、花嫁衣裳に身を纏う姿はどうした事か、随分と綺麗に見える。

 そんな事を正直に言ってみろ、ゲラゲラと笑われるに決まってる。

 だが、今までみたいに言葉で殴り合う事もできないのかと思えば、多少なりと寂しくなる。


 俺も菜々美もそれなりに名の知れた財閥の家に生まれていた。

 家同士の交流として、時々会う機会があった訳だ。

 最初の出会いは確か5歳の頃だったか、いや、6歳だったかな?

 知らない女の子が蜂の巣がつついて追いかけまわされていたのだが何故か蜂が二手に分かれ俺も追いかけられたんだ。

 どうにか家の中に逃げ込み二人共無事だったが、あれほど怖い思いをしたのは……あったな。


 たしか避暑で別荘地に行った時だ、アイツ、つり橋を揺らし始めたんだ。

 他に観光客が居なかったからいいものの、なんておもっていたら、ロープが一本切れてあわや谷底に落ちるところだったんだ。

 あれは死ぬかと思ったな。蜂なんか目じゃない。


 まぁそう言う訳で、だいたいは菜々美のせいで俺が酷い目に遭うというのがパターンとなっていた。

 そんな関係は最近まで続いていたのだが、アレだ、政略結婚ってヤツが決まってから、途端に付き合いが悪くなった。

 当然だよな、婚約者が居るんだからただの幼馴染の俺と遊ぶ訳には行かなかったのだろう。

 そうして一カ月程合わなかった間に、とんとん拍子に結婚の日取りが決まり今日に至ったと言う訳だ。


「どうだ?相手を愛せそうなのか?」

「どうだろうね?相手はその気は無さそうだけど」


 ハッキリ言えば、これは相手が無理矢理組んだ縁談だった。

 色んなしがらみを持った俺らには良くある話だ。

 好きな相手と結婚できるなら、死ぬほど頑張らなくてはならない。

 俺みたいに好きに生きている様では、親の都合の良い相手と結婚させられるだけだ。

 それは、菜々美にも言えた事だった。


 俺達は高校、大学で同じサークルだった。犬猿の仲ではあったものの時々は助け合った。

 どうしてか、お互いに彼氏・彼女を作るでもなく、本当にだらだらと日常を過ごしていた。

 お互いにもてなかった訳ではない、とは言っておく。

 年に数度はラブレターを貰ってはいたが、どれだけ可愛くても、どれだけグラマーでも“何かが違う”と断ったのだ。

 それは菜々美も同じらしく、お互い理想が高すぎるんだと言って笑いながらけなし合った。


 結局、お互いの家の絆というのは俺の姉と、菜々美の兄によって既に結ばれているのだから、お互いの親は別の相手をと考えたのだろう。

 それが2年前の話で、そこから徐々に俺達に縁談が舞い込む様になった。

 その面倒な縁談を2年も断り続けていた。

 それは何の為だと聞かれれば、正直よくわからない。

 やはり“何かが違う”と思ったのだろう。

 それが一番しっくりくる答えだ。


 もし好きなヤツとどうしても結婚したいと言い出したら親はどうするだろうか。

 まず、今の会社でトップクラスの成績を挙げ、幾多の商談をまとめる必要がある。

 うわ、もうこれだけで鳥肌が立つ程に面倒臭えや。

 更に付け加えれば、相手の家柄は大事だな。

 これは俺がどうこうする事ではないが、最低限のラインというのが存在すると言う事だ。

 そして、ウチの仕来りを受け入れる度量も必要になる。

 それがまた面倒で、あー、いやいや、ここで言うのはやめておこう、長くなる。

 要は相手もかなり大変だと言う事だ。


「ところで、彼女はどうしたの?」

「来てねえよ、もう別れたし。てゆーか、何だよその口調、ちょっと気持ちわりぃぞ」

「何言ってるのよ、新婦なんだから仕方ないでしょ、これがTPOよ」

「そうかい、つまんねーな」

「そうよ、これからツマラナイ人生が始まるのよ」

「…………」


 そういう事だ。

 結婚が人生の墓場だというのはなにも男に限った話ではない。

 菜々美にすれば、まさにその言葉がぴったり来る。

 何せ相手が悪すぎる。

 噂では……おっと、その噂の相手が現れたぞ。


「やあやあ、君が噂に名高い朔也君かい?はじめましてだな」

「ああ、どうも初めまして、もう会う事もないだろうが、今後ともよろしくな」


 会う事も無いのに宜しくとはこれ如何に。

 所謂、家同士の付き合いはあるという奴だ。

 何かと手広くやってるらしくて、うちのグループ会社の株もそれなりに持っているらしい。

 相互で持ち合っているのでお互い様ではあるのだが、俺はあっちの株を手放すべきだと主張していた。

 それが簡単にできないのが付き合いという奴だ。

 菜々美が結婚する相手だからウチが支えているのが現状で、実際はかなり危険な状態にあるという事に気づいていたのだ。

 その気になれば一日でこんな奴…というのは止めておこう、なにせ菜々美の結婚相手だからな。


「まぁ、そのなんだ。たまには貸してやってもいいんだぞ」

「は?何をだ?」

「菜々美の事だよ。好きなんだろう?取られて悔しいんだろう?だったら、貸してやるよ、時々だけどな」


 コイツは頭が悪いのかと思った。いや、実際悪いのだろう。

 結婚式当日に新婦を目の前にして言う言葉とは思えない、いや、そうじゃなくても言うべきではない。

 それに俺が菜々美の事を好きだ?そんな事は言った覚えはないぞ。

 その逆の事を言った事はある。


『菜々美、俺、ぜってーお前の事好きになれねーわ』

『あははは、奇遇だな、私も朔也の事好きになれそうにないわ』


 あれは何があった時だろうか。

 確か大学で……、ああ、そうだ、相性占いで最悪だなんて言われたんだっけ。

 あれは酷かった、占う側がど素人で、実はかなり相性は良かったんだよ。

 それを知ってたまげたね、マジ有り得ねーって叫んだ程だ。

 まぁ、そう言いつつ、いつも二人で行動してた訳だが、それがどういう訳かは今更になんとなく分かって来た。


 そうか、俺は菜々美の事を好きだったんだな。

 いやいや、だが、今更だ。

 もう結婚式当日に告白してどうこうできる訳がない。

 俺は自分の気持ちを押し殺した。

 完膚までにめった刺しにして、生き返る事のない様に、深い土の中に埋めて墓標も立ててやった。ちゃんとR.I.P.と記入してやったぜ。


 そうだよ、もう、おせーんだよ。


「まぁ、だから、これからも支援を頼むよ。菜々美もその方が良いだろう?でも、ちゃんと避妊はしてくれよな?」


 駄目だコイツはこう言って、自身の浮気を正当化するんだ。

 今までだって素行がかなり悪いと聞いていたが、そこまでして正当化するのか?

 コイツが中絶させた娘は何人だったかな、なんて思いながら握り拳に力が入ってしまった。

 俺らしくない。


 だが、コイツは許せん。


 相手の胸ぐらを掴み、殴ろうとした瞬間。


 バキイィィィィィィィィ!!!


「式場で言う事じゃねーだろ!」


 菜々美がキレて殴った。

 ああ、コイツはこうでなくちゃな。

 いつもの菜々美が帰って来た。

 思わず目が潤むが、俺が泣く訳にはいかん。


「ふはははは、菜々美、おめーやっちまったな」

「何言ってるの、私がやらなきゃアンタがやってたでしょ」

「ちげーねえ!」

「んじゃ逃げるわ」

「エスコートしてやるよ」


 俺の腕に捕まった菜々美は満面の笑顔だった。

 そう、これがいつもの菜々美だ。

 いつも笑顔で口では殴り合いの喧嘩をするのが俺達だ。


 だが、菜々美のパンチはあまりダメージが入っていないらしく、相手の男はむくりと上半身を起こして吠え始めた。


「キサマ!俺を殴るとは良い度胸だな!それ程コイツの事が好きなのか!」

「あれ?私、朔也の事、好きじゃないし、言うつもりもないわよ」

「奇遇だな、俺もだ、まぁそれでも」

「「オマエの事は飛びっキリに大嫌いなんだよ!」」


 その掛け声と同時に二人の足が相手の股間を押しつぶす。

 そこで、会場が湧き上がり、盛大な拍手が起こった。

 特にコイツが付き合っていた歴代の彼女達が涙を流して喜んでいた。

 間違いなく中絶の恨みだろう、その分俺が追加で踏んどいてやるよ。


「じゃあ、そろそろ行くか」

「そうね、ここにもう用はないわ」


 そうして、俺は略奪愛に成功したのか、されたのか、結果的に幸せな家庭を築いたのは少し先の話だ。


 それから時は経って、未だに「好きだ」とも「愛してる」もと言わない仲は続き、俺達は年老いていった。

 そして、俺は死ぬ間際になって口に出してしまった。


「ふぁいふぃふぇふふょ」

「馬鹿ね。入れ歯入れ忘れてるわよ……あら……」


 そうして俺の人生は幕を閉じたのだ。

 いやはや、素直になるのは難しいな。

 アイツがコッチに来たら、改めて伝えてやろう。


 了

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