あなたの考えそうなことですよ
「ジェイドさんはどうして身体が機械なんですか」と風呂上がりの私はいった。
脱衣所の清潔なバスタオルで全身の水分を
人間は入浴の際に
かくして人生初入浴となったわけで、非常に気持ちの良い体験をさせてもらった。植物用石鹸のふわふわとした香りが私は好きだ。さっぱりして生まれ変わったような感覚が
汚れを落とす目的にしては過剰で水が
「ま、よくある事故だ。おまえみたいな魔物に身体の
ジェイドはこちらを見向きもせず、がらくたみたいな金属片をこねくり回している。
私はあらためて容姿をみる。
巨大な金属の右腕に気を取られてばかりいたが、鼻や耳、
「……食べ残しが多い魔物ですね」
「まったくだな。食うならもっと上品に食べやがれっての」
肩を揺らしてジェイドが笑う。全身の金属が、がちゃがちゃと
「医療に
「俺は
「偽物の身体、ですか」
「ジェイドは魔法を信用してないんだ。確かに魔法で失った肉体を復元させることはできるんだけど、それが本物の肉体になるわけじゃないのは、アイルもわかるだろ」
彼が補足した。慣れた手つきでジェイドの助手をしている、というよりジェイドの隣にいる彼がとても自然だった。
この二人も長い時間を共にしてきたのだと私はなんとなく思う。
「まぁ……」
魔法は万能だが完全ではない。たとえば魔法で臓器を復元した場合、それは厳密にいえば臓器の形と機能を持つ魔力なのだ。
もしも他者によって
「にしてもジェイドは馬鹿だよなぁ……解呪されるなんていう
「はっはっはっ! 俺の見てくれは本物の
「全然自慢するところじゃないですけどね。あなたたちが友人になれた理由は、わかった気がします……」
「まるで僕も変人みたいな言いかたはよしてくれ」
「あ、自覚なかったんですね」
むしろ出逢いから今の今まで、変だと思わなかった日は一日たりとてないのですが。
「自覚なしは重症だな。
ジェイドの生身の
その
「ジェイドさん。真実を教えてくれませんか?」
これはたぶん、私が魔物だからこそ
「おう、どうせ
「……楽しみです」と絞りだすような声で私はいった。「あなたはどんな味がするのか」
それ以外に人食いの私から掛けるべき言葉が見つからなかった。
溶断やら
どこに行っても
防音壁に
人間の少女がいる。
両腕の
フーカの魔法が切れかけているのか、髪の毛の半分が元の花弁に戻ってしまっていた。
「なんだ、人間のままがいいのか?」
背後からジェイドの声がした。人間の足音に気づかないほど、私は鏡面上の少女に夢中になっていたらしい。
「……はい」
人間だからいいのではなく、彼と同じだからいいのだ。彼が〈
「これでいいか?」
ジェイドがおもむろに杖を振って魔法を重ねがけする。
鏡に映った少女の変化に、私は絶望した。絵心のない人が
「いいわけないでしょう」
「でもあれだ、持続期間はフーカの三倍あるぜ」
「クオリティは十分の一以下ですけどね。ていうか、この下手くそな髪が三倍も続くとか嫌がらせの領域ですが?」
魔法を台無しにされて私は
天才の基準を周りに当てはめてはいけないのだと私は学ぶ。
「わりぃな、ほら、俺の発明品をやるから機嫌なおせ」
ジェイドが交差する刃のついた道具を渡してくる。
「なんですかこれ」
「こいつは
「ごみですね」
「ついでにいうと、
彼が優しい口調で追い
「うぐッ……だがこれはほんの序の口だぜ。ここにライターってのがあってだな。〈火〉を使わなくても……」
「魔法のランタンのほうが優秀ですね」
「
「風速二メートルといったところですか。これ手回しですし、
不毛なやり取りを何度か続けた後に、ジェイドは奇妙としか形容できない機械を持ち出した。
それは木製の台に固定したハンドル付きの銅板を、U字型の磁石に挟ませた構造の機械で、何をするのか皆目見当もつかない。
「完成したてのとっておき……世紀の発明だ。こうやってハンドルを回すとな、微弱だが〈
「やはりそれも魔法でよくないですか」
「わかってねぇな。これは始まりに過ぎないんだぜ。今はガキの魔法にも劣る性能だが、もっと技術が進歩すりゃあ、失魔症の人間にも魔術師みてえなことができる世界が来るかもしれねぇ」
「失魔症の人間にも」
私は彼のほうをみた。彼もおどけずに耳を
「それにだ、真面目な話をするとな、失魔症って病気が
ジェイドの勢いに
とんだ狂人だ。馬鹿で、聡明で、温かみのある狂人だ。
「優しい男なんだよ、ジェイドは」
そう
「クエレ、どうした急に。気持ちわりぃ褒めかたしやがって」
彼は
「僕のせいなんだ」と声を
「その話は忘れろといっただろ」ジェイドが怒気を
「フーカと付き合ってからのきみは幸せそうで嬉しいよ」
「……嫉妬くらいしろよな」
してやれよな、とも聞こえたような気がした。
私は蔓を巻いて思考に
付き合う。人間が扱う理解不能な単語の一つであり、世界中でそれを主題とする退屈な物語が数多く書かれていた。
信じられないが人間という生き物はたかだか生殖行為を行うまでの過程で非常に面倒な手順を踏む必要があるのだ。
要するに
相手に
それは一途さだったり、奔放さだったり、タイミングだったり、年齢だったり、共有した時間の長さだったり、愛とやらは不定形な感情だ。
無差別に花粉を飛ばしたり、地下茎を分裂して数を増やしたりする私たちとは進化の道を
たった今、この生き物に
「――それで、あなたは食べられたがっていたのですか」
「なんのことだい」
「あのとき食べられるべきは僕だった」と私は彼の声色を
いつもは
人間は理解できないけれど、理解できないあなたを私は理解している。だって
魔物
フーカやジェイドのそれには勝てないかもしれないが、私は彼のことを考えて過ごしてきたのだ。
同時にこうも思う。あぁ、今まで彼は私を
全てがそうだとは言わない。
だけど、私のことを自分の過去の
その事実が、どうしようもなく私を失望させる。
――果たして。
これは失望なのだろうか。
であれば私は彼になにを望み、一体なにを
「肉食のアルラウネか」ジェイドも悟ったふうに顔を
巨腕に
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