ヘンペルのカラス

 センセイが創り出した、七つ目の作品。最高傑作にして、センセイの遺作。タイトルを、『Onoskelis』。

 人間とほとんど相違ない容姿を持ち、家事全般を卒無く熟すのは勿論のこと、主の細かい要望に適切に応え、臨機応変に物事を遂行することができる。従来の機械人形はそれだけだったが、Onoskelisには自律思考エンジン“ココロ”の試験実装……簡単に言うと、人間の持つ感情に極めて近しい機能が搭載された、らしい。

 それが私が目覚めて直ぐに説明された、私という作品の概要だった。

 今までにセンセイの手掛けてきた作品も皆、傑作と呼ばれてきた。私はその中でも群を抜いた出来であり、しかも遺作ということもあって、世間が強く私に注目しているとか。


「いさく……? センセイが、亡くなったということですか?」


 おお、喋った。私の周りを囲む男女が声を漏らす。

 私を囲っていた彼らは、センセイの弟子である人形技師だと名乗った。センセイの素晴らしい技術を学び、センセイの手伝いをしながら、人形技師としての腕を磨いていたところなのだそうだ。

 普段なら、弟子たちと協力して作品制作に当たるというのに、今回作られた私に関しては、センセイが独りで──正確には素性の分からない協力者と二人だけで完成まで漕ぎ着けたらしい。

 主に造形デザインの部分をその協力者が手掛けたことにより、旧作品達には無い、彫刻や絵画のような美貌が備わっている。それが、君を最高傑作足らしめている、と技師の何人かが口を揃えて言った。


「瞳に使われている石は……もしや、希少な鉱石、ヴァンパイアアイではないか? なんて魅惑的な輝きだろう!」

「いいや、使われているのはメドゥーサハーツではないか? どちらにしても、これだけ純度の高い石は珍しい」

「それにこの顔の造形美。人間離れした美貌、なんだか少し、怖いくらいだ」

「今までの機械人形達は、親しみのある顔立ちをしていたからね。先生は突然作風を変えたんだ。でも、どうしてだろう」

「最期に何か、心変わりがあったのだろうか」


 人形技師達は、私を見ながら、好き勝手に考察を述べている。状況を飲み込みきれない私は、それらの言葉を必死に集音機器を駆動させて拾うだけであった。

 見たこともない紅い石を嵌め込んだ瞳。ユニコーンのたてがみで作られた頭髪。ココロ導入の問題点。モデルタイプが男性でも女性でも無いこと。遺書の意図。タイトルの意味。気になる単語が飛び交うものの、質問という機能が未発達である私は、検索エンジンをフル稼働させて言葉の押収を聞くばかりだ。

 ……脳ユニットが熱を帯びてきて、冷却のために機能の制限を行い始めた頃。


「あの男は自殺した。この遺書とお前という作品を遺してね」


 自殺。自らの生命維持を放棄すること。

 真新しい単語の発言をしたのは、人形技師たちの輪から外れて、壁にもたれかかっていた若い男。不揃いの黒髪は、手入れが行き届いていないことから、自分の容姿に頓着しない人物であることが推測できる。


「あの男はお前を、この俺のために遺す、とのことだ。つまり俺がお前の主になる。わかったな? そしたらもう、こんな陰気臭い奴らの温床に用は無い。帰るぞ」


 一方的に情報を与えてきた若い男に対して、私も人形技師達も、困惑していた。情報不足で状況整理演算もできずに固まっていた。男は面倒臭そうに嘆息しつつ、私の腕を引く。


「帰るって、ちょっと部外者のあんたが機械人形なんか持って帰ってどうするつもりですか!」

「知るか。遺書に書いてあることは絶対だろ。俺はあんた方の師匠の意を汲んでやるだけだ」


 人形技師達は、足早に帰宅しようとする彼を止めようと、何か言っていた。

 遺書に記させていたこととはいえ、先生の作品を独り占めするだなんて、世間にはどう説明するのだ、とか。こちらも先生が亡くなってしまって、唯一遺された機械人形だけが頼りなのに、とか。それら全てを、俺には関係のないことだ、の一言で一蹴し、私は彼に連れられてその場を抜け出した。

 私の作者であるセンセイは何故、自殺を図ったのか。この男が何者なのか。それらの疑問を提起してみたが、男は何一つ教えてくれることはなかった。

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