2-2
以前読んだ六代前の聖女フィデスの日記には、悪魔と交戦したことが記されていた。けれどもどうやって悪魔憑きを見つけたのか、細かく書かれてはいなかった。そもそも、悪魔と戦うなど信じられず、フィデスが空想を日記に交ぜたのでは? と当時の私は考えたものだ。
聖女フィデスの日記が本当だったとしたら。全ての聖女がそうではないものの、聖女の中には聖なる力を持つ者もいて、本当の意味での悪魔祓いを行っていたのだとしたら。
とはいえ、私には力がないし、フィデスより以前に書かれた記録もなし。さてどうやって本物の悪魔憑きを見つけるか……。
「セルマ。おい、セルマ」
あれこれ考えながら
「テオ? どうしたの?」
「悪魔憑きだ」
「え?」
テオの視線の先にいたのは、困り顔の修道女と、これまた困り顔の外部の商人。修道女は当然ながら、商人も見たことのある顔だ。
ここら周辺の神殿に出入りする、
聞き耳を立てるに、注文した茶葉に異なる
「あの男だ。あいつに、悪魔が
「どうしてわかるの?
「間違いない。顔が、こう……
前回の悪魔祓いから、十日も
私が聖女となって以来十三年、幾度となく悪魔祓いをしてきたのに、本物の悪魔に
もちろんテオはくだらない噓をつく人ではないし、演技にも見えない。
むしろ私は喜んだ。テオの力は悪魔を倒すだけでなく、見つけることにも使えるとわかったのだから。
「なるほど。では、エトルスクスさまに報告をして、
聖女用の祭服である
ゴテゴテでふわふわで動きにくいことこの上ないが、
私はナミヤ教のシンボル的存在だから、特に。
ところが、テオがとてもソワソワしている。
「本当に悪魔祓いをする気か? 聖なる力を持たないおまえに悪魔を倒せるわけがないのに?」
「倒せるわ、まあ見ててよ」
全身鏡の前で着衣にズレやねじれがないか確認しながら、私は話半分で豪語した。その態度がまた、テオにはもどかしいようだ。
「本気で言っているのか? あの男は間違いなく悪魔憑きだ。セルマだって悪魔の凶悪な姿を見ただろう、おまえに何とかできる
テオの言うとおり、結局のところ聖なる力がないのだから悪魔なんて倒せない。テオが
全てわかったうえで私はテオに微笑んだ。
「心配してくれてありがとう。本心では私を助けたくて仕方ないから、そうやってソワついているのよね。あなたの気持ち、ありがたくいただくわ」
「…………ま、まさか! 誰がっ! 勝手なことを言うな、俺がおまえのことなど心配するものか! この……性格が悪い……
テオが慌てて否定するとともに、私に
「二十五点。模範回答としては『自意識
「そこまでは思っていないのだが……」
私の
「とっとにかく、絶対に、今日は手を貸さない。立ち会うことは立ち会うが、絶対に俺は何もしないからな!」
「はいはい、
テオが
そして、このように思い通りにいかないところがテオには
「せいぜい化けの皮を
「そうね、ひと皮
今の
「くっ……ああ言えばこう言う」
ここはずっと昔から悪魔祓いに使用されていた部屋である。窓がない代わりにランプの
お茶売りの男性はすでにいた。白銀の鎧に身を包んだ修道
少し
全員が全員、どことなく不安げだ。馴染みの商人のことを突然「悪魔憑きだ」などと言い出したものだから、戸惑いが隠せないでいるのだ。
「お待たせいたしました。
私はテオにエトルスクスさまの
――大丈夫、私ならできる。
心を落ち着けるため、私は深呼吸をした。その間にお茶売りが口を
「聖女さま、一体何が始まるんです? 俺はただの商人です。少し注文を間違えただけの、極めて善良な人間です!」
普通の人は自らを「善良な人間」とは言わない。
「そうかわかったぞ、ミスを口実に俺を
クヴァーン
あまりの違いようにわずかに面食らったが、この男が悪魔憑きだとするテオの言葉を、私は変わらず信じていた。
「女神ヲウルはおっしゃった。我は天へ、
「やめろ! うるさい! 誰か、助けてくれっ」
椅子を
この
「――女神ヲウルより
「やめろと言っているのが聞こえないか! うるさいうるさい、せっかく体が馴染んだところだったのに! 貴様のせいで台無しだ、まず貴様から殺してやる!!」
今にも
「――
エトルスクスさまがか弱い女の子のようにラーシュの
――やっぱりお茶売りは悪魔憑きだった。それを見分けられるテオは、確実に聖なる力を授かっている。本物だ。本物の、
他にいい名詞がないのが
私はちらりとテオを
ほら、悪魔が現れたぞ。どうするつもりだ。俺の力が必要なのではないのか?――と、口パクで私を煽っている。
あれだけ何度も手を貸さないと言い張っていたくせに、読みどおりテオはこの状況を放っておけないらしい。私は口元を
「あの黒いモヤはやがて集まり、固まって悪魔となり我々に
クヴァーン家のご令孫も、悪魔が
時間がないので急いでテオのもとへと駆け寄り、私は彼の正面に立った。
テオは勝利を確信したのだろう。私が自らの
「当然の判断だな。セルマ、とっとと俺を――」
頼っておけばよかったんだ。――と言おうとしたかは
キスで、彼の口を
むにゅ、という
これが私のファーストキスだが、好きでもない相手に捧げることに惜しいとは思わない。
恋よりも聖女業が大事だったし、そもそも業務上のキス。言ってしまえば経験の数に入れなくもいい部類の行為なのだ。
一方、テオが固まっているのは当然として、その場に居合わせキスの瞬間を
そろそろいいか、と
「テオフィルス・アンヘル・オルサーク。たった今、『祝福の
消え入るような声を最後に、私は
「セルマっ!?」
聖女を完璧に演じるためなら多少の痛みは
「セルマ、おい待て、おっおま、今、俺に何をした!?」
いくら呼び掛けられたとて、演技真っ最中の私が反応するわけがない。
「起きろよ、
言いかけて、止まった。私は目を瞑っており見えていないため推測するに、周囲との温度差、食い違いに気づいたのだろう。
「ちっ違います! 団長、セルマは俺にっ」
「心得ておりますテオフィルス殿下。セルマはあなたさまに聖なる力を分け与えた。
エトルスクスさまが素晴らしい
そろそろ悪魔の形が整った頃だ。動作確認をするように、翼を動かす音が聞こえる。この様子ではいつ攻撃が始まってもおかしくはなく、テオが言い訳をする
もちろん私は何もしない。そもそもできない。ここから先に関して、私はテオの言う「無能」というやつなのだから。
「……わかった。わかったよ。やればいいのだろう、やれば!」
テオとしては、悪魔を倒せるのは自分だけだとわかっていたから、最終的にはなんだかんだと私を助けるつもりだったのだと思う。でも、私が泣きつくのを期待していただろうから、このような形で無理やり協力させられるのは、
テオはエトルスクスさまに私の
こういう時にいつまでもぐちぐち言わない
「せっかく人の世に来たのに! どうして俺がっ、話が違う、ファリエルさま――」
悪魔の
いて、テオが悪魔を斬ったのだと
この目で悪魔がやられるところを見たかったけれど、私は意識を失っている設定なので
ただ、疑問は残る。
――『話が違う』とは? 『ファリエルさま』って、誰?
エトルスクスさまたちが興奮し私とテオを
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