エピローグ


 懐かしい夢を見ていた気がする。ゆっくりと上半身を起こすとカーテンの隙間から陽が差し込んでいる。もう朝か……そう、朝だ……。


「寝坊だっ!?」


「う~ん? 寝坊……って、寝坊ぉ~!?」


 俺の声に反応したのは隣で眠っていた妻だった。驚いてベッドから転げ落ちそうになっているのは端で寝ていたからだろう。


「ごめん綺姫、寝坊した」


「アタシも……とにかく急がないと!!」


 俺と綺姫が急いで飛び起きるとダブルベッドの真ん中で最後の一人がモゾモゾ動き出す。やはり起こしてしまったようだ。


「ママ、パパ?」


「「おはよう、綺斗あやと」」


 それは俺と綺姫の大事な一人息子の綺斗だ。眠そうな目をこすって甘えて来るのは綺姫そっくりだ。この子を見ていると日本での日々を思い出す。



――――四年前


「じゃあ良いね綺姫?」


「うんっ!! 三人でお世話になりま~す!!」


 あの事件のすぐ後に俺と綺姫は快利さんの治める『七愁時因』という日本海上に存在する自治区政府にかこわれる事になった。驚いたのは自治区の本国は何と異世界に存在する王国だった事だ。


「まず高校は卒業してもらいます」


「行って良いんですか!?」


「はい、その際の送り迎えは綺姫さんのご両親にして頂きます」


「は? それは嫌ですモニカさん」


 綺姫とモニカさんの話は続いて更に綺姫の両親も乱入し荒れそうだと見ていたら俺は俺で快利さん達に呼ばれた。


「じゃあ、こっらも具体的な話をしよう」


 そこで決まったのは三つ。一つ、俺と綺姫そして将来生まれる子の保護が最優先で計画への参加は情勢が落ち着いてから。

 二つ、今の日本では俺や綺姫そして子供が世界から狙われるのは確実で快利さんの治める秋山諸島へ移住する事。

 そして三つ目が島から数年は出られないという条件だ。元々、治療で年単位は覚悟していたが改めて俺達の隔離が確定した瞬間だった。


「分かりました、それで綺姫と俺達の子が助かるなら」


「それは心配するな、少なくとも綺姫の方は子供が生まれたらすぐに俺が治療するし、生まれた子も俺が封印魔術をかけるから問題無い」


「封印? 治してくれるんじゃ?」


「俺の魔力を赤子に直接行使するのは危険だから封印という形を取る。後は成長に合わせて段階的に封印を解除し治療を行う段取りだ」


 その後も色々と快利さんらと話し合って今後の方針が決まると綺姫の方も両親との話し合いが終わって俺達に合流した。


「モニカさんが言うから最低限の扱いはする事にしたよ」


「そっか、良かったよ綺姫」


「あと星明の家から持ち出した分のお金とか一生かかっても払わせる約束もしたから!! 当分タダ働きさせるんだ~♪」


 そこら辺の管理はモニカさんがしてくれるそうだ。しかも、ご両親は何か快利さん達に借りが有るそうで逃げるに逃げられない状況らしい。


「ええ、なので当分は私達の元に居てもらう予定です。その間に色々と解決すれば良いのですが……ね」


「モニカさん?」


 モニカさんは何か言いたそうだったが当時の俺達は気にも留めて無かった。最終的に卒業式までモニカさんが専属で護衛に付いてくれる事が決まった。だから俺達は日本で残された時間を平穏に過ごす事が出来た。



――――現在(四年後)


「色々あったよね~」


「うん、まさか俺達が異世界との境界を守る島に住むなんてね」


 俺達が今、住んでいる場所は日本海に浮かぶ秋山諸島と呼ばれる島々だ。この諸島は二つの島と連結された人工島メガフロート二基で構成されている。そして最大の特徴は異世界と転移門ゲートで繋がっているという点だった。


「でもアタシらには好都合だったよね?」


「ああ、Ⅰ因子に感染した人間で身バレしてるのは俺達だけだから」


 だから俺達は区長やモニカさんの指示で卒業と同時に移住した。そして、その年に綺斗が生まれた。


「ママ~?」


「ごめんね綺斗、今日忙しいから……でも後で、お爺様とお婆様も来てくれるから」


 そう言って綺姫は綺斗を一張羅に着替えさせた。ある意味で今日は綺斗にとっても晴れ舞台だ。


「じいじとばあばは?」


「あ~、あの人達も一応来るけど?」


「綺姫、今日くらい許してあげたら?」


 ちなみに呼び方で分かるだろうが様付きの方は俺の両親、じいじ&ばあばは綺姫の両親だ。そして今なお喧嘩は続いている。


「ふんっ!! 例え反省しても見捨てた事実は消えないから!!」


「でも事情は分かってるだろ?」


「だから余計に腹立つ!! モニカさん達に話を通してた事とかさ……」


 島に移って数年後に判明したのが綺姫の両親の話で須座井が裏社会と関係無く安全だと思っていたという件だ。しかし逃亡中に須座井尊男が危険だと情報屋から聞かされ綺姫と接触を図ろうとしたのが俺の実家の病院での再会だった。


「まあ、俺を見て任せてくれたんだし……」


「それだって言ってくれなかった!!」


 その後、綺姫のご両親は裏社会のネットワークと少しの情報だけを頼りに快利さん達に辿り着くと交渉し俺達を見守る事を条件に一生この島で裏仕事や区長の命令を受けるという契約を結んでいた。


「裏で守ろうとしてたとか……後から聞かされても困るんですけど」


「和解が難しいのも分かる……だけどお互い頑張ろう」


 俺だって両親、特に父には今でも複雑な感情が残っている。それでも前に進む事は大事で俺は家族のために少しだけ無理をしている。でも多分それは父も同じなんだと思う。


「星明は割と良好だけどアタシは……」


「ゆっくりでいいと思う。それに綺斗の前では親らしくしないとね俺達はさ」


「ママ~?」


 そう言って綺斗の頭をポンポンと撫でると綺姫は降参のようで両手を上げて渋々うなずいた。


「分かった……じゃあ頑張る、アタシは時間かかるし綺斗をお願いねパパ?」


「分かってるさ綺姫……さて、いらっしゃった」


 迎えに来たのは綺姫の両親だ。会場まで俺達を送ってくれる手筈となっている。軽く挨拶すると綺斗は祖父母と会えて喜んでいる。後から戸締りを終えて来た綺姫と軽く揉めていたが大丈夫だろう。


「では、お二人とも式場までお願いします」


「お任せを、葦原外務担当官殿?」


「来年の卒業と同時に正式配属です、お義父さん。それに補佐の見習いですから下も下の役職です……」


 そして俺は島内の自治区で就職が決まっていた。配属は千堂グループを辞めた信矢さんの部下で外交担当の部署だ。昨年まで快利さんの秘書室でバイトもしていた。


「外交関連なら島の外に出るのかしら?」


「アタシらは島の外に出られないから……星明も島内勤務、だから……また外に出たら例のチョコと綺斗のお土産よろしく」


「はいはい、ばあばにお任せよ~!!」


「ばあば大好き~!!」


 そんな話をしていると車は無事に到着したようだ。車を戻しに行った二人と別れ俺達は先に会場の前に到着した。


「着いたね……」


「う、うん……緊張するね、やっぱ……」


「きんちょ~? ママ? パパ?」


 両手を引かれて来た綺斗にも緊張が移ったようで不思議そうに聞いて来た。だから俺は会場を見上げ答えた。


「仕方ない、だって今日は俺達の結婚式だから」


 あれから綺斗の事も有って忙しく結婚式どころでは無かった俺達は少し落ち着いてからと考えていた。だが先月とある事実が発覚し急遽決定したのが今日の結婚式だ。




 朝一で会場に入ると既に係の人間も多かったが懐かしい顔ぶれもいた。


「やっと来た、アヤ!! 葦原も!!」


「咲夜~!!」


 綺斗を俺に任せると綺姫は浅間に飛び付いている。彼女とは一年ぶりだ。それに隣の人とも久しぶりの対面だった。


「元気だったか星明、それに綺斗くんも」


「聡思さんお久しぶりです。聞きましたよ秋山コンサルタントに入社したって」


 もう一人は浅間の恋人で八神聡思さん。俺の年上の友人で兄貴分みたいな人の一人だ。式のためにわざわざ日本から来てもらったが既にスーツ姿だ。


「一年就職浪人だったけど拾ってもらった……コネ入社だ、はぁ……」


「あはは、瑞景さんに感謝っすね」


 そんな話をしていたらホールの入口から新たに入ってくる人影が見えた。その二人も良く知る人達だった。


「ウチらがビリ? ミカ兄がゲートで引っかかるから~」


「悪い、銃とか武具のチェックで時間がかかった」


「海上、それに瑞景さん!!」


 二人は軽装で後で着替えるらしく浅間たちとは正反対だ。そもそも式まで二時間は有るから前乗りして準備万端な二人の方が変と言えば変なのかもしれない。


「葦原まだタキシードじゃないん? アヤもドレスじゃないし」


「珠依、まだ時間まで有るだろ……だよな星明?」


 瑞景さんの言葉に頷いて苦笑すると「それもそっか」と言って今度は浅間を見て話をしていた。


「そんで咲夜? どんな感じなのドレスは?」


「そりゃ自信作よ、今の私の全てを注ぎ込んだから!!」


 綺姫のドレスは浅間のデザインだ。綺姫がどうしても浅間に頼みたいと無理を言って新人デザイナーの彼女に頼んだ。そして今朝は完成品の最終チェックのため俺達と朝一で合流の予定だった……寝坊したけどな。


「咲夜ありがと~、でも寝坊しちゃった」


「あんたねえ、ま、いっか……じゃあ葦原それに綺斗くんもママ借りてくから」


「ウチも将来のために見て来るね、じゃあね~」


 久しぶりに三人で話したいのだろうと俺は綺斗を抱っこして綺姫たちを見送った。こっちは男三人いや四人で話だ。




「それで二人はあれから?」


「俺は一応は平穏だった、これから大変だろうけど」


 聡思さんは日本に戻ってすぐ入社らしい。ただ入社した会社が色々と危険な職場だと思う。


「区長のお父さんの会社だしな……でしょ瑞景さん?」


「まあな、ちなみに泳がされてたからな俺、秋山区長のご両親も曲者だぞ聡思?」


「そうなんすか? 社長はそんな感じじゃ無かったけど」


 面接の女性の方が怖かったと聡思さんが話すから後で区長に聞いてみたら、それは恐らく自分の母だろうと苦笑していた。滅茶苦茶やり手の人らしい。


「瑞景さんは信矢さんの後釜なんですよね?」


「ああ、信矢さんが例の件でグループ辞めてここに来たからな。今は工藤さんや秋津さんに鍛えてもらってるさ、それでも厳しい情勢さ」


 来年から俺の上司になる信矢さんは俺達の事件の後に千堂グループを辞め正式に自治区の所属で今は外交官のような立場だ。


「でも今は区長が戻ったから当時よりはマシですよね?」


 あれから千堂グループは各国政府との密約を破り秋山区長を表舞台に戻した責任を問われた。そのせいで一時は影響力が落ちたのだが区長本人が脅しで勇者の魔法を使いモスクワの真横に小規模のクレーターを作って世界を黙らせたのだ。


「一時はどうなる事かと思ったが区長の力と『値ノ國ねのくに通り』の存在が大きいな」


「瑞景さんは、あれから行ったんですか?」


「俺は千堂グループ所属だから表向きは行けないさ、なんせ王国自治区に準ずる王国特別区なんだからさ」


 実は俺の元バイト先の違法だらけの街は当時より更に混沌としている。王国の特別区となり、あらゆる法律が王国との条約により無力化されジローさん達のようなヤクザでも大手を振って生活できるようになってしまったのだ。


「ジローさんとか今は魔道具ショップもやってるんだぜ星明?」


「しかも八岐金融や須座井建設の協力で街のインフラ整備までしてな?」


 だが同時に違法だろうが合法だろうが取引が行えるから魔道具なども横流しされるようになってしまった。もちろん秋山区長の監視の元という制約付きでは有るが、この世界で初めて魔法に関する取引の場となっていた。


「数年前まで面倒な連中が騒いでたけど、それも快利さんが潰したんだろ?」


 だが当初は『ジャック・ザ・ピース』とかいうプロ市民集団NPOが、これを問題とし区長と政府との癒着を盛大に騒いだ。だが区長は片手間に邪魔だと勇者の魔法で構成員とその家族の個人情報をSNSで流しまくった。


「SNSで『こんな横暴は暴対法と風営法違反だ』とか『暴力団の存在は許され無い!!』って書いたら秒で個人情報晒されて人生終わってたしな」


「聡思さんも見たんすか? なんか区長や信矢さんと因縁があるらしくてリーダーのジャック、本名が伊藤誠人ってのが新興宗教団体の元構成員だったらしいです」


 他にもネットやSNSに書き込んでいる連中にも容赦無く魔法で天罰を与えたらしく効果は覿面てきめんらしい。やり方は教えてくれなかったが噂ではドラゴンが関わっているという話まで囁かれている。


「快利さん怒らせるとやべえんだな……普段は気さくな人なのに」


「区長が最後に『ダンボールハウスからやり直せ』って聖剣で奴らの拠点を吹き飛ばしましたから……最後はリアル炎上とか怖過ぎですよ」


 そんな雑談のタイミングで海上が呼びに来た。どうやら綺姫の準備が終わったみたいだ。




「見て驚きなさいよ葦原!!」


「普通は俺が一番最初なんじゃないのか?」


 海上の案内で綺斗を抱っこしたまま付いて行くと控室前に着いた。そこで俺と綺斗以外は入室禁止と言われ二人には外で待ってもらう事になった。


「そこは親友のウチらの権利っしょ、てか誰のお陰で付き合うどころか結婚して子持ちになれたと思ってんの?」


「それは海上さんのお陰でございますよ……感謝してるさ」


 俺と綺姫の出会いは偶然で再会は必然だ。だけど途中で多くの人が俺達を助けてくれた。その中で学校で一番最初に助けてくれた友人は海上だと思うし俺にとっては間違いなく恩人だ。


「よろしい、じゃあアヤ開けるからね~!!」


『オッケー!!』


 室内に入ると見た事ないくらい真剣な表情の浅間がテキパキ動いて指示を出している。その隣で椅子に座っているのは綺姫で鏡越しに目が有った。


「ママどこ?」


「そこだよ綺斗、きれい過ぎて分からなかったか?」


「ママはこっちよ綺斗!!」


 鏡越しに手を振る綺姫に「動かないで!!」と言う浅間を見て苦笑する。どうやら完全には終わって無いらしい。


「まだ少し時間がかかるのか浅間? なら俺達は……」


「大丈夫よ葦原、ちょっと気になったとこ直しただけ……よし!!」


「ありがと、咲夜」


 立ち上がって綺姫が振り返ると世界で一番美しい俺の妻がいた。腕の中の綺斗が「ママすごい!!」と、はしゃいでいる。俺も圧倒されていた。


「どう、星明?」


「ああ、きれいだよ綺姫」


「それだけ~?」


「世界で一番を付け忘れてた」


 俺が言うと得意顔で「でしょ?」と彼女は微笑んだ。思わず抱き寄せたくなる衝動に駆られ近付いたら浅間と海上にドレスやメイクが崩れるからと全力で止められた。


「あんた達がしそうな事は大体分かんのよ」


「そうそ、もう五年の付き合いなんだからさ」


 言われてみれば二人とは五年以上の付き合いだ。綺姫が産気づいた時は島に見舞いに来てくれたし日本の両親らに近況を伝えてもらって俺達の手紙も渡してもらった。


「さすがアタシの親友たち!!」


「だから抱き着かないでアヤ!! ドレスが~!?」


 今度は二人に抱き着こうとして止められていた。綺姫は変わらない。五年前から、いや出会った時からも、そして再会した時から何も変わってない。そして時間となって隣のホールへ移動となった。




「て、てか……おっ、王国方式、だと結婚式も色々と違うね」


「ああ、最初から最後まで二人で一緒に歩く……そもそも向こうはバージンロードの概念も無いらしい」


 この扉を開けると内部は教会風になっている。悩んだ末、俺達は王国の方式で式を挙げる事に決めた。


「じゃあ……綺姫?」


「う、うん星明……」


 組んだ腕が少し震えているのは不安からか、それとも緊張なのか分からない。だけど俺のやる事は一つだ。


「大丈夫、俺が綺姫を守るよ、もちろん綺斗もね」


 すぐ傍で彼女を……綺姫を夫として守るだけだ。今度こそ偽物なんかに取られないように、両片思いじゃなくて最初から両想いで最後まで守り切る。


「私たち二人だけ? 」


「そうだった……お腹の子も一緒に三人を守るよ、俺が」


 実は急遽決まった結婚式の最大の原因は綺姫のお腹の二人目だった。お腹が大きくなる前に式をしろとモニカさんに言われたからだ。このままじゃいつまで経っても結婚式が出来ないと区長にも言われ強行される事になった。


「うん!! じゃあ行こっ!! 星明!!」


 どうやら落ち着いたみたいで綺姫に笑顔が戻っていた。その笑顔は再会したあの夜と同じで、そして幼い頃に俺を連れ出してくれた時のままだった。


「これからもずっと一緒だよ……ヒメちゃん」


 扉が急に開いたので俺達は少し慌てて最初の一歩を踏み出した。でも慌てる必要は無い……だってここから先は幸せな未来しか待っていないんだから……。




――――Fin.

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NTRは両片思いの始まり ―気付いたら陽キャ美少女寝取ってました― 他津哉 @aekanarukan

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