第3節 旅の始まり

「で、これからどうすればいいんだ」


するべきことは分かったが、方針が定まらない。手持ち無沙汰を誤魔化す様に俺は

左手で頭を掻きながらアルマに投げかけた。


「……えっ?もしかして私に言ってる?」


「なんでちょっと心外そうなんだよ。当たり前だろ、他に頼れる奴もいないんだからさ」


「うーん、面倒くさいけど仕方ないか。最初に声かけたのは私だしなぁ。……はいはい、僭越ながら嫌々キミのお手伝いをしてあげますーだ」


「びっくり過ぎるくらい素直だな。――でも助かる。よろしくなアルマ」


顎に手を置きながら眉間に皺を寄せて唸るアルマを尻目に俺は苦笑いを浮かべた。


「それで、先ずは何処に向かうんだ?」


俺の素朴な疑問に対し、アルマはニッコリ笑うと下を指さした。


「この下だよ。レッツ・アンダーグラウンド」



 *** *** ***



「――ハァハァ、どうして……こう、なるんだよォ……ッ!」

 

 夜。俺は今、遥か聳え立つ断崖絶壁を絶賛下っている。天空には数多の星が煌々と輝いているが、最早漆黒といっていいほどに染まりきっている地上を照らすには少々力不足といったところで、あまり意味を成していない。そんな果てしない暗闇が覆う岩肌を踏み外さぬよう必死に降る中、ふと思う。俺は一体何をしているのかと。



 ――全ては数時間前に遡る。


 

  *** *** ***



 「――そういえば、言い忘れてたわ。願いを叶える工程にはタイムリミットが存在していたことを」


 「ハァ!?なんでそんな大事なこと、忘れてんだよ!? で、肝心のタイムリミットっていつまでなんだ?」

 

    〇レムリア 第一球圏スフィア常春の楽園スプリカント

 

異常な色彩を放つ花々が咲き乱れる平原を俺たちは進んでいた。

 先ほどから先頭をのろのろ歩くアルマが突然そんなことを言い出しのたで、思わず変な声が出てしまった。願いを叶える条件が緩すぎるとは思っていたが、やはり一筋縄にはいかないようだ。

 

 「――一カ月よ。次に新月を迎えるその日まで。それがタイムリミット……ちなみにそれが過ぎると、キミはもうここから出られないわ。永遠に」

 

 ふと空を見上げる。頭上には色とりどりの星と小さく欠けた月。うん?ちょっと待て、頭上に浮かんでいる月の形状から察するに……おい!実質一カ月もねぇじゃねぇか!ふざけんな!

 

 「――ハァ、それじゃとっとと魔導書コイツの手掛かりを見つけないとな。ところで、アルマ。下の階層へ繋がる入口って何処にあるんだ?先ほどからどんどん何もないところに近づいている気がするんだが……」

 

 辺りには先ほどまで俺達がいた場所のように樹木どころか雑草の一本も生えておらず、ただただ、岩石色の風景が広がっていた。……つーかこっちでホントにあってんのか?

 

 俺が落ち着きなく辺りを見渡しているのを不審に思ったのか、アルマは俺の方を振り返るなり、「何やってんだこいつ?」と言わんばかりに怪訝な顔をした。そして、まるで他人事かのように無表情でこう言った。

 

 「入口?なにそれ、そんなのあるわけないよ。ほらここから降りるんだよ」

 

 そう言って、アルマは少し先の岩肌を指差した。……うん?岩肌?後、こいつ今、『降りる』って言ったよな――まさかな。

 

 「なぁ、アルマ。まさかあのハンパなく急そうな崖から降りるとか言わないよな……?」

 

 恐る恐る尋ねる。するとアルマは首を傾げながら不思議そうな顔をしてはっきりと言い切った。

 

 「え?何言ってんの?当たり前だよ」

 

 まぁ、分かりきってたけどな。クソ!その可愛らしいポーズがまた腹立つ。

――ああ。そうか。やっぱ降りなきゃいけねぇのか。……ハァ。俺、高所恐怖症なんだよなぁ

 

――そして、冒頭に至る。



 「――怖ェェェー!死ぬゥゥ!いやもう死んでるんだっけか、いやァ死んでても怖いィ!」

 

 突風がビュウビュウ吹く中を、死ぬ気で降りていく。幸いにも崖の岩肌は掴みやすくなっており、全身を使って降りていけば危険はなさそうだ。

 

 「そういや、アルマの奴はどの辺にいるんだ?」

 

 ふと上を見る。すると頭上の――丁度俺の身長くらい離れた位置にアルマはいた。そういやこいつ、俺んところの高校の制服着てるんだったな。普通に目のやり場に困るんだが。ほら今もスカートから見えてはいけないものが露出しそうになってるし。俺しかいないとはいえ流石にこれはマズイだろ。女として。

 

 「おい、アルマ!悪いが先に行ってくれ。俺はお前の後を追う」

 そう叫んでみるも返答がない。ていうか、よく見るとさっきからこいつ動いてないような気がするんだが……。

 

 「おい!聞いてんのか!?先に――――なっ!?」

 

 俺が言い終わる前にアルマの体は崩れるように今まで捕まっていた崖から引き離された。――墜落だ。そして、当然彼女の下にいる俺も――


 「おいおいおい!嘘だろ!?落ちる落ちる落ちるゥゥ――死、ぬゥ!?」

 

 俺は、アルマを受け止めるような恰好でそのまま奈落のような無闇の中を落ち進んでいった。

 

 「――君。ごめんね――わたしは――」

 

 ぶつかる瞬間、アルマが消え入りそうな声で呟いた。

 


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