幕間 幕間 嫌いだったはずなのに
幕間 ー1
「俺は認めません。兄上が宗教を
「冷静になれテオフィルス。少なくとも、私が生きているうちはない。ナミヤ教は信者も多く、団長と聖女を中心によくまとまっている組織だ。しかしその教義も実態も、我々王家を
兄上との会話を回想しながら、俺はセルマの顔をぼんやりと
セルマは
あの
俺は正直、ナミヤ教を
セルマの力は
その考えがひっくり返ったのは、クヴァーン
悪魔祓い自体は俺もそれまでに何度か同席していたので、手順などは理解していた。
いつもなら、口上の後にセルマが対象者の
悪魔は見えない。でも、セルマには見えている。そういうものだとみなが言うので、俺も自然とそう思うようになっていた。
ところがあの日は
初めて見た異形、つまり悪魔。修道
だとするならば、この
セルマだけが持つという聖なる力なら、倒せるのではないか。だから俺は彼女を頼った――が、セルマはそんなもの持っていなかったのだ。
虹色の瞳と
俺は
――聖なる力がないのなら、最初からそう明かせばいいものを。
セルマに
俺はセルマに頼ることをやめた。そして一人で悪魔に
『テオフィルス、あなたに力を
耳鳴りのようでもあり、鳥のさえずりのようでもあり。あるいは、無音。
『その力は
――女神ヲウルだ。
俺は直感した。セルマにはない聖なる力を、女神が俺に授けようとしていると。
俺は信心深い信徒ではなく、入信してから日も浅い。もっとふさわしい者がいるだろうに、なぜ俺が選ばれたのか、正直今もわからないままだ。
『あの子は誰よりも
セルマ。
女神はたしかにその名を出した。セルマを守るため、俺は女神に力を
かすかな
通常ならばあり得ないことだ。
しかし俺は落ち着いていた。何が起こっていようとも「そうか」と自然に受け止めることができた。そして、修道騎士が
剣を握る手に力を入れ、一歩
なぜ? ――と、
――なぜ俺が聖なる力を得たのか。
――なぜ女神からセルマの名が出たのか。
――なぜ女神はセルマを「救ってくれ」とこの俺に
セルマは聖なる力を持たない。聖女としての三要件を満たさないのに、それを
つまり詐欺師だ。その詐欺師を、どうして女神は救いたいのか。
聖女を
ところがセルマは反省するどころか、俺を
王宮にいたころのトラウマのせいで、俺は女性が苦手だった。会話するくらいは問題ないが、近寄られるのは受け付けない。
セルマはそれを知ってか知らずか――打ち明けた覚えはないが、
王弟という身分にも
だというのに、キス。
不意をつかれた。セルマの
セルマはそのキスを『祝福の
俺の母はあの悪名高きテレシア・トーヴァ・レグルスだ。売国貴族の言葉に
その血を
しかしセルマのせいで、俺は己の決めたことを
セルマの言う通り、俺がいくら真実を語ろうと、国民は信じてくれないだろう。必死になって説得にかかればかかるほど、国民は俺の言葉を噓だと思うようになる。そして出来上がった「噓つきの王弟」は、いずれ国王を困らせることになる――。
どうしてこんな詐欺師のことを、女神は救えと言うのか。悪の道から救えと言うなら、すでに
セルマへの見方が変わったのは、その後だ。
あれは、クヴァーン
俺はその待ちわびる様子すらまやかしなのでは? と疑っていた。初めて悪魔に
負傷者はみな気を失っていたから、セルマの
修道女たちに再会すると、セルマは
だが、俺は騙されない。あのセルマのことだ、きっと演技に違いない。
セルマたちの会話を聞きながら、俺は彼らを
――そなたらが
――慕う相手が悪かったな。そもそも、セルマが本物の聖女だったならば、そなたらに
「あなたたちを守れなくてごめんなさい」
二人を
――どの口が言うんだか。最初から守る気などなかったくせに。
彼女らが危険な目に
しかし修道女が否定する。
「とんでもない! セルマさまは悪魔を倒してくださったではありませんか!」
――悪魔を倒したのは俺なんだが……。
誰かに褒めてもらいたいわけではないが、俺の功を
ついには修道騎士のエイギルも便乗して
「あの時、セルマさまが悪魔を部屋の外へ
「…………?」
――今、なんと?
理解するのに時間がかかった。
――そんなまさか。セルマが悪魔を部屋の外へ誘導?
直ちにセルマの反応を確認したかったが、あいにくセルマは俺に背を向けており、顔を見ることができない。
部屋の中には俺とセルマ以外に修道騎士三名、および修道女と少女。彼らは全員動けず、悪魔は次なる攻撃相手を探していた。セルマは俺に「逃げるのよ」と言って、一目散に
――もしも俺たちがあの部屋に居続けたら、どうなっていたか。
――俺は何か、大きな思い違いをしていたのではないか……。
セルマは逃げたのではなく、自らを
こんな時に思い出すのは、俺にとって都合の悪い言葉ばかり。
『私の言葉で彼らが救われるのなら、誰に何と言われようとこれからも喜んで噓をつく』
『真実が必ずしもその人のためになるとは限らない。私は信者を支えたいだけよ。誰かを救うための噓の、何がいけないと言うの?』
『相手のためにならない噓は私だって使わない。だからみんな私を慕ってくれているのだと思うのだけど、わかる?』
聖女とは、何だ。聖なる力を持っていなければ、聖女にはなれないのだろうか。人を思いやる心がなくても、聖女になれるのだろうか。
「治ります! こんな怪我、すぐによくなる!」
修道騎士のエイギルの大声に、俺は我に返った。
どうやら彼は、負傷したがまたセルマを守らせてほしいと
エイギルは
俺も剣を扱うからわかる。
「でも、俺は、セルマさまをお助けするためなら、この命など惜しくないっ!」
「わたくしは惜しい。エイギルの命もヘレーナの命も、すべての命が惜しいです。絶対に、何があっても、もう二度と悪魔などには
――もう二度と? 一度目があったということか?
エイギルは
それに対するセルマの返答に、俺はさらに
セルマは己よりも頭一つ分大きなエイギルを
――おい。いくらなんでも触れすぎだろう。エイギルも
俺は無性にエイギルが
そして、俺がセルマへの評価を決定的に
彼女の父、ハーパニエミ卿とは母の在位中からの付き合いで、母の暴走を止めようと
その娘エヴェリーナは、幼い
しかし俺は知っている。彼女は最初から俺を
最初のうちは
あっという間に噂は広まり、一時王宮は俺の話題で持ちきりになった。あの時は本当に生きた
母親の悪政のことに
そしてそれ以来、エヴェリーナ嬢を視界に入れるだけで俺の心と体には
久しぶりに会ったエヴェリーナ嬢は、ひと目見ただけで悪魔に
彼女が俺に付きまとっていたのは、悪魔のせいだった。その
もしも俺がエヴェリーナ嬢の立場だとしたら、仮に悪魔のせいだったとしても一方的に好意を寄せ、
エヴェリーナ嬢もそうだったからこそ、朝っぱらから泣き明かしていたのだと推測する。
しかしセルマは言葉
エヴェリーナ嬢の馬車を見送ったのち、セルマは俺に語った。
「人はみんな、自分のことを理解してほしいと思ってる。その願いを
また適当なことを言いやがって、と俺は
「テオは新しいものが苦手な一方で、信じやすく
――ああ。なんだ、そうか。どうりで。
その瞬間、俺は己がどれだけ未熟だったかを
「――そうか、セルマは聖女なんだな」
どうしてセルマの周囲には彼女を慕う人間が多いのか、俺はずっと疑問に思っていた。
エイギル然り、ヘレーナ然り、ラーシュ然り。きっとみな、セルマの言葉に助けられた者たちなのだ。
そして俺も、どうやら仲間入りすることになりそうだ。
「俺は君に理解してほしい」
……いや、「仲間入り」では満足できそうにない。
大きな虹色の瞳、小さな鼻、
ねじ曲がった性格の悪さにばかり囚われていたが、その
女性に恐怖していたことが噓のようだ。あるいは、セルマだけが恐怖の対象外になったのか。
セルマは祝福の接吻以外で俺に触れようとしなかった。連れ立って歩いている時も、ともに食事を取る時も。セルマは俺が警戒しなくて済む距離を、いつ
だが、今はその見えない
「俺がセルマの一番の理解者になる。だから、セルマも俺の一番の理解者になってくれ」
「………………あ、そう」
俺はセルマから目が
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