一撃でぶっ飛ばします


「アイル」


 呆気に取られる私の意識を現実に引き戻してくれたのは、彼の声だった。〈地図〉を開いてみると、どうやらここは建物の内部らしかった。

 凹凸の激しい形状の建物だが一本道でつながっており、片方の壁にはステンドグラス風の窓に西日が差し込んでいて、もう片方は鉄格子付きの窓と頑丈がんじょうそうな扉がいくつも取り付けられていた。その鉄格子の窓の向こうには自然を切り取ったように広がる空間が見え、私とは桁違けたちがいに濃密な魔力を感知する。


「あぁっ、はい」


 ふと、私は自分の足元に視線を落とす。

 大地を踏みしめた感覚。かかとが浮き上がる感覚。つま先でり上げる感覚。一連の動作をよどみなく実行できた自分。違和感の連鎖と自由を手にした解放感に、私は高揚こうようしていた。


「歩きにくいかい?」と彼は心配そうに声を掛けてくれた。

「いえ、慣れないだけでいい感じですよ。……それより」


 明らかに人為的に造られ、維持されている庭園を指差していった。


「ここは〈精霊園せいれいえん〉だと思う。前にフーカたちと来たことがあるんだ」


 精霊がいることを伝えようとしたタイミングで、彼がいう。


「精霊園ですか」

「そう。アイルは精霊っていう生き物……存在は知っているよね?」

「はい」


 精霊は膨大な魔力に魂が宿ったいわば魔力集合体のような存在で、体内の九十八パーセント以上を魔力がめるといわれている。彼らを生命と定義できるかは怪しいところだが、わずかな知性と「死」という概念を持つため、人間は生命に分類していた。

 もっとも魔物は精霊を「意思のある魔力」くらいにしか認識していない。


「精霊は数ある生命の中でも保有する魔力量だけは群を抜いている。たぶん、最下級の精霊でも、街のすべての人間のいとなみに必要な魔力をまかなえるくらいにね。それなのに精霊は魔法を使えない。どういうわけか彼らは脅威にあらがすべを持たないんだ」

「言われてみれば、精霊の魔法を見たことがないです」


 私は、〈ウンディーネ〉という水の精霊が暮らす霊槽れいそう(精霊用の水槽)をながめた。

 霊体である精霊の目視はできないが、絶えず漏出する魔力がその存在を確かなものにしている。この魔力を全て〈水〉の魔法に変換したとしたら、先日の山火事など一息で消してしまえる。森や大地の精霊にしてもそうだ。彼らは災害に抵抗しる力をめていながら燃えてしまった。知性がとぼしいため、魔法を獲得できなかったともいえる。


「人間は魔法を使えるけれど、個人では扱いきれない魔法もたくさんある。だから精霊の力をわけてもらう代わりに、僕らは精霊園――精霊保護区域エレメント・サンクチュアリ――をもうけて彼らの安全を確保し、住みやすい環境を整える契約をむすんでいる」

「相利共生みたいなものですか」

「まぁそんなところだ。そして大勢の人々を納得させるには、精霊はかよわい生物である、としておいたほうがいいんだ。だから精霊は、人間にとって都合がいいからそう分類されているだけの、便宜上の生命に過ぎない」


 人間は自分たちの縄張なわばり、すなわち土地を他者に譲渡することを極端に嫌う傾向があったな。

 精霊は庇護ひごすべきはかない生き物である、としてしまったほうが民衆の同情を誘いやすく、そのためだけに無理やり生命だと主張されているわけだ。

 不憫ふびんには思うが精霊側にもメリットがあってのこと。一部のアルラウネが行う、利益を得るどころか宿主の命すらむしり取る寄生よりは良心的だろう。


「人間は」と私がつぶやいた。「魔法を使えない同族は見捨てるのに、精霊は保護するんですね」


 皮肉のつもりはなかったが、皮肉めいた言いかたになってしまった。彼が表情をくもらせたのをみて、傷をえぐってしまったと後悔する。


「ごめんなさい、あなたを傷つけたいとかではなくて……」


 別に、私は彼が魔法を使えなくてもよかった。弱い生物は弱いだけ。それ以上でもそれ以下でもない。

 けれど人間は違うのだろう。きっと弱いことは同胞に見捨てられ、さげすまれるに値するほどの悪なのだ。

 ……いいや、それは正しい。アルラウネも同じだ。私が魔力とあぎとを失えば、とてもじゃないが自然界では生きられない。弱いことは生きることを許されざる巨悪である。


「見捨てられてなんかないさ。僕が生きているのがその証拠」

「そう、ですね」


 たとえ貧困に追いやられたとしても、生かしてやるだけ人間は同胞に優しいのかもしれない。


「人間をね、ある一つの方面のみで語ろうとすると必ずほころびが生まれるんだよ」と彼がさとすようにいった。「なぜなら人間という糸は多方面からぜになっていて、どれもが少しずつほころんでいるからね」


 彼が何を言っているのかさっぱりわからなかったが、私よりもずっとながく生きているみたいに感じさせられた。

 私たちの視線が鉄格子の窓の隅に吸い寄せられる。ぐねぐねと不規則に揺らぐ影が張りついている。

 まだ話していたかったが、一旦お預けのようだ。


「あの使い魔がいますね。フーカさんの魔法が読まれていたようです」と私はしらせた。「〈大地〉で散らしましょうか」


 使い魔は人間じゃない。

 ならば、傷つけてもいいということだ。今は魔法で人肌になっているが、あぎとがあるはずの背中がうずいた。


「いや魔法はやめておこう。精霊は魔力のかたまり……天然の爆弾みたいなものだ。万が一、誘爆したときに予想される被害規模が甚大じんだいすぎるあまり、精霊園での魔法の使用はきんじられている。それだけならいいんだけど、違反すると警報が鳴って師団の精鋭部隊が投入される」


 私がいくら捕食に特化した個体とはいえ、魔術師の精鋭に囲まれてはひとたまりもあるまい。


「それはまずいですね……でもちょっと待ってください。今、相手が魔法を使っているのならば、警報が鳴るはずでは?」

「うん。これでわかったことがある。追手は師団所属の魔術師で、しかも精霊園での特権を与えられるほどの人物だ」

「術者はひとり、というのも追加ですね」


 もし部下をひきいているのなら、部下の魔法に反応して警報が鳴るはずだからだ。

 しかし妙な話だ。単独行動であるにしても応援を要請すればいいだろうに、それをしないのは不自然ではなかろうか。


「ひょっとするとアイルの違法飼育を取りまるのが目的じゃなくて、個人の事情で動いているのかもね。もしくは呼べない規定があるとか。どちらにしても僕らには好都合だよ」

「都合の悪い状況なのは変わりないですがね……」


 敵が一人なのは不幸中の幸いだが、こちらも魔法を制限されるのは痛い。


「フーカの狙いが裏目に出てる」


 苦々しく吐きだす彼の言葉が重たくのしかかる。

 フーカが〈座標〉の転送先を精霊園にしたのは、術者を罠にめるためだったのだろう。敵の実力を見抜き、えて魔法の禁じられた場所を選んだ。先に魔法を使わせることで、逆に師団に捕まえさせようといった具合に。

 だが敵が特権を与えられた魔術師である以上、彼女の策は私たちを窮地きゅうちに立たせる悪手となった。


「とにかく走りましょう!」


 いいながら彼の腕をつかんでみた。人間の姿になって初めててのひらで他者を掴んだ感触はなんというか、とても不思議だった。


「そうだね、僕らにはあしがある」

 

 彼がいい、するりと腕を抜いた。不思議な感触が消え、何となく寂しさにひたっていると彼は力強く私の手をにぎった。

 手の甲に触れる指先の温度がひどく熱かった。でも汗ばんだ二人の体温が溶けあって肌に馴染なじんでくる。

 蔓を巻きつけるよりは、いいな、なんて思ったり。


「影たちは窓に張りついていますが、こちらには来ませんね」

「すり抜けられないのかな」

「……左に曲がってください。その次は直進です」

「了解した」という彼は何かをひらめいたようすだった。「そうか! 僕たちは回廊内部にいるんだ!」

「それがなんですか」

「この回廊は精霊園を一周するように作られた通路なんだけど、膨大すぎる精霊の魔力を遮断するために竜の鱗を素材にしている。それで、園内の使い魔はこの壁にはばまれているのさ」


 竜の鱗は一切の魔法を受けつけない。礼拝堂で彼に教わった知識だ。それは魔法によって生み出された使い魔であっても同じ。


「じゃあ、フーカさんは」

「天才ってことだね」


 私たちの転送先が読まれ、敵が上位の魔術師であっても関係なかったのだ。互いの魔法が無力化されるなら戦力は拮抗きっこうしている。術者と相対しても膂力りょりょくで人間を凌駕りょうがする私のほうが有利かな。

 

「……上からはれてきてますね。気持ち悪い」


 雨漏りをするように天井から液状の影がしたたり落ちてつぶれている。


「僕たちが移動してこられたように、出現させること自体はできるのだろう」

「もがき苦しんでいるうちに逃げましょう」

「そうだね。あれが厄介な魔法だというのは、僕にもわかるし」


 苦しそうにうごめくだけの影を睥睨へいげいし、私たちは走った。人間初心者の私はぎこちない走りかたをしていたが、それでも彼に追いつけるくらいにはあしを使いこなせた。

 回廊を抜け、精霊園を脱出すると黄昏たそがれに眠りゆく街並みが広がっていた。

 通りにあらわれた影の使い魔も私たちを歓迎してくれた。かろうじて人型を保っているが、キャンバスに絵の具をぶちまけた失敗作の肖像画みたいだ。


「外にもいましたか」

「待ち構えていたみたいだね」


 そして驚くべきことに、〈人型〉は緩慢かんまんな動きのわりには素早くこちらに肉薄する。


「私に作戦があります」

「なんだい?」

「一撃でぶっ飛ばします」


 つないでいない左手を地面に向け、魔力をき放つ。てのひらから大気を揺るがす衝撃波が発生すると同時に、フーカのかけた魔法が解除されてつるに戻った。

 石畳のみちむごたらしくめくれ上がり、飛び散った砂塵がうずを巻きながら無数の槍へと変貌する。

 大地の槍は生き物のようにうねり、〈人型〉を宣言通り一撃で穿うがった。


「……頼りになるよ」


 彼は、不気味に黒ずんだ身体を破壊されてたおれた使い魔を見つめていった。


「まだですね」と私は警戒けいかいする。ひざより上部を失っていたはずの身体が再生していき、すぐに元の〈人型〉に戻りつつあった。「あれに物理的な攻撃はいてないみたいです」

「夜は〈闇〉を強くするから、その影響かな」

「でしょうね」


 だから闇使いは嫌いなんです、と私は毒をいた。闇をはらう魔法は私には使えない。とすれば、残された選択肢は一つだけ。


「全力で走ろうか」


 そういった彼がつないでいる手に力をめる。肌を包んでいる熱が次第に増していった。


「えぇ」


 彼の落ち着いた声が無性に腹立たしい。はずなのに、魔法をかけられたみたいに力がみなぎってきた。

 うっかり彼の手を潰してしまわないよう、細心の注意をはらって優しく握りかえす。

 精霊園は人々が近寄りがたい場所であるためか、人通りは少なく、街灯の薄明かりが足元を照らすのみだった。

 私たちは更に闇の深まる路地裏をけた。まばらではあるものの、できるだけ人を巻き込みたくないといった彼の提案だ。他人の安全を配慮する余裕はないのだけど、それに従ってしまう私も大概である。

 走りながら、魔法の力で建物の両壁を引きがし、瞬時に結合させることで背後のみちを塞いでいく。


「時間稼ぎになればいいですけど」

「あれ変じゃないか」


 結合させた煉瓦れんがの壁から黒い影が染み出してきている。同様に側壁からも不気味な〈人型〉があらわれた。


「ほんとしつこいですねえ」

「やっぱり通りに出よう。このままじゃあ、捕まってしまう」

「あそこ、見てください!」


 無人の蹄獣車を発見し、私たちは乗り込む。彼を荷車に乗せ、もちろん私が乗獣する。

 荷車を牽引させる蹄獣ていじゅうが二頭いたので私は右腕もつるに戻し、あぶみに足を掛けると、二本の蔓をむちのようにしならせて殴打する。

 するとくつわんだ二頭の蹄獣が大きくいなないて駆け出した。やはり魔獣の脚力は偉大で、影の軍勢を一瞬で後方に引き離す。


「これ盗んで大丈夫かな」

「緊急事態なので。あと私、捕まったら殺処分ですからね。盗んだところで痛くもかゆくもないですよ」

「そうだね……ひとつ言ってもいい?」

「なんですかッ」


 蔓を振るいながら返す。蹄獣の振動でがたがたとくらが上下しているので、声が震えた。


「僕、いま凄くどきどきしてるんだ。人生最高の瞬間かもしれない」

「よかったですねえッ!」

 

 このまま振り落とされて死んでしまえばいいのにと思った。けっこう本気で。


「アイルッ! 前に壁が!」 

「〈地図〉によるとここの壁は薄いので……突っ込んで破壊します」

「正気か?」

「正気です」


 そびえ立つ壁をにらんで私はいった。フーカの地図とはルートが異なるが、この壁さえ破壊できれば最短距離で到着する。その場での判断を私に任せてくれたのだ。何も恐れることはあるまい。

 背中のあぎとを元に戻し、二頭の蹄獣が正面から壁に衝突する寸前、自分でもわけのわからない言葉をわめいて突き出した。凄まじい破壊音と衝撃があぎとを通して伝わり、意識が飛びかける。

 けよりも願いに近い感覚のなか、雪崩なだれ落ちる瓦礫がれきが視界をめていた。

 二頭の蹄獣がひと際大きくいなないて転倒する。私たちはす術もなく投げ出され、バウンドを繰り返して側壁に激突した。


ったぁ……」


 私はよろめきながらも身体を起こす。痛みは生の証言者だと実感する。彼も流血していたが、大事に至っていない。安堵のため息がこぼれる。

 蹄獣も自力で立ち上がれたようだが、荷車は壊れてしまっていた。これで帰り道は軽くなったのだからいいだろう。

 彼らがほんの少しでもおびえていたら、私たちは瓦礫の下敷したじきだったはず。


「あなたたちのおかげで助かりました」私は二頭のいさましい蹄獣に礼をいった。「主人のところに帰りなさい」


 それぞれの頭部に蔓で触れ、魔法をかける。淡い光をびた蹄獣はやれやれとばかりに蹄鉄ていてつを踏み鳴らし、並んで帰路にいた


「〈地図〉の魔法だろ。アイルも使えたのか」

「はい。大地との関わりが深いので私にも使えます。……真似してみただけですから、フーカさんほど正確にはできませんが」

「それでも凄いよ」と彼が私の蔓をつかんでいう。「アイル。本当にありがとう。きみには助けられてばかりだね」

「感謝してください」


 一度いてしまった魔法はかけ直せないので、それがちょっとだけやまれた。

 二人とも助かったのだから贅沢ぜいたくな悩みだ。

 そこからは負傷もあって、とぼとぼと道なりに歩いていたのだが、使い魔で捕捉ほそく可能な距離を超過したらしく一向に追いかけてくる気配はなかった。

 そんなことより――。


「さっきから魔物けの結界……もう吐きそうです」


 十五分ほど前に辿たどり着いた錬金街一帯に張りめぐらされた結界に接触して以降、私の気分は最悪だった。

 錬金街とは主に魔道具を製造する工場地帯を指すのだが、知性ある魔物の侵入を阻止そしする厳重な魔物除けの結界があり、しっかりと私に機能している。


「ここで休んでていいよ。ジェイドの家にはすぐ着くし、僕が結界を弱めてもらいに行くから」

「いえ、そこまでは……こうみえて私、つよいので」


 朦朧もうろうとした意識のまま強がったが、正直、限界だった。脚の力が抜け、倒れそうになった身体を支えられる。

 彼だと思ったが、なにかごつごつとした金属の腕に支えられていた。


「おまえ、死にそうだな」

「な、な、誰ですかッ!」


 飛び退きざまにあぎとを構える。 


「魔物のガキがさわぐな。周りが気づくだろ」


 といい、男は金属の巨腕で私のあぎとを掴んだ。思いがけない怪力によって私の捕食機構は封じられてしまう。


「ジェイド。久しぶりだね」


 そんな金属男に親しげな声を掛けたのは彼だ。


「あぁ……いや誰だおまえは。俺はおまえと会うのは初めてだが」


 ジェイドと呼ばれた男は眉をひそめ、私の顔をまじまじと観察している。


「クエレだよ。あと僕はこっちだよ」と彼は金属男の肩を叩く。

「わりぃ、クエレか。そっち側はみえねぇんだ」とジェイドがいった。「壊れちまってるからな」

 

 ジェイドは生身のほうの手で自分の左眼をえぐり出した。これも金属製の義眼で血の代わりにたばねたコードのようなものが眼窩がんかから垂れた。


「調子はどうだい」と彼がたずねる。

「まずまずだ。今日は小便の最中に股関節の螺子ねじが外れやがったせいで、俺の下半身と床が大惨事だったけどな」

「きみの排泄はいせつ事情まではいてないよ」

「……おまえらの話はフーカの使い魔にしらせてもらった。しつけのなってない魔物を飼い始めたんだってな」

「聞き捨てならないこと言いましたね?」


 躾のなってない魔物とは失礼な。フーカのことを見直しかけていたが、彼が死んだら弔事ちょうじ晩餐ばんさんにしてやろうと決めた。


「この子はアイルだよ。仲良くしてくれると助かる」


 ジェイドに紹介し、私をなだめようと群青の髪をいた。仕方ないといったふうに、金属の腕があぎとから離される。


「おまえらを俺の家……工房に連れていってやるが」ジェイドが疑いの目を向けてくる。「特に魔物女、俺の発明品を壊したりするんじゃねぇぞ」

「壊しませんよ!」


 私が声をあららげていうと、ジェイドが無造作に生身の腕を振るった。周囲の結界が消え、私の息苦しさもなくなった。

 怒られちまうなァ、と彼はぼやいて強力な闇ばらいの結界に張り替える。もうこれで〈人型〉に狙われる心配はない。

 ジェイドの工房は徒歩で五分もかからない場所にあった。錬金街に到着するまでに三時間以上は経過しているので、フーカの店からはかなり遠い。しかし大抵の人間は〈飛行〉を習得しているはずだから、今夜の大移動は、彼らに言わせてみれば近所を散歩する程度の距離なのだろう。移動一つをとっても失魔症であることが不利に働くいい例だ。

 開錠された扉の鍵穴をみて、おや、と私は思う。金属部分がびていた。それどころか建物全体が自然の摂理せつりしたがって劣化している。自分の巣を魔法で保護しないとは珍しい人間だ。

 工房の夜でもわかるほどの赤びと排気ガスにまみれた煙突が、この魔力臭い街では異質だった。

 

「お邪魔します」 


 といって彼が工房の扉を通った。ならって私も中へ入る。


「おい、魔物女」といきなりジェイドに呼び止められた。彼は私のローブの袖をまんで匂いをいだ。「泥臭いぞ。風呂入ってるか?」

「アルラウネは入らないですよ」

「うちに植物も洗える石鹸があるからまず風呂に入れ。俺は生き物の汚れが大嫌いなんだ」

「わかりました」私は先に入った彼を思いだしていた。「……人間はいいんですか?」


 ジェイドはすこし考える仕草をする。


「人間はいいんだよ」とジェイドはかすれた声でいった。「人間の汚れは、洗っても取れない」




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