錬金術師と沼

佐藤晶

錬金術師と沼

錬金術師の街アルケミアにはたくさんの錬金術師が暮らしている。アルケミアの一角にある4番地にはある錬金術師と弟子が住んでいた。彼らは自分の研究の傍ら依頼を受けて薬を調合したりしながら生計を立てていた。


「あーーーー!!!!!」


けたたましい悲鳴をあげる弟子アーシャに師匠はまたかと声をかけた。


「今度は何をしてくれたんだ?」

「レ、レアメタルが…」

「む?」

「全部なくなっちゃいました…!」

「は!?」


レアメタルはなかなかの値段がするもので、失敗するとかなりの痛手。慎重に扱うよう日頃から口酸っぱく言われていただけにアーシャの顔色は真っ青なその髪の色と違わんばかりに青くなっていた。


「お ま え〜〜‼︎‼︎」

「すみません!すみません!すみません!」


あまりの怒号にアーシャは椅子から転がり落ちた。師匠の怒りはもっとも。師匠は今日これからレアメタルを使うところだったのだから。


「今すぐレアメタル買ってきなさい」

「今すぐですか?!?!」

「そうだ」

「あの、代金は…」


そこまで言って般若の顔で見下ろす師匠に気づく。


「ぃぃぃぃ行ってきます!」


当然師匠に逆らえるはずもなく、アーシャは上着と財布を引っ掴み家を飛び出した。


向かった先は三番地。錬金術に必要な器具や材料を売ってくれるお店は3番地にまとまっていた。

馴染みの店に息を切らしながら入ると店主のおじちゃんが出迎えてくれる。いつもお世話になってるおじさんはたまにオマケをしてくれる優しい人だ。このお店の品揃えはよく、小さいお店の中では穴場的存在だった。材料を買いに来てなかったものなんて一度もない。レアメタルだって何度もここで買っているのだが…


「レアメタルは今ないよ」

「へっ?」


錬金術師のポカンとした顔を店主は憐れむように見る。


「なんか知らんが今は流通が不安定になっていてな。入荷日もわからん状態だ」

「そんな…」

「もしすぐに必要なら採掘場に行く方が確実だろう」


肩を落として店を後にしてもどうしても諦めきれず、他の店にも聞いてみたがどこも答えは同じ。

どこにもないならと帰宅するも、玄関で待ち受けていた師匠に手に入るまで帰ってくんなと申し渡されてしまった。

こうなれば採掘場に行くしかない。

すぐに荷物をまとめると、レアメタルの街ロングマイン行きの列車に飛び乗る。手近な席を見つけて本を片手に背もたれへもたれかかった。炭鉱の街ロングマインへは途中乗り継ぎを挟んで8時間もかかる。焦っても仕方がない。


(今はひとまずゆったりと旅を楽しもうか)


焦りようがないにしても随分な余裕である。



ロングマインではレアメタルがよく取れると同時にどういうわけかレアメタルの近くには必ず石炭が生成される。レアメタルの副産物としてここでは石炭が安く手に入るためにこの街の住人は皆レアメタルと石炭で生計を立てていた。


長旅の末についた最寄駅。そこからさらに馬車で1時間行ったところでロングマインの町並みが見えてきた。

街の入り口に近くにある宿屋で部屋を取った頃にはもうすっかり日が暮れている。ひとまず長旅の疲れを落とすことにした。


⌘⌘⌘⌘⌘⌘


翌日、外套のフードを深く被ると街のメイン通りへと繰り出すとそこは以前来た時とは違う、異様な光景がそこにはあった。


「人、いなくない?」


以前見たメイン通りは炭鉱夫にその家族、レアメタルの買い付けにくる行商人など人でごった返していた。しかし今は行商人は片手で数えるほど、炭鉱夫なんかはほとんどいない。

近くの鉱石の交易所で事情を聞くもこれがまた訳のわからない状況になっていた。


「いや〜、レアメタルの採掘場が沼になっちまってさあ」


レアメタルはかなり深いところまで掘らないと手に入らない鉱石だ。その分、かなり硬い岩を砕きながら採掘するわけだが、交易所の職員曰くその採掘場が沼になったという。


「そんなまさか」

「そう思うだろ?それが本当なんだ。2日前から国の地質調査団が調べてるところさ」


国の調査団はその地区の首長が申請を出してようやく派遣されるもの。その調査団が来ているとなると、冗談というわけではなさそうだ。

詳しく話を聴きたくても炭鉱の詰所に行っても誰もいない。扉には炭鉱作業無期限中止の張り紙があるだけだった。その足で炭鉱夫愛用の食堂にも行くが、そこでは炭鉱夫たちが暗い顔で座り込んでいてお葬式のような状態になっていた。


(こ、れは…)


このくらいの時間帯なら仕事前に朝ごはんを食べに来た炭鉱夫たちで活気があったはずなのに、この有様。きっと炭鉱が閉鎖されて仕事がない炭鉱夫たちは家にいるにも落ちつかないのだろう。

どこか腰掛けたいが席はほとんど満員で相席するしかない。


(座りずらい…。けどお腹空きすぎると具合悪くなるからなぁ)


少し見渡して座れそうなところに声をかけて腰掛ける。同時に食堂のおじちゃんに定食を注文した。


「あんた、ここら辺のやつじゃないな」


耳に入る低く耳あたりのいい声。声の主を探すと隣の人と目が合った。


「あ、え、はい。アルケミアから来てます」

「アルケミア、錬金術師か」


栗毛色の髪をしたその男は少し伸びた髪を後ろに束ね、炭鉱夫がよく着るベストを着ていた。


「そちらは炭鉱の?」

「まあな、今は閉鎖されて失業中みたいなもんだが」


お陰で暇だ。とこぼすと男はグラスを煽った。


「そんな話はいい。なんでこんな時に炭鉱まで来たんだ?アルケミアなら街で鉱石くらい買えるだろう」

「それが急ぎ必要な鉱石が売り切れたらしくて…」


ざっくり事情を説明すると男は気の毒そうな顔をする。


「そいつは災難だったな」

「元はと言えば自分が悪いので…」

「これからどうするんだ?」


(確かにどうしたらいいのだろう)


レアメタルが取れないとなるとどうしようもない。かといって帰ることも出来ない。レアメタルなしに帰れば師匠にどんな目に合わされるか、想像したくもなかった。


「解決するまで、待ち、ます」

「待つったっていつまでかかるかわかんねえぞ?」

「いや、でも、待つしかなくて…。うちの師匠怖くて…。レアメタル持って帰らなかったらどうなるかわかんないというかぁ…」

「それならよ…」


ガクガク震えているアーシャに男は提案があると言う。


「いるしかないなら調査の手伝いしてみるか?来てる調査団が研究分野が違うとか何とかで行き詰まってるらしいからよ」

「調査団って、国から派遣されてきたっていう?」

「そうそう。地下のことだからって地学研究員ばっかり来たらみんなわかんねえってよ。違う分野から見ればなんかわかるんじゃねえかと思ったんだが」


(何もしていないよりマシか)

時間を徒らに消費するよりはいいと男の提案を飲んだ。


「そういうことなら」

「そうとくれば、早速行くか」


男はアーシャの返事を聞くや否や立ち上がる。


「い、今からですか?!」

「なんだ?」


いきなりのことで慌てるアーシャに怪訝そうに尋ねた。


「いえ、行きます」


男について街の役所に行くと、男は受付に何やら話をつけて中へ入った。


「こんな簡単に入れるんですか、ここって」

「ん?まあいつもこんな感じだな」

「へえ」


さらに受付の横を通り奥へと進んだ。男は建物の1番奥の部屋でノックして返事を聞くや否やドアを開いてしまう。ドアの横にはどう見ても町長室と書いてあるように見える。


(まさか町長に直接話に行こうとしてる?)


アーシャは思っていたよりも話が膨らんでるような気がして慌てた。


「は、入るんですか?!」

「もちろん」


渋々入るとそこには町長と思わしき白髪で口髭を蓄えた男性が手元の書類を苦悶の顔で睨みつけていた。


「失礼しますよ」

「バルか、いらっしゃい」


町長は突然現れた炭鉱夫バルに驚く様子はない。よく来たと出迎えた。


「調査の進捗はどうかと思ったんだが」


問われると町長は手元の書類に目を落としため息をついた。


「ちょうど調査団の報告を見ていたところだ。彼らも諦めたわけではないようだが、手がかりが見つからないようだ」

「そうか。まあ気長に待つさ」


明るく返すバルに困ったように眉を寄せる。炭鉱夫たちが明るくすませる状況ではないことを町長もよく理解していた。


「すまないな。ところで、そちらのお嬢さんは?」


ようやく町長が空気になっていたアーシャに気づいたことでアーシャはびくりと飛び上がる。バルはそれに気づかなかったようだった。


「こちらはたまたま食堂で会った錬金術師でな。違う目線が入るとなんか気がつくことがあるじゃねえかと思って連れてきたんだが…」

「錬金術か。確かに一理あるな」


町長はすぐに電話をかけるとすぐに数人の男性がやってきた。小脇に資料を抱えているところを見ると国から派遣された研究員だろうことがわかる。

ドサリと置かれた資料の重さは想像に難くなかった。


「錬金術師が来ているということでしたが…」

「ああ、彼女がその錬金術師だ」


一度に向く目線に怖さを覚えながら、私ですと手を挙げる。


「早速だが、この資料を見てほしい」


資料には沼の侵食範囲や色、様子、計測できた限りでの深度などがまとめられていた。その中にあった採取した沼の泥の成分評価表のある項目に目が留まる。


「………泥の中に、レアメタルの微粒子……」


泥の中にはレアメタルの微粒子がたくさん含まれていた。


「ああ、レアメタルの採掘場ですから不思議ではないと思うのだが」

「あ、そっか」


そう一度は納得するも、何かひっかかった。


(確かレアメタルの性質は含有する物質の効果を高める、か)


錬金術では付与された効果を増強したいときにレアメタルをよく使う。


「効果を高める…もしかして!」

「何か分かったんですか!」


一斉に身を乗り出す研究者に再び怖さを感じて少し体をひいてしまう。

原因に思い立ったとはいえ、確証はない。


「あ、いや、まだ想像の域を出ないというか。あの、沼ができたのってどのくらい前のことでしたか?」

「三週間前だったか」

「報告書の週初めの作業開始時にはなってたとありましたから実際にはその前の作業日から週初めまでの間に起こったというのが正しいかと」

「わかりました。もうちょっと調べてもいいですか ?」

「それは構わないが…」


町長室を出てすぐに図書館へと向かうと、三週間前あたりの新聞を熱心に調べ始めた。

一紙一紙舐めるように見ているうち、沼化発見の2日前の新聞に目をつける。アーシャが見ていたのは天気に関するニュースの欄だった。


(災害級の大雨により洪水…。この地帯も結構降ったってこと?)


ロングマインのある州は三週間前に季節ハズレの大雨に見舞われている。ロングマインは被害が小さい方であったが、一部地域の床下浸水、土砂崩れなど被害が出ていた。

これで一つ要素が揃った。もう一つ調べてようやく確証を得ると今度は町長にお願いし、研究員とともに現場となるレアメタル採掘場へと向かった。

現場には地下とは思えないほどの大規模な沼がある。


「これから一体何が起こるんだ」

「私の予想があっていれば、これで直ると思います」


錬金術師は徐に沼が収まるように錬成陣を書いた。

錬成陣を発動させると、眩い光が辺りを照らす。光は一筋となり錬金術師の両手の中へ。光が収まると、沼はなくなり、大きな沼の代わりに小さな水溜りができていた。


「これは一体…?」

「これではっきりしました。悪さをしていたのはレアメタルの粒子です」

「レアメタルの粒子?」


沼ができたこの地帯では最近災害並みの雨が降ったことで、岩盤の間に水分と土とが流れ込んでいた。一方、レアメタル採掘の過程で生まれた細かい粒子がこの採掘場ではたくさんあった。大雨でそれがこの場所へと運ばれ、元々水分の多い土と岩盤の混ざった層だったところにレアメタルの微粒子が入ることで沼ができてしまった。そして、図書館の水質に関する資料からこの地域の水が軟水だったことを知り、確証に至る。

それならばレアメタルを取り除けばいいと、特定の物質を取り除く錬成陣でレアメタルだけを取り出した。その結果沼はなくなり、アーシャの元には取り出された両手から溢れんばかりのレアメタルの粒子。

手の中にあるそれを見せると、皆が一斉に覗き込んだ。


⌘⌘⌘⌘⌘⌘


錬金術師は駅の構内にいた。

あのあと、レアメタルの粒子が取り除かれたことでレアメタルの採掘は再開された。


「帰るのかい」


聞こえた低く耳あたりのいい声はバルだった。


「あ、はい。もうレアメタルも手に入ったので帰ります」

「そうか」

「採掘は再開したと聞きましたけど…」


ここにいていいのかと続けようとして、ちょうど駅に入ってきた列車の音で最後はかき消された。それでも何を言わんとしたかは伝わっていたようだった。


「まあ功労者を送る時間ぐらいはくれるさ。みんな礼を言っていた」

「私こそ、レアメタルをタダでいただいてありがとうございます」

「あんなんでいいのか?」

「いいんですよ」


今回のお礼として、沼から取り出されたレアメタルの粒子は全て錬金術師のものとなった。量としては数年分あるそれを得たことで錬金術師はようやく帰れる。しかもいつも砕いて使っていたそれが最初から粒子になっているとなれば棚ぼただった。


「十分なくらいです」

「そうならいい。気をつけてな」

「ありがとうございます」


駅で停車したアルケミア行きの列車に乗り込むと、ホームにいる炭鉱夫に手を振った。振り返されたのを見てから席を探しに中へと入る。空いた列車の席から通路側の席を選んだ。


(なんとかなってよかった…)


手土産に安堵すると荷物の中から本を取り出し読み始めた。

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