第5節 碧き館の王

「『青髭公』ねぇ。子供の頃読んだ童話でそんな名前の悪役がいたっけか?話の内容までは朧気にしか覚えていないが。でも確か、その『青髭』の話の中にたくさんの鍵が出てきたような気がするんだよな。まさか――な。


 色々な思考が頭の中を這いずり終わった頃、どこまでも群青色に染まっている古城に到着した。

 


 「さぁ、到着しましたよ。どうです?立派な城でございましょう」

 

 「そうだな。まるで海みたいだ」


 それほどまでに目の前に聳え立つ居城は巨大だった。そして、その藍色の外観は深い海底を連想させた。つか、本当にこんな立派な城に招かれてるのかよあいつ。

 

 「ホホッ。どうやら驚かれたようですね。我が主に変わり鼻が高いですな」 

 

 ガルハは俺が大城に圧倒されている様を一しきり満足そうに笑った後、手を二回揉むように叩くと「それでは案内いたします」と言って、ゆっくり城門を上げた。


 「――それで、その『お嬢さん』とやらは一体何処にいるんだ?」

 

 豪華絢爛でただっ広い城内をゆっくりと進む中、沈黙に耐え切れなくなった俺はガルマに尋ねた。

 

 「ホホッ。おそらく城内二階の別塔にある客間におられるかと。もうすぐ到着いたします。早くお会いになられたいという気持ちは分かりますが、しばしのご辛抱を」

 

 「……いえ、別にそこまで切羽は詰まってないけどな」

 

 そんなやり取りをしているのも束の間。灰色の石壁でできた小さな部屋に辿り着いた。キャメル色の木でできたアンティークチックな扉を開ける。仰向けでだらしなく寝ているとても見慣れた女の子がそこにはいた。

――ほんと、恥じらいもくそもないなこいつは。

 

 「おい、起きろあほ面が。俺を置いてけぼりにしやがって」

 

 頬を突いても一向に起きないので思いっきり頬を引っ張ってやった。

 するとアルマは、声にならない叫びを発した後、涙目で俺のことを睨みつけた。

 

 「うわァァァ!……キミねぇ。やっていいことと悪いことがあると思うんだよ!」

 

 「起きる素振りすら見せねぇお前が悪い。それに少しは目が覚めたろ?」

 

 腕を組んで力説すると、アルマは「何それ」と口に手を当て微笑しながら言った。

 

「そういや『あいつ』もよくそんな風に笑ってたっけな」

 

 アルマの見せた表情がどことなくヒマリに似ていたからか、ふとそんな言葉が口から漏れ出ていた。

 

 ハッと我に帰ると、思わずアルマの顔をまじまじと見つめてしまった。するとアルマは今まで見せたことがないような真剣な表情で俺に問いかけた。


  「――ねぇ、教えて。キミにとって『ヒマリ』って子はどんな存在なの?」


  「ハァ!?……急にどうしたんだよ」


  突然投げかけれた質問にひどく動揺していると、ドアをノックする音が聞こえてきた。

 

 「どうかなされましたか?それよりも晩餐の用意が整いました。大広間にある食堂へお越しください」

 

 扉越しにガルハが言うと、そのまま歩き去っていった。若干の気まずさが残った部屋で「――だそうだ、行くか」と俺が言うと、アルマはコクンと一回頷いた。

 案内に従い、廊下を歩き進んで行く。その途中いろんな扉を目にした。翡翠の扉。瑪瑙の扉。石英の扉。奇妙なほどバリエーションが豊富である。そしてそのうちの一つの扉がやけに印象に残った。遠くにあっても分かるくらいやけに眩く光っていたからだ。まぁ色んな石の扉があるのだから、黄金の扉があっても不思議ではない。


  さて、そんなこんなで食堂に着いてみると、そこは俺の想像を遥かに超えた荘厳華麗な雰囲気に包まれていた。白を基調とした内観に翡翠色の長テーブル。その所々が金銀で彩られており、王城の風格を大いに現わしていた。

 椅子はそれぞれ10席づつ用意されているが、そのほとんどが空席になっており、入口から見て一番奥の席に一人の老人が腰をかけていた。頭には瑪瑙で拵えた王冠を被り、藍色のローブを羽織っている。一番目を引いたのは口元から胸の方まで伸びている長い髭で、よく見てみるとそれはほのかに青みを帯びていた。

 この老人が『青髭公』か。

 俺が凝視していることに気づいたのか、眉を二回ほど掻くとその老人は口を開いた。

 

 「――ふむ、年若きご客人よ。この老いぼれの顔に塵でも付いていたかね?」

 

 驚くほど、低い声だ。まるで、声自体に重力が籠っているような。それほどまでに威圧的な感じた。これは下手打つと大変そうだ。

 

 「いえ、あまりにご立派な髭だったもので。思わず見惚れてしまいました。」

 

 「はっはっは。そうだろう。この髭は吾輩の誇りであるからな。――して若人よ。貴公、名をなんと申す?」

 

 俺が簡単に自己紹介すると、老人は「ゴホン」と咳払いをし同様に返した。

 

 「ふむ。良き名ではないか。吾輩の名はシャルムス。民草には『青髭公』と呼ばれている」


  知ってましたとは顔に出さず、興味深そうに頷いていると。青髭公——シャルムスは「ところで」と話しを切り出した。


  「貴公は吾輩に何か聞きたいことがあるのではないかね?――そう例えば、これについてとか……な」

 

 シャルムスは首に下げていたロケットペンダントの中身を空けると俺に見える形で翳した。それを見た瞬間、俺の心臓の鼓動が一気に跳ね上がった。俺はそれを見たことがあった。青い蝶が刻まれたコイン。それは、『メネラウスの円環』に描かれたそれと全く一緒のレリーフだった。


  

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遥かなるレムリア ガミル @gami-syo

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