あなたの命令をください




「お姫様ではなかったです」


 二人のあいだに挟まる風をみながら、初めにそう言ったと思う。彼の口付けで人間に戻ることはなかった。二度目の奇蹟は起きなかった。乾いた感触の遊離が、幸福を詰めた煙管きせるの火皿をこごえさせた。これは寂寞せきばくたるだ。切なさを助長する清々しいあいのようでもあった。


「僕が王子様ではなかったんだよ。そして、あの子も同じ無力感にさいなまれている」といった彼の視線の先には利口そうな眉目びもくの少年がいた。


 少年もまた、男性をまどわす容色と悪名高い〈半人半蛇ラミア〉に唇を重ねていた。ラミアは彼の抱擁に合わせて美しい音色を発し、くちなわの胴体をくねらせる。翅脈しみゃくにも似たすじが通ったまだら模様の体鱗たいりんには治りかけの手術痕が見受けられた。毒牙を再生機構ごと摘出した個体だ。

 首輪付きである以外に二人の関係性を示すものはなかったが、少年の行動は幼さゆえの危機意識の未発達に思えたし、ラミア側も愛情というよりはただの無抵抗に近かった。

 私の目には微笑ましくも淡泊な主従が映ったけれど、彼の目には深い愛で結ばれた背徳が映ったのか。


「あの子は、」


 私よりも報われる。そう言いかけて口をつぐむ。私は視線をラミアのほうにやった。あしはないが、願わずとも彼女の半分は人間だ。何より完全なおんなである。雌雄の土台にすら立てていない私からしたら、あわれむにはまぶしすぎた。

 私たちは無言で少し歩き、空港階段ふなとかいだんを一望できる転落防止の柵にもたれた。風をより強く感じる。

 

「二回目かな」彼の右手があぎとに触れる。「一回目はこっちの口だった」

「あれは、あなたが一方的にしたので反則です」

「キスには変わりないだろ」

「……その理屈でいくと三回目だと思います」


 彼が寝顔を晒している隙に、一回。反則だったがキスには変わりない。すると首をななめに倒した彼が、記憶力には自信あるんだけどなあ、と真面目に考えだすので声をおさえるのが大変だった。あなたでは一生かけても分からないよ。

 木陰のベンチを占領していた老夫婦が立ち上がる。大きな手荷物をげ終えた二人は折れ曲がった杖を振り、起こした〈風〉で少年の帽子を取り上げた。わあわあ、とはしゃぎながらラミアの背に飛び乗る。やがて老夫婦と合流した少年が、ラミアにささやきかけるようすを私はじっと見つめていた。

 雑踏にまぎれて見失った後は、彼の肩にを乗せ、うずたかかった落ち葉を蹴り崩して遊ぶ。ざわめきが思いのほか楽しかったので、覚えたての魔法で散らしてみた。ついでに彼の顔にぶつけてやると変な声をだす。私は口元にを当てて笑った。


「フーカの真似かい?」と彼がいた。

「いえ」


 真似をしたつもりはなかった。顔を似せてますから、と答えた。彼は開きかけた口をうなずきに変える。辺りがしんと静まり返る。二人きりの心地よさと気まずさのつむじが立つ。やみくもに言葉を探していると、彼がちらりと青女の旗を見た。ふと違和感が巻き戻る。


「青女の話に戻りますが、ほとんどの人が忘れてしまった、と言っていましたよね……あなたはその話をどこで?」


 彼は伝承や風習などのかび臭い知識に明るい。しかし彼が歴史に勤勉である姿勢を見せたことはないはずだ。

 あからさまに目を泳がせる彼。取り立てていぶかしんだわけではなかったので、予想外の動揺に興味がそそられた。


「レブレが、僕にのこしてくれた知識だ」

「そうでしたか……」


 ジェイドの記憶のなかで、確かに彼女は難しそうな本を読んでいた。話題選び失敗。傷口をえぐりきらないうちに変えてしまおうとしたが、彼は饒舌に語りだす。


「昔から好古家のレブレは神話とか、碑文とか、魔法古語学とか、歴史をひも解く資料に詳しくてね。よく図書館に通い詰めてたなぁ……。僕は読み書きが苦手だったけど、彼女の声は聴きやすかった。今でも耳に残っている。だから僕の抽斗ひきだしは鼓膜あたりにあるんじゃないかと思う」


 そこで耳朶みみたぶに人差し指を当てる仕草を挟んだ彼は、私の蔓を引っ張って空いたベンチに誘導する。


「本好きのレブレが剣を握ったのは、ジェイドが大怪我を負ってからだ。いつも僕にべったりで感情を表に出さないように徹していたから、本人は気づいていないだろうが、彼女はジェイドのことが好きだった」


 木道がわずかにきしみ、白波のどよめきが聴こえる。足をどかすと音はむ。踏むと潮騒しおさいを奏でる魔法仕掛け。靴を脱ぎ、あしうらで表面をでながら彼の話に耳を傾ける。


「レブレには剣の才能があってね。半月ほどで剣術の基礎をものにした。二カ月が経つ頃には小柄な魔物と渡り合えるくらいになっていて、天賦の才だと思ったよ。失魔症でさえなければ、一流の魔術師すら夢じゃなかったさ」

「子どもが魔物にいどんだのですか」

「不可抗力的な戦いだったかな。向こう見ずに殴りかかるジェイドとは違って、レブレは極力戦闘を避けていた。冒険者になってからもそれは変わらなかった」

「才能は本物のようですね」

 

 私は感心していった。


「うん。稽古ではジェイド相手に負けなしだった。当時は慣れない機械の身体というハンデも大きいが、全部を守りたがる彼は悔しかっただろうね」


 想像しやすさに笑いを誘われる。あれはとにかく負けず嫌いな男だ。勝機もなしに挑み続けて若き剣士を呆れさせたに違いない。 

 どこからかフーカの店で栽培している薬草と同種の香りが運ばれてきて、その匂いが彼女に関する記憶をくすぐった。


「もしかして身体を売ったのは、ジェイドさんに好意を寄せていたから?」

「……そうだね。彼女とフーカは友人と呼べる間柄ではなかったけど、純粋にジェイドの幸せを願っていたから、彼のために死なせるわけにはいかなかったんだろう。聡明なレブレが馬鹿な選択をするくらいにはジェイドに首ったけだったのさ。そういった事情を抜きにしても、今のフーカには命を投げうってやるだけの価値がある。誰よりも早くにフーカの素質を見抜いていたのかもなぁ……」


 彼の陶酔しきった口調には危うさを感じられたので、〈風〉で操った噴水樹のしずくをかけて覚ましてやる。


「あなたの願望でしょう」

「そりゃあ、直接きたかったよ。ジェイドには少なからず打ち明けていたようだが、彼にたずねても要所をはぐらかされた。……二人が墓の下にかくした真実を無断で掘り返すのは気が引けるしさ」


 虚空に向かい力なく首を振った後、彼は背中を丸めて足元のバックパックをまさぐり、底から食材を〈収納〉済みの魔道具を探り当てた。道中の露店で補充した穀物が入っていたはず。フーカの字で操作手順が書かれたメモ用紙頼りに作動させ、最古の栽培植物である〈ネイの実〉の包みを引き抜いたかと思えば、中身を丸ごと地面にばら撒いてしまった。

 湿り気のある木道に投げ出されたネイの実はさぞかし驚いたことだろうと思い、彼のかげがかった横顔を注意深く観察していると、奇行の答えが大挙をなして舞い降りてきた。妖鳥ハルピュイアの幼体、ハルピーだ。羽毛のえた臭いが鼻をつく。こちらは成体のように強靭な爪はなく悪臭で外敵から身を守るため、「ちびで臭い鳥」という渾名こんめいが定着した。ハルピーは小柄ながら食欲旺盛で穀物を与えるとなつく習性があり、幼体から餌付けされたハルピュイアは人間を襲わない。


黒いやつケライノ、きみは今日も臭いなあ!」と彼はすり寄ってきた一羽を抱き上げ、愛おしそうに頬ずりをする。

「あ、私だけじゃなくて誰にでも名前をつける人なんですね。ジェイドさんのグリフォンや手元のハルピーとも距離感近いですし。私だけじゃなくて」

「大丈夫、僕がキスをしたのはアイルだけだ」

「分かってますとも、分かってますとも」うでを組み、白々しい弁解に反撃を加えてやる。「どうでもいいでしょうが、あなたに懐いてる子、隣で順番待ちしてるほうだと思います」


 私は群れの魔力を辿たどって警戒心の薄い個体を割り出した。天敵や嫌いな相手が近づくほど魔力の壁を厚くする。ちなみに頬ずりされた子の壁は分厚い。過度なスキンシップがお気に召さなかったようだ。

 

「うわっ、ほんとだ、取り違えてる。木陰でみんな黒っぽいんだよね。……きみはぬめりの酷い生乾きの雑巾みたいな臭さで、ケライノは炎天下の溝川どぶがわみたいな臭さだ。嗅ぎ分けてやるべきだったよ、うんうん」


 本能的に言語の指す意味を理解したのか、ハルピーたちの壁はさらに厚くなった。餌やりで嫌われるのはさすがに同情を禁じ得ない。それでも自分の番が回ってくるとケライノは全身で喜びを発散していた。

 こうしてみると愛嬌のある魔物だが、彼の鎖骨のくぼみにけられた趾爪しそうは鉄のよろいをも握りつぶす凶器に成長する。

 物事が思いもよらぬ形で悪い方向へ転ぶこともありえる。戦いに備えておいたほうがいいのかな。


「どうも上の空って感じだね」彼の声にはっとなる。「いつものアイルなら花弁をつつかれるのすごく嫌がるのに」

「……ぼうっとしてました」


 頭部にまったハルピーを身震いで振り落とす。ひっくり返った一羽がばたばたと退いた。


「次は怖い顔。……僕が弱いからといって心配のされすぎは困るな。種族としての危険度できみとハルピュイアをくらべたら、きみに襲われる確率のほうがよっぽど高い」

「私は襲いません!」

「そんなの分かりきってる。一般的なアルラウネの話さ。僕がどれだけアイルのことを知っていても、きみを知らない人にとってアルラウネは危険な魔物だ。飛空艇ひこうきで経験した通り、首輪を外せばハルピーのようにはいかない」

「私だって分かってますよ。あなたと居たときよりは、周りの人にも信頼されているとは思いますが」

「ちがう。みんながきみを信じているんじゃなくて、きみの首輪を信じているんだ。フーカの名前にも守られている」

「……残酷なことを言いますね。元はといえばッ……」


 無理やり口をつぐむ。あなたが私を連れてきた。反論で彼を遠ざけてしまいそうな恐怖があった。


「遠慮しなくていいんだよ」彼は見透かしたように目を細める。「昨夜、フーカに怒られた。きみを苦しめてしまったのは紛れもない僕の責任だ。アイルには僕を責める権利がある」

「……許しますよ。私の選択の責任でもあるのですから」


 苦しまずに生きられる機会が与えられなかったというのは大袈裟だ。いつだって断れた。どこかで痛みを伴う共生であることは承知の上だった。

 人間を傷つける魔物として生をけた、その避けようのない一点を除けば、自業自得の痛みともいえる。

 いよいよえた臭気に眩暈めまいがしてきた。たまらず距離を取ると、ハルピーたちは親鳥の帰巣を待ちわびるかのような寂しげな鳴き声を上げる。近づくと無邪気に羽毛を震わせる。可愛いなあ、もう。庇護欲がかき立てられちゃう。

 こうやって何世代も人間と触れ合い結んできたであろう絆の強さが羨ましい。子育ての一部を他種族に任せる在り方。本物の共生。その二文字に含まれる永劫的な輝かしさをうらやんだとき、彼の思い詰めた表情に気づく。せた顔にうっすらとじむ罪悪の色。

 何かを言おうとしている。私は居住いずまいを正し、首を長くして待った。あきないの通りから少しずつ人波が押し寄せる。ふたり占めの世界が緩やかに壊れ、ハルピーの声は周囲の喧騒に埋もれた。彼はそのなかで、家族旅行とおぼしき集団のうちの、年の離れた兄の背中にしがみつく妹の後ろ姿を視線で追っていた。


「僕は……僕たちはさ、いつまでもきみと一緒には歩けない」

「歩くのが嫌になったのですか?」


 心配になってくと、彼はゆっくりと首を横に振った。


「寿命が違いすぎるんだ。百年程度の僕たちでは、きみの生の、ほんの一部分を飾るエキストラに過ぎないと考えている」

「悲しいこと言わないでください」

「悲しいことかもしれないね。でも事実として、その日はやってくる。今は僕がいる。フーカもいる。ジェイドもいる。周りの常連さんたちもアイルを可愛がってくれている……だが皆、きみより早くに死んでしまう。その後はどうする? また人食いに戻るのも一つの答えだし、人間と共に歩むのも一つの答えだ」


 漠然とした知識はたくわえている。しかし実際に、彼らが私の目の前からいなくなる瞬間を考えたことはなかった。


「あなたの命令をください。私はきっと守れます」


 もはや人肉の味はおぼろげにしか思いだせない。半世紀が経つ頃には今より忘れている。今更、人間を食い殺す自分自身を想像できなかった。一方で彼らのいない世界に取り残されるのは不安でしおれそうだ。いなくなるのなら、その時に歩き続けるための道が欲しい、と私は思った。


「きみは守ってしまうだろうから、命令はできないな。生き方を他人の意思にゆだねてはだめだ。アイルの生は、アイルが生きてこそ価値がある。……今すぐにではなくて、未来のきみへの宿題といったところか。だが一つだけ頼むとしたら、僕たちのことを憶えていてくれると嬉しい」

「私が、墓標?」

「いつか話したね」


 話しましたね、と私は頷き返す。


「長生きなので、あなたがたのお墓になってあげます」

「だいぶ意味が違ってくるな」

「花をちぎってそなえたり、石ころをおがんだりするんですよね? それもされると嬉しいですか」

「まぁ……うん」

「だったら人間と生きたほうが、何かと都合が良さそうですね」


 供えるのは私の頭に生えてるやつでいいかな。


「あのさ。僕としては真剣な話のつもりなんだけど」

「やかましいです。死人は喋らないでください」

「手厳しいな……」

「一緒に暮らそうと言ったあなたが、寿命を言い訳にして、責任を取らないつもりなんでしょう? 自分のお尻を拭く葉っぱも用意できないだめだめな人。むしろ優しすぎるくらいの対応なのでは?」と私は笑った。


 苦い顔で彼が同意する。


「できる限りのことはする。いつかアイルが自分の足で広い世界へ旅立つときまでに、きみが生きていく上での障害を取り除いてあげたいから」

「偏見をなくそう、みたいな?」

「そんな感じ」

「……小さいやつほど夢の規模だけは無駄にでかい。加えて馬鹿は独善を強要しがち。これはフーカさんの受け売りですがね。あまり無理はなさらないでください。……私はひとりで生まれ、独りで育ちました。この先、人の世で孤立したとしても、元の土に戻るだけ。もしも選んだ土壌の腐敗に気づいたら、そのときは運が悪かったと諦めます。ですから――」

「ですから?」

「責任を取るというのであれば、もっともっと私に構うべきなんです! あなたがたが去り、残された時間を独りで生きていけるほどの温もりを必要としています」


 私はたった独りで生きてきた魔物だ。一切の他者を必要とせず、芸術や娯楽といった無駄を楽しむ心もなかった。

 有り体にいえば孤独な生命。そんな私であるから、正直なところ、出逢いの裏に別れがあることを上手く想像できないでいる。

 別れた後のことは不思議とわかる。やまいの治療で一時的に離れるときでさえ、泣きじゃくるくらいに嫌がった。また独りに戻るのは嫌だ。生きていける、だなんて強がりもいいところだ。

 百の季節を共に数えたとして、千までは独り。思い出をかじり、寂寥の風雨にさらされる日は訪れる。考えたら泣けてきちゃった。

 いらっしゃいませ。ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております。命がこんな仕組みなら、いいのにね。


「心のどこかで、きみをあなどっていたのかもしれないな」


 そういって深く溜めた息を吐いた彼は、二人の太腿を行ったり来たりと落ち着かないケライノを肩に乗せる。他の子は人混みに散った。


「歩こうか」

「えぇ」


 高台広場を離れ、私たちも街を賑やかす足音の一つに戻る。停留所の隣に設置された望遠魔道具で塔屋看板とうやかんばんを確認し、流行りのローブいちに向かう道すがら、路傍ではね休めをする少女の可愛らしい欠伸が聴こえてきた。彼女は眠たそうにまぶたこすり、身体を傾かせて青年の腕を探していた。読書の中断を余儀なくされた青年はどこか納得のいかない顔をしていて、私はその様子にふっと笑みが零れた後、胸を焦がすわずらいのような痺れをおぼえた。


 ――なぜ私の蔓は、五つに分かれなかったのだろう。


 その瞬間においては、生物学的な要因をあばきたい意図も、進化の起源を有識者に論じてもらいたくも、魔物である生まれを嘆かわしく思う気持ちも、ましてや人間の少女に憧憬を抱いたりなどもなく、たとえば見上げた空が思っていた以上に青かったみたいな、本人の思考を経由せずに飛び出したどうでもいい感想だった。どうでもいいにしてはやけに頭の片隅に焼きついて、それに引っ張られる形でとうとう私はたずねてしまった。


「レブレさんのことはどう思っていたんですか」


 言いながら、まるで人間同士でする会話みたいだな、と嬉しさが込み上げた。


「どうってまぁ、きみの想像通りだ」

 

 曖昧に笑ってはぐらかす。明言を避けたがるのは彼らしい。


「ジェイドさんに負けちゃいましたね。フーカさんのことも含めて、二敗目」


 残ったのは私だけですね、という部分は伏せておいた。


「あぁ、完敗だ。さかのぼってみても、僕がジェイドに勝てたことは一度たりともなかったよ。どうも彼のなかでは、僕の背後に大きな虚像が見えていて、それに振り回されている。滑稽とまではいかないが、面白い男だよな」


 彼はわざとらしく降参のポーズを取った。面白い側の人間が自分を棚に上げてそんなことを言うものだから、私は耐えきれずに噴き出した。おいおい、笑うところじゃないだろう。仕方ないじゃないですか。くだらないやり取りを挟み、私は迂遠うえんながらに核心に迫る。


「これは憶測になりますが、ジェイドさんは彼女の好意に気づいていたのではないでしょうか。あなたが隠れ蓑のようなものだったとしても、それに気づかないほど鈍い人間だとは思えません」

「そうだな……。だとしたら、僕よりもジェイドのほうがレブレの身売りや、死に対する負い目があっただろうな。一度や二度、振られた程度では諦められないのは当然だよね」

「一度や二度?」

「フーカは二回ほどジェイドの告白を断っている。三回目で彼女が振り向いた理由は、ジェイドの努力が自分以外の誰かに向いたからなんだ。成長したともいうのかな。……発明家になっただろう。失魔症の人びとの一助となる科学や、魔法がなくなった後の時代を考えだした。付き合いだしたのはそれからさ」

「愛とは同じ方角を目指すこと」

「酔っぱらったフーカの決まり文句だろ、それ」と彼がおかしそうに指摘する。「酒の席に限らず、大抵の場合、発言と実態は切り離してとらえるのが人間関係のコツなんだけど、フーカはおそろしく正確に言葉通りの生きかたをする。彼女にとって、愛というものは、本当に同じ方角を目指すことだったわけだ。フーカは実験大好きだからね」

「フーカさんが大好きなのは人助け」


 手の届く範囲をまもるために強くなろうとしたジェイドよりも、今はまだ手の届かないところで助けを求める人たちを思い、冴えない発明で笑いものになるジェイドのほうを評価した。彼女が言うところの「同じ方角」とは他者を助ける道を指すのだろう。


「そうだね……フーカは、そうだろうね」と彼は二回肯定した。

「さっきから」私はねたふりをして唇を尖らせる。「フーカさんの話ばっかりでつまんないです」


 彼女に繋がるような話題を持ち出したのは私ですけどね。少しばかり理不尽だとは自覚しつつ、どうせなら隣にいる私を話の中心に置いて欲しかった。


「ごめんごめん、じゃあジェイドの話に戻そう――」


 ジェイドが初めて僕にくれた発明品はかさなんだよ。俺には小さすぎるからおまえにやる。レブレとお揃いの色でいいだろってさ。確かに機械の部分がはみ出ていて、それがあまりにもシュールで僕はお腹がよじれるかと――。

 彼がこれほど理路整然と語ったわけではなく、無意味な相槌を打ったり、言葉を詰まらせながらの表現となりがちであったが、そんなことは二の次だ。

 溜息が出てしまう。

 私か、あなたのことを話して欲しかったのに、友人の話をしてどうするんですか。レブレさんのことは、あなたを知りたくてたずねたんですよ。分かっていますか。言ってやりたかったが、楽しそうなので我慢した。

 しかし彼の立場で考えてみると、これは最後のチャンスだった。彼なりに焦っていたのだ。子ども時代に収集した宝箱の中身を自慢するみたいに、思い出を一つでも多く私に託す必要があった。

 あなどっていたのは、私のほうだった。ヒントはそこら中に転がっていた。脚が欲しい。その願いが、まったくもって無駄であったことに気づけたのは、全てがくつがえった後になる。




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