フーカさんを知りたくて
私を連れ出したフーカが向かったのは、マナの木の並木道を抜けた先の「イバ商店」だった。
個人経営の店らしく一般家屋の
灰とイグサの香りが入口にまで
「なにを買いにきたんですか?」
主に樹木種と称される魔物の生育に必要な
買い物に付き合ってもらうとは言っていたが、肝心の目的を知らされていなかった。
「あんたの首輪でも買ってやろうかと思ってね。いつまでも違法飼育じゃ、立ち行かないでしょう」
「そういうことでしたか」
許可証付きの首輪が手に入れば、私たちは日陰でこそこそとした生活を送らなくてもよくなる。
しかし、意外だと思った。
彼女は何かしらの魔物を自家栽培するつもりで、それでアルラウネである私の知恵を借りるべく同行させた、と予想したのだが違ったようだ。
「許可証付きなら首輪じゃなくてもいいけどね。アルラウネ的にはどんな拘束具をご所望で?」
「望みといわれましても」
もとよりアルラウネは生粋のナチュリズムだ。着たい服も付けたい拘束具もない。第一、拘束具を付けて欲しがる魔物はいない。
蔓性植物の要素を含むので、支柱に
「さすがに紐はないわ」
「ですよね」
魔物の皮膚組織を繊維状に引き伸ばして
浅く息を吐き、イバのほうを見やる。さっきからこちらに向けられる視線が
「あんまりじろじろ見ないでくれる?」とフーカがいった。腐肉にたかる昆虫を追い払う際に浮かべるような表情だった。
我に返ったイバが自身の下顎を
「……すまねぇな。野生種のアルラウネを連れてるやつを、こないだ見かけたばかりでね」
思わず、それは私です、と答えかけて
「ふうん、アルラウネにおすすめの首輪があればいいんだけど」
「それなら天然素材の首輪がおすすめだ」イバが腕を振ると、端のほうの売り場が
「あんたも使ったじゃない……」
呆れた口調になりつつも、フーカは店のルールに従い〈浮遊〉を解除する。私は遠慮がちに
久しぶりに若い女の肉が食べたい。なんていう劣情(魔物としてはこれがしっくりくる)を
「
「この子は無害よ。人
フーカに
「ワタシ、ヒト、スキデス」
「お嬢ちゃん……でいいのか? あんたは昔、誰かに飼われてたんじゃないか。その姉ちゃんには
魔物に関わる魔道具の売買を
「え、あんた、あたしに懐いてなかったわけ?」
それなりに顔合わせてるんだけど、と彼女は不満げに唇を
私にとっていい人間であったとしても、いつか彼を取られるのではないかとはらはらする
「ワタシ、フーカサン、ダイスキ」
「あたしのことは食べようとしないもんね」
「肩に唾液ついてるが」
すかさずイバが突っ込む。
「あんたねぇ、これ
「ぐうぇッ……」
アルラウネの
「
イバは説得を諦めたようだった。賢明な判断だ。フーカにしろ、彼にしろ、基本的な恐怖心が欠落している。
彼はともかく、フーカは魔物との線引きを
杖を握ったままだったということは、何かあれば魔法を使用する意思の表れだ。彼女は本心から私を信用していない。反撃の可能性を想定し、
それからフーカは適当にシンプルなデザインの首輪を掴み、「これでいい?」と私に
控えめに頷き、値札をみてから仰天する。ひと言でいうと私の身体よりも高価だった。これでは違法飼育の一つや二つしてやりたくもなる。魔物の飼育が金持ちの道楽といわれる
二人で顔を
「トールストン製の新作ならお試しで無料にしておくが……」
以前と同じ提案をする。商人は利己主義の権化であるから、イバが不利益を
わずかな商機すら逃そうとしないあたり、とりわけイバには食肉植物の
「いいの? 魔法が〈解呪〉されてるみたいだけど」
イバの差し出した首輪を受け取ったフーカが、それを指の腹でなぞりながらいった。
今度はイバが顔を
「マジか」
「マジよ。嘘ついてどうすんの」
記憶が正しければ、〈戒律〉の魔法がかかっている首輪だったはず。魔法が
手元にある〈識別〉の魔道具で首輪を調べ、彼はがしがしと頭を
「……今まで気づかなかったぜ。まだ一個しか売れてないのが幸いだが……」
未だに半信半疑といったふうにイバがいった。
「禁術の
もし首輪に使えば魔物は野生を取り戻し、建物に使えば崩落してしまう。レプリカとも呼ばれる、〈復元〉によって修復された四肢や臓器がある人間に使おうものなら、直ちに致命的な結果をもたらす。
「やー、でもこいつ、師団が仕入れてきたモンだぞ」
イバは不機嫌に腕を組んで反論する。ややあって、フーカは
「どうもこうも、師団の上のやつが、捕獲用に開発したものを使ってみてくれとおれに言ってきたんだ。しかもそのうちの一個をわざわざ自分で買い取ってな……目ン玉飛び出るぐれえの値段でよ。おかげで無料配布ができたわけだが」
いかにもきな
「ひょっとして、あんたの店、
「そうだ」
「利用されたんですね」と私が口を挟んだ。「魔力の痕跡を消すために」
複数の人間を経由して魔力の痕跡を消そうとするのは、魔術に
「
「顧客情報は漏らせねぇよ。こっちは信用で食ってんだから」
「あのねぇ……最悪、あんた
彼女は
悩んだ末に観念したのか、イバは無精
「……バルタザール卿だ」
聞き
「あー……納得いったわ。黒い噂は聞いてたけど、まさか首輪に細工をしてたとはね。魔獣テロでも起こす気なのかしら」
「なんでもいいが首輪規制は
「お金に目が
「〈闇〉といえば」
半年前に私たちを尾行したのも〈闇〉の魔法で生み出された使い魔だった。偶然にしてはできすぎか。
「クエレも面倒な魔術師に目を付けられたものね。ま、ここで許可証を頂戴すれば、心配する必要なくなるんじゃない?」
その言葉に
「……気になることがあります。私が
「それはあんたの識別能力が鋭敏すぎるせいで起きた、ただの勘違い。残り香みたいなものに反応したんでしょう」とフーカがいった。「裏を返せば、この首輪が第三者の手によって〈解呪〉されているのは間違いなさそうね」
「フーカ・エリクシャ。名前くらいは知ってるでしょう」
私に名乗ったときと変わらない音調で、なんとなくそれに頬が
「あぁ、魔法薬のか」とイバが間の抜けた声でいった。「……あんたも苦労してきただろ」
「べつに。大した苦労はしてないけど」
「そうかい、ならいい」
短いやり取りを終えて、結局、識別代金ということで旧式の首輪を無償で
何にせよ、これから私たちは大手を振って
彼女の背中でひとり盛り上がっていると、フーカはやれやれと溜息を
「アルラウネ
いえ、流行ってはないと思います。彼がアルラウネ用の商品を仕入れない未来を願うばかりだ。
*
帰りがけに私は、ある事柄について
「……あの。フーカさんの名前のことで、人違いなら失礼なんですが、新聞にも
賢者の
「あたしのお母さんが魔法犯罪者なのは事実よ」とフーカは簡潔にいい、からかうみたいに口角を上げた。「魔物のくせに人間を気
過去に毒性の強い魔法薬を
「気遣ってはないです。人食いの私にとってはどうでもいいことですから」
「なんで
「フーカさんを知りたくて」
私は魔物でありながらフーカに
「ほんとは肩身の
ふたり、というのは彼とジェイドを指しているのだろう。
「自分で言いきりますか……可愛いのは認めますけど」
しばらく
「アイル」
彼女に名前を呼ばれるのは初めてで、わけもなく緊張する。
「はいっ……」
「あんた、夜ってどうしてるの?」
「どうしてるとは」
「クエレと一緒に寝てるの?」
「寝てます」
「毎日?」
「毎日です」
「舐めたりしてない?」
「えっと、まぁ、たまに……」
「そう……」
フーカの表情に
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