第2節 願いの本
「――ねぇ。少しは落ち着いたかな?」
頭上からアルマの抑揚のない声が聞こえる。落ち着いただって?ふざけるな!落ち着けるわけないだろうが。どう解釈したらこの状況で落ち着けるというんだ。
俺は、膝を抱えて蹲りながら心で叫んだ文言を今度は声に出して言った。
「落ち着いた……だって?そんなの無理に決まってんだろうが!あんなものを見せられて平然としていられる奴は人間じゃない」
「――そうだね。でもさキミはもう人間じゃないよ?ただの死人。もう理解したよね?ここが夢の世界なんていう甘っちょろい場所じゃないってこと」
俺のことなど1ミリも興味がないと言った口調で淡々と返すアルマに俺は憤りを感じつつ、一つの疑問を口にした。
「ああそうかい。俺のことは分かった。でも、だったらこの世界は一体何なんだ?見たところ地獄ではないようだけど」
俺が重い腰を上げてそう尋ねると、アルマはようやく本題に入れるといった様子で「ふわぁ」と短く欠伸をすると俺に向き直り言った。
「ここは『レムリア』だよ。哀れな死者が己が罪を償う現世と冥界の狭間の世界。まぁ、君は少し事情が違うみたいだけどね」
『レムリア』か。どこかで聞いたことがあるような名前に感じるのは気のせいだろうか。
「違う?どういうことなんだ?俺は自殺という罪を犯したからここに辿り着いたんじゃないのか?」
「――そうか。やっぱりそこまでしか覚えていないんだね……。キミは一つ勘違いをしているよ。キミの死因はさ、ホントに自殺だったのかな?」
「……は?どういうことだよ!?俺は確かに――」
「キミの死因なんて心底どうでもいいよ。重要なのはこれからのこと。まずはキミに渡すものがある。」
俺が続きを言う前にアニマは強引に声を被せると、制服の上着から一冊の古ぼけた本を取り出した。背表紙を見る。何処の国だろうか。見たこともない様な言語で書かれていた。そして、表紙下部には3センチほどの円形の窪みがあり、中心に青い蝶を模したような刻印が施されていた。中身を確認しようとしたが、鍵が掛かっているかのように開けない。
「なんだこれ?本?にしては開かないけど」
「見ての通り『本』だよ。それもただの本じゃない。『メネラウスの円環』って言ってね、まぁ平たく言うと『魔導書』だよ。最も今はその効力を失っていてただの物体と化しているけど。これはね、君の願いを叶えてくれる代物。まぁ必要な物とかいろいろ手順があるんだけどね」
「妙に胡散臭いな。仮にそれが本当だとしても、タダで願いが叶うとは思えない。どうせそれ相応の対価とかが必要なんだろ?」
そうだ。こんな都合のいい話なんてあるわけがない。差し詰め悪魔の契約のようなもんだ。願いの代償に俺の魂でも頂こうっていう魂胆だろう。誰が騙されるか。
「なーんかまた変な誤解をしているなー。別に願いの代償に魂を取ろうとか考えていたりとかしないよ。それにもう最低限ものは揃っているし。あとね、わたしは悪魔じゃない。失礼しちゃうわ」
まるで心を読んだかのように、アルマは口元を歪めると、冗談めいた口調で俺の考えていたことを一蹴した。
「だったら、君は何者なんだ?」
「だからさ、わたしは『アルマ』だよ。た だ の ア ル マ! !」
俺の質問がお気に召さなかったのか、少し眉を釣り上げると苛立った口調で答えた。そのまま腰に両手を置くと「もういいかな?」と一言添えて話を続けた。
「それとさ、お察しのとおり別にタダで願いが叶うってわけじゃないんだ。さっき、ここがレムリア――現世と冥界の狭間の世界だって言ったよね?」
「ああ。それは聞いたよ」
「それじゃ説明するね。まずこの世界はそれぞれ
「え……と……なんだって?」
早口で捲し立てるように喋るアルマに、俺はついていけなかった。だって当然だろ。いきなり意味不明な単語をずらずら並べ始めるんだよ?むしろ、理解できる人間がいるならご高説願いたいね。
アルマは腕を組むと、うんざりした様な表情で盛大に溜息を付いた。
「コイツ、物分かり悪いな」っていうのが全力で顔に出ている。後、小さく舌打ちするんじゃない。聞こえてんだよ。
「……はぁ、んじゃ話を続けるよ――そのロバが持つ黄金の櫃に願いを刻まれたその魔導書を翳さば願いが叶うってわけ。だけど、それは一筋縄ではいかないだろうね。ロバの元に辿り着くためには幾つかの鍵が必要だし、そもそもその本はまだ完成していない……ここまで分かったかな?」
「――色々と端折ったな。一つだけ分かったのは果てしない道のりだってことだけだ。後、一つだけ教えてくれないか?君の話が真実だとして、そんな素晴らしい物をどうして俺なんかにくれるんだ?もっと他の奴にこそ相応しい気がするんだが……」
俺がそう尋ねると、アルマは明後日の方を向いて、ボソリと答えた。
「それは、キミがね――『迷い人』だからだよ……」
彼女が零した言葉はよく聞き取れなかったが、俺はその時見せたアルマのその儚げな横顔から目を離すことができなかった。
ともあれ俺は、特にすることもないため、その願いを叶える為の過程ってやつを進めることにした。――最も、叶えたい願いなんてものがまだ俺の中に残っているかなんて定かではないんだけどな
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