第10話_東京ユグドラシル9

トンネル内は風が流れる音と僕らの足音しか聞こえない。

「この辺には誰も住んでいないの?」

歩きながら聞きたかったことを質問してみた。彼女以外の人間をまだ見ていない。コロニーがあると言っていたから他に人がいないわけではないのだろうけど、それにしても少ないと感じる。

「んーそんなこともないよ。昼間はみんないろんなところに隠れてるけど、夜はドラゴンが巣に戻るから、そこから動き出す人が多いかな」

「これから行くコロニー以外にも人がいるの?」

「地下がある地域は地下に暮らしている人が多いけど、中にはビルや大きなマンションに住んでる人もいるよ」

なるほど。おそらくビルやマンションといっても、廃墟になった大きな建物を活用して住処にしているということなんだろうけど。目に見えているよりは居るようだ。

「ねえ、ちょっと聞きたいんだけど」

彼女は立ち止まって振り向いた。

僕も立ち止まる。

「ずっと考えていたんだけど、あなたのことが全然わからないの。記憶喪失で全然覚えてないっていうけど、それにしては知っているのよ。こうなる前の世界を。私とほとんど変わらない歳なのに。私は生まれてからずっとこの世界しか知らないのに」

その言葉からは困惑がにじみ出ていた。

「あなたは何処から来たの?もしかして東京の外から?外の世界はどうなっているの?」

「僕は……」

言葉に詰まった。どこから来たのか。それは物理的な地名だけの話じゃない。まるでタイムトラベルでもしたかのような世界の変わりよう。しかもあの世界樹やドラゴン等の通常では考えられないようなことがここでは起きている。


そして僕は世界樹やドラゴンが存在する世界が異常であることに気が付いている。


彼女はこの世界の異常性に気づけないのだ。生まれた時からそうだったのだから。

では、僕は何処から来たのだろう。

僕が立ち止まっていると、先を歩いていた彼女が戻ってきた。

「あ、なんかごめんね。怒ってるわけじゃないんだよ」

彼女は申し訳なさそうに言った。

「ただ、少しうらやましいなって。あなたがどこから来たのかわからないけど、ここじゃないどこかを知っているのはとても幸運なことだと思うの。私にはここしかないから」

そうか、彼女は生まれた時から地下で暮らし、モンスターに怯え、それでも脱出することができない牢獄で暮らしてきたのだ。東京という名の牢獄で。

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