第4節 謎と叡智のヘリィオン

 

  

  「――いてててっ!つーかあんな高いところから落ちてよく無事だったな俺。普通だったら死んでるぞ。……いやもう死んでるんだっけか」


 上を見上げながらぼやく。空にはすでに太陽が昇っており、太陽光の反射で見えにくく詳細は確認できないが、遥か高いところから落下してきたという実感があった。あくまでも俺の感覚でだが。それにしても随分長いこと意識を失っていたようだ。うん?あれ、何か忘れているような――

 

 「あっ、そういやあいつはどこだ?……ってうおぁ!何じゃこりゃぁ!」

 

 辺りを見渡して愕然とした。奇抜な色をした樹木群、奥に見える幾何学模様で彩られた家屋。まるで色んな絵具で書き殴ったような風景。そう表現するしかほかないほどに不可思議な空間が広がっていた。

 

 「一体何なんだここは――ッ!?」

 

 「おやおや、見慣れない御仁ですね。見たところ死者の方なようですが」

 

  俺が驚愕と感歎で頭を抱えていると、背後からやけに甲高い声が聞こえてきた。

  恐る恐る振り返る。桃色の顔、桃型の鼻、そして大きく開いた耳。

  一匹の豚がそこにはいた。直立して。なぜか青いタキシードを着て――あれ?それ最早豚じゃないような?つーか今喋ったよね、こいつ……。

 

 「おやおや?どうかなされましたか?ワタクシの顔を凝視されて――」

 

 「うぉぉぉ!? 豚が、豚が喋ったァァ!?」

 

 「失敬な!ワタクシは豚ではございませんぞ。あんな畜生と一緒にしないでいただきたい!」


   俺の発言が気に食わなかった様で、豚の様な『そいつ』はぷんぷん怒っている様子だが、こっちはそれどころじゃなかった。何なんだよコイツ……。

 

 「……コホン。それで見たところ何やらお困りのようですが?」

  そいつは、ひとしきり憤慨した後、俺の方を振り向き首を傾げながら尋ねてきた。だからそれどころじゃねぇんだって!

 

 「いやいや、お困りですかって……それよりもあんた何者だよ!?」


  「ワタクシでございますか?ワタクシはふぅむ……そうですねー、しいていうならば案内人でしょうか。この『ヘリィオン』の」


  ヘリィオン……だって?何処だ?第二階層か?

  俺の呟きが耳に入ったのか、 そいつはわざとらしく肩を竦めると俺に向かって言い放った。

 

 「何をおっしゃっているんですか?ここは第3球層『ヘリィオン』ですよ?不思議なことを言う方だ。」


  3球層……たしか、俺の最初にいた場所『常春の楽園』が第一球層だったか。つまり、2層も下に墜落してしまったってことか。どうりで空が遠いわけだ。

 さて、問題は目の前の豚男だ。状況の確認のためにも、とりあえず今はこいつの不審感を拭わないとな。


  「すまない。どうやら落下の衝撃で記憶が曖昧になっていたようだ。そうだ、まだ俺の名前を教えていなかったな。俺は――」


  「いえ、ワタクシも些か失礼な態度を取ってしまいましたね。コホン、ワタクシの名はガルハ・ゼルと言います。気軽にガルマとでもお呼びください」


  俺の自己紹介に被せて話を振ってきたことに、少し腹が立ったが、まぁいい。ここでむざむざ自分の名前を公表することもないだろう。後は今後の関係を築くためにも少し謙った方がよさそうだ。

 「ありがとう、ガルハ。じゃぁ早速なんだけど、ここのことについて教えてくれないか?さっき『ヘリィオン』って呼んでいたけど」


 「なるほど、そんなことならお安い御用です。ここは『ヘリィオン』。叡智が渦巻く賢者の聖域です」


 ドヤ顔で胸を張る豚男——もとい、ガルマを尻目に改めて辺りを見渡す。一番最初に見た時と同じように不思議な感覚に陥る。なるほどね、確かに聖域を名乗るだけはある。ここなら何か手掛かりが見つかるかもしれない。

 俺は意を決してガルマにあの本について尋ねることにした。


 「あのさ、ガルハ。聞きたいことがあるんだがいいか?あんたは『メネラウスの円環』と呼ばれる本についてなんだが――」


  すると、豚男――ガルハは左の眉を一瞬ピクッとびくつかせたが、すぐに表情を整えると「存じ上げないですね」とだけ答えた。


  ――嘘、だろうな。そう気づける程にとても分かりやすい反応だった。まあ、これに関しては後でなんとか上手いこと聞き出すとして。それよりも問題は――


  「それからもう一つだけ。ここらで俺と同じ様な服装の小柄な女の子を見かけなかったか?なんか少し抜けたような顔をした可愛らしい子なんだが」

 

 「おや。そのお嬢さんかは分かりませんが、あなたと同年代の方が我が城の食客として招かれていたような――なんでも我が主が気に入られたとか」


  はぁ?城の主に気に入られただと?何やってんのあいつ!ほんとはあいつのことなんざどうでもいいが、奴がいないとも目的に辿り着けない――気がする。いや、そもそもあいつが洗いざらい教えてくれるとも限らないんだが。何故だろうか。確信できる自分がいる。くそっ、分かんねぇな。とりあえず俺がすべきことは一つだけだ。

 

 「なぁ、ガルハ。その女の子に一目会いたいんだけど、俺も食客として着いていってもいいかな?」

 

 するとガルマは得意そうにブヒンと鼻を鳴らすと

 

 「もちろんですとも。我が城の主『青髭公』は非常に寛大なお方です。是非いらしてください。そして願わくばそのお嬢さんがあなたの想い人であることを願います」


 「……別に想い人ではないんだけどな」


では行きましょうと先頭を闊歩するガルマを尻目に俺は思わずポツリと零した。


 


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