できれば綺麗さっぱりと
妊婦の
魔物の本能に
大好物の食べ物の夢。そりゃあ、嬉しいさ。だが今はそんなもの見たくなどなかった。
心は拒否しているというのに、粘液は私の意思に反して口から
動悸が止まない。
私の身体は、私が魔物であることを証明し続けている。腹の底で
……仕方なかったのだ。私は人間の命を奪わなければ生きられなかった。人間だってそうじゃないか。おまえたちも魔物を
鋭い痛みが走り、私の熱を冷ましてくれる。食いしばりに
私の
私は言い訳ばかりを探している。自分を正当化できる言葉を探すことで、ぐちゃぐちゃになりそうな精神を保っていた。しかしそのたびに自己嫌悪に
無性にイライラする。感情に呼応して全身の突起が逆立つ。ストレス発散のために暗闇のなかで手頃なものを噛み砕いた。それは激しい物音を立てて飛び散る。商品だったかもしれないと私は焦り、急いで〈夜灯〉の魔道具をつける。橙色の光が
「アイル、大丈夫ッ……?」と裸体にバスタオルを巻いただけのフーカが心配して駆けつけてきてくれた。
「私は無傷です。でも壊しちゃいました。ごめんなさい」
魔法で明かりが
「いいのよ。あんたに怪我がないなら」
彼女が指を鳴らす。乾いた音が店内に反響し、その音はやがて〈風〉になり散らばった破片を
「それはどうも……」
実用的な魔法だな、と思いながら〈風〉の働きぶりを見ていた。やがてフーカは最後の破片を
ふと我に返り顔を上げた。幼子をあやすような笑みを
「〈風〉の魔法、使えたほうが便利よね。今度教えてあげる」
「私は〈大地〉しか使えませんが……」
「生まれつきでしょう。誰かに教わったことがないだけよ。あんたらには教育という概念がないものね。アイルならすぐに覚えられるわ」
「はい、ではお願いします」
「あんたくらいの魔力量だと大体の魔法が使えそうね。……なにかリクエストはある?」
脚を生やす。空を飛ぶ。火を
今できるなら。やはり、私の
「過去を変える魔法が使えたら嬉しいです。できれば綺麗さっぱりと消してしまえるような」
すると彼女は諦念混じりの魔力の粒を発射し、私の
「無理ね。枯れた花の時間を巻き戻すことはできないわ」とフーカは半ば予想通りの答えを返したが、直後に眉間を揉んで考えを巡らせていた。「現状はね」
「現状は」と私は繰り返す。
「願いや想像は魔法の本質でもあるの。世界中の生き物が、過去を変えたいと願ったとしたら、時間遡行ですら実現するかもしれないわ」
余計に希望を打ち砕かれた気分だ。素手で雲を掴むほうがまだ現実味を帯びている。
「ううぅ……じゃあ、私の頭のなかを消すことにします」
「〈忘却〉の魔法? 確かに記憶を封印することで、間接的に自分の過去に干渉できるはできるけど、こちらもおすすめしない」
「どうしてですか?」
「過ぎたる事実をなかったことにはできないからよ」とフーカが私の目を見つめていう。「たとえ魔法で記憶を消したとしても、過去を変えたとしても。それが魔法である限り、効力には終わりが
分かっていた。魔法で変えた過去は、魔法が解けたらそこで終わり。全ては現実に戻される。それこそ夢に等しい。
記憶に関しても同様だ。魔法は、魔力という燃料を消費し続ける。膨大な魔力の塊である精霊でさえ、初歩的な魔法を永遠に維持することはできない。
理屈では分かっている。
とはいえ私にはなりたいものがあって、そのために変えたい過去がある。楽なほうに逃げるなと
「ジェイドがよくいうんだけどね。生きるとは本来、悩んで
「はぁ……」
「魔法に頼らず、アイル自身の力で解決してみせなさい。それができたら、あたしが夢を叶える手伝いをしてあげる」
「人間に擬態して生きている私がいうのもあれですが、人間は嘘つきで隠しごとばかりです。でたらめじゃないですよね」
「でたらめなわけないでしょう。魔女のあたしを信用しなさい」
「……分かりました。後半のせいで台無しですが」
「そうかしら」
惚けたふうに言い、はだけたバスタオルの位置を直す。視線が吸い寄せられる。魔物からみても完璧な曲線で描かれた美しい肢体だと思う。
強欲な私は、途端に彼女の美しさが欲しくてたまらなくなった。
「フーカさん。裸ですけど入浴はされましたか?」
入浴前。であれば、多少の汚れは差し
「すこし、後ろ向いてもらっていいですか?」
「……はいはい」彼女はめんどくさそうに答えながらも背中を見せてくれた。「で、後ろ向かせてどうしたいの」
フーカが言葉を発するよりも先に伸ばしきっていた蔓を振り上げ、無防備な背中を目掛けて一閃させる。
隙ありです。
日頃の手入れで短く整えられた荊棘の先端が、彼女の肌を覆い隠すバスタオルのみを切断した。
風圧に驚いたフーカが振り向こうとする。そうはさせるものかといった勢いで反撃の芽は
「あっ、あのっ! 失礼しますッ!」
私は、フーカの全身を文字通り丸飲みにした。事前に疑似関節を外しておいたので見た目よりも容量に余裕がある。
食べるつもりは毛頭ない。でもいきなり口内に放り込まれた側に伝わるわけがないか。
私のなかでもごもごと動く。無意味な抵抗が愛おしくなってきて、私はフーカ入りの
「なにすんのよ! いい加減にしろッ!」
魔法でこじ開けられ、粘液でべとべとの一糸まとわぬフーカが鬼の形相で
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