イデア

 機械人形とは、最初は人を楽しませるための歌だとか踊りだとかを披露するだけの、ちょっとした娯楽でしかなかった。

 それを、何処までのことができるのか、もっと人間の役に立つ人形を作れはしないか、と追い求める人達が現れた。人形技師と呼ばれる彼らが、試行錯誤を重ねていった結果、家事や労働を手伝う機械人形が作られるようになった。それだけに留まらず、更には友人や家族、恋人の代わりにすることはできないか、と突きつめていった人形技師達の力により、現代の高性能な機械人形が多く生まれていったと言う。

 様々な人形技師がいて、その中でもセンセイは特に人気の技師だった。主に作っていたのは、家事全般を熟す、家政婦のような機械人形で、しかし家事の質が高いというわけではなく、親しみやすい、家にいてくれると心が安らぐという、家族のような役割を果たす作品が多かった。

 そのセンセイの作品である私は、やはり如何考えても異例であった。まず、旧モデルに求められていた親しみやすさとは程遠い容姿だ。腰ほどまである頭髪は、確かに目を引くものがあるのだろうが。


「……髪、邪魔そうだな」

「私もそのように感じていたところです」


 例の若い男の家に着くと、センセイの作品たちに搭載された機能の一つである、室内の清掃を命じられた。

 彼の容姿から推測できたことではあったが、見た目を気遣わない人間の室内もまた、気遣われていることは少ない。

 溜まった埃を除去すべく、拭き掃除をしたなら自分の長すぎる頭髪を引っ掛けてたり、目にかかったせいで、視覚情報が60%も減少する。服の袖にふんだんに使われたフリルが邪魔して、ストレスと呼ばれる不快感を表す数値が上昇したり。それらを引き千切りたい衝動に駆られるも、破壊は推奨行動ではないのでセーブする。

 私は、明らかに家事の遂行を想定したデザインをされていなかった。


「そういえば主。お名前を伺っておりませんでしたね」

「名前なんか知らなくても仕事はできるだろう」

「可能ですが。先程から教えて下さらないことばかり。何故教えて下さらないのか気になって、演算機能が低下します」

「勝手に低下するな。機械人形のくせに面倒くせえ機能ばっかつけやがって。見た目以外取り柄がない鉄屑らしいな」

「私はココロの導入により、罵倒を受けるとストレス値が上昇します。もっと優しくして下さらないと、」

「罵倒されたくないなら黙って掃除だけしてろ」


 ……主のコミュニケーション能力に複数の問題を検出。ストレス値を低下させるため、反論機能の解除を要求。……承認。

 部屋の至るところに、鮮やかな色彩で描かれた絵や画材があったために、彼が画家であることはすぐに分かった。それらは風景画であったり、人物画であったり。描かれているのは美しい容姿の──女性とも男性ともとれる、中性的な人物で、それがなんとなく私のデザインに似ている、と気付いた。


「綺麗な絵ですね」


 彼はその言葉に驚いているらしかった。一瞬目を見張っていたが、直ぐにまた冷たく気力のない瞳に戻る。


「そうやって言うようにプログラムされてるだけだろう。機械人形に分かるはずがない」

「……主。あなたは一般成人男性のコミュニケーション能力の平均値を大幅に下回っております。具体的に申し上げるなら、エレメンタリースクール入学レベルですね。適切な教育を受けられなかったのでしょうか?」

「お前はお前で煽り性能ハーバード卒か?」


 ココロの問題点。人形技師たちが口にしていた言葉を思い出すが、特にそれらしい問題を感じない。不当な扱いを受けた場合に相手の神経を逆撫でする発言。それは問題になるように思われたが、彼自身、機械人形に煽られると思っていなかったらしく、苛立ちよりも驚きのほうが勝っているらしかった。


「絵を描くのは、楽しいですか」

「機械人形がそれを知って、何になる」

「知りたいのです。私には、絵は描けないし、楽しいという感覚もデータ不足」


 私がそう言うと、彼は眉をひそめる。私の発言が、何処か不満だったらしい。


「描けないなんてことはないだろう。ほら、こっちへ来い」

「清掃の途中です、邪魔しないで下さい」

「お前は臨機応変って言葉知らないのか鉄屑スクラップ頭。主様である俺が来いって言ってんだろ」


 反論パターンの演算をしかけて、停止する。黙って私が側へ行けば、彼は新しく真っ白なキャンバスを用意し始める。そうして、絵筆を差し出してきた。


「何か描いてみろ」


 言われるままに筆を握りしめて、白い面に向かう。絵の具の敷かれたパレットと無地のキャンバスを交互に見て、思考が停止した。何か、とはなんだろう。何か。彼の指す何かという単語から検索結果が何も出てこない。


「……そうだな。花を描いてみろ」


 花、と言われてようやく幾らか思考がまとまる。複数枚の花弁の組み合わせが美しいとされる植物。色とりどりのそれを表現する方法に関しては、データが無い。

 でも、主の命令だから。絵筆でパレットの赤を撫で付けて、キャンパスに色彩を与える。次にピンク。オレンジ。白。紫。


「なんだこれ……下手くそ」


 またコミュニケーション機能問題を指摘すべきか。睨むようにして横目で見た彼の表情は、妙に柔らかく穏やかであった。

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籠絡、繰レレバ唐紅 今際ヨモ @imawa_yomo

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